異世界で『夢』を追うことにしました。
琴野 音
プロローグ
『ロック、また本を読んでいるのかい?』
包み込むような暖かい声。僕の家族、特にお父さんは話す時によく名前を呼んでくれる。
『ロック、たまにはマグナス兄さんに剣を教わってはどうだい? ほら、たまにしか帰ってこないんだからさ』
やだよ。僕は強くなりたいんじゃない。お父さんの仕事を引き継ぐんだから。
『はははっ、父さん駄目だよ。ロックに剣の才能はからっきしさ。それより、もうやりたい事を決めているなんて凄いじゃないか。俺はロックを応援しているよ』
兄さん、優しくて強くてカッコイイ憧れの人。でも騎士になってから全然帰ってこない。
『父さんの後継ぎ……ね。ならロック、もっと大きくなったら試験をしてあげよう』
試験?
『世界を旅するんだ。知らないものに触れ、沢山の人と関わる。そうやって、どんな風に仕事したいかを考えるんだよ』
ん〜、わかんない。
『そっか、じゃあ父さんの仕事道具があるだろう? あれは父さんが自分で作ったんだよ。旅を通じて、こういう風に仕事がしたいなぁ。じゃあこれが必要だなって』
うんうん。
『ロックも父さんの仕事がしたいなら、自分の仕事道具は自分で作るくらいしなきゃね』
うん。うん。そうするよ。
『目いっぱい楽しむんだ。沢山の本を読んで知識として知っていても、実際にその国や文化に触れるときっとこう思うだろう』
【なんて素晴らしい異世界だろう】
……なんであの時のことを思い出したんだろ。
……冷たい…………力、入らない……。
お父さん……兄……さん…………。
やだ……………………目を……開けてよ……。
…………死んじゃ…………や……だ…………。
「……すまない、もう一度言ってくれるか?」
「え〜っと、ですからこちらの冒険者ライセンスは期限が切れておりまして」
「と、言うことは……」
「はい、そちらの魔物素材の回収は受けかねます。あと、ご提示頂いたクエストもちょっと」
「そんな……」
王都トリアイナの冒険者ギルドは女性のみで構成され、世界一礼儀正しいギルド職員の教育を目指している。親身で、笑顔がトレードマークの彼女を困らせるのはこの街の冒険者界隈では良く思われておらず、この瞬間も、チラチラと見守る鋭い眼光が一人を刺していた。
大量の低ランク魔石を持ち込んだ青年は、虚ろな目をしたまま天井を見上げ固まってしまった。スタイルもよく、整った顔立ちをしているからか、その悲壮な表情はとても言い難い不憫さを醸し出していた。まさに残念なイケメンの体現だ。ゆるく跳ねた金髪すらどこかしょげて見えてしまう。
旅立ちの資金をこの魔石に賭けて遥々王都まで来た手前、明日の生活費すら怪しくなる状況になってしまっていた。
「本当に、ダメな時はダメな方ですね」
青年の背後から聞こえた透き通った少女の声。ボロを着て身を隠しているが、立ち姿や振る舞いから清純な育ちが見え隠れする彼女は、青年の横に立つとこれ見よがしに指を立てて青年を叱る。
「だからあれほど、資金は余分に持って行こうと言ったんです。もうあの距離を戻るのは嫌ですからね?」
「すまない、ミリィ」
「はぁ……ロックさんの変なところでズボラな性格、嫌いじゃないですけど心配になります」
ロックを丁寧に端に寄せて、今度はミリィが受付に立って話しをする。受付の女性もどこかホッとしているようだった。
「すみません、失効したライセンスは再取得出来ますか?」
「もちろん出来ますが、ご本人様の申告から面接を二回、問題がなければ仮ライセンスをお渡ししますので、そこから三ヶ月は慈善団体のお手伝いをしてもらいます。その間に何も問題を起こさなければFランクからの登録となります」
「そ、そんなに時間が掛かるんですか?」
「えぇ、不思議に思うかも知れませんが、ライセンスを失効される一番大きな理由はギルドや国からの『剥奪』。つまり、犯罪者やそれに似た不正者が多いんです。この三ヶ月というのも、再取得に来られた方の身辺調査や犯罪歴の洗い出しをする期間も含まれております。どうか、ご理解ください」
「えぇ、もちろんです。そういう事でしたら、このままロックさんの手続きをお願いします」
「はい! では、こちらに……」
どんどん進んでいくやり取りに、当の本人であるロックは話し半分だった。仕方がないとはいえ三ヶ月は長い。育ち盛りのミリィを食べさせることすらままならないとは、自分の不甲斐なさに気が滅入ってしまったのだ。
「そうだ、私が冒険者登録することは出来ませんか? そうすれば魔物素材や魔石も買い取っていただけるのでは?」
「それはもちろん可能ですが……新規でしたら試験さえ受かれば今日中に発行出来ますし」
「やった、じゃあお願いします!」
「お、お待ちください。まず歳はお幾つですか? 十二歳以上が対象なのですが、少々幼過ぎるように見えますが」
「お、幼っ……!」
幼いと言われたミリィに向かって、ロックは思わず笑い声を漏らせてしまった。キッと睨まれてすぐ表情を戻すが、頬を膨らませたミリィは馬鹿にされた仕返しは後ですると密かに誓った。
「幼く見えるかもしれませんが、私の年齢は今年で十五。法的には成人しています」
「し、失礼しました。それでは試験の準備を進めますのでしばらくお待ちください!」
逃げるようにどこかへ行ってしまった女性からクルッとロックに向き合ったミリィは、ツカツカと歩み寄って鋭く睨みつけた。
「笑いましたね?」
「笑ってない……ふっ」
「笑ってるじゃないですか!」
「まぁ落ち着いて。女性は若く見られることを誇ると聞いたことがあるんだ」
「若く見られたんじゃなくて『幼く』見られたんですよ! ロックさんは女性の気持ちを全く分かっていません!」
怒りつつも、少し涙目になってきたことで、ロックは罰が悪くなった。
彼女の視線に合わせて屈み、自分よりずっと小さなその手を握る。
「ごめんよミリィ。決して馬鹿にしたいわけじゃないんだ」
「……本当ですか?」
「あぁ、僕以外にも感情を表に出したりするようになって嬉しかっただけさ。それに、身体的な成長なんて種族的なものだろ? 理解してるよ」
「………………」
「僕は今のミリィが子供だなんて思ったことはないよ。安心してくれ」
「む……じゃあ許します」
ゴシゴシと目元拭うと、ミリィは満面の笑みを見せた。
そうこうしているうちに、受付には先程の女性が戻ってきており、呼ぶか呼ばないかタイミングを見計らっていた。どうやら空気を読んで待っていたらしい。
「それじゃ、行ってきますね! 師匠!」
「あぁ、頑張ってな」
完全に気持ちを切り替えたミリィに手を振り、ロックは「あっ」と最後に一言付け加えた。
「ミリィ」
「はい?」
「僕の手続き、この後はどうすればいいんだ?」
「もう! そんなこと受付で聞いてください!!」
舌を出して拒絶されたロックは、しばし立ち伏せると、ゆっくり受付に首を向けた。
「僕、何か悪かったのか?」
「さ、さぁ……」
何とも言えない空気が漂った。
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