41話 事実、神官長も聖室長も洒落にならない


 最初に気付いたのはパールだった。

 そしてパールが顔を上げた時にその異変に俺も気付いた。

 聖域の周辺にナニカが居る。

「匂いに釣られてやってきたようですね~…枝ジカで…オジオジカとミュージカ!?別種が何故!?皆さん!急いで解毒の極みを呑み込んでください!ミュージカの魅了攻撃が来ますよ!」

 どんだけ厄介な鹿なんだ?

 枝ジカは見た目は普通の鹿。恐らくツノが枝みたいだからだろうが、枝先が高速で震動しているんだよなぁ…体の構造上それは大丈夫なのか?

 オジオジカは…人面鹿でオッサン。以上。

 なんか太ったオッサンが小馬鹿にしたような顔でこちらを見ているだけ。

 そしてミュージカ。

 コイツは角が生えていないが、凛々しさがあり立ち振る舞いが別物だ。

 聖域内には入れないようだがこちらを見て何かを企んでいるようにも思える。

「いやなセットですねぇ…攻めの枝ジカ、守りのオジオジカ、そして回復及び阻害役のミュージカですか…」

「強いのか?」

 アマネが少し険しい顔でアスハロアを見る。

「個々はそれほどでも…ただ、だいたいは2体一組で出てくる挙げ句にそうなったら攻撃力や防御力が倍になるのです」

「…厄介だな」

「枝ジカの角は超高速で動いていまして、触れる物をその震動や連撃で壊します。オジオジカは身を挺してこちらの攻撃を防ぎますが、防御力がかなり高く…通常で朽ちた騎士程度です。あとアレでメスです」

『一番聞きたくなかった予備知識だ!』

 俺と法国側全員が同時に叫んだ。

「そして最後にミュージカですが、あの立ち姿を耐性のない者が見たら即魅了され、そして敵に回ります。それ以外だと仲間に回復術を施す役割です」

 嫌なくらいバランスが良いな…

「恐らく様子見をしに来たのだと思いますが…迂闊に聖域を解除出来なくなりましたねぇ」

「解除したらマズいのか?」

「ミュージカにはファンが沢山付いてくるのです」

「ファン?」

「はい。ファンという鹿が…あの鹿の立ち姿から考えられるのはトップシカなので数百のファンが少し離れた所にいると思います」

「であれば側に居る2体はお付きの者という事か」

「恐らくは。通常であればもう少し奥地にいると思うのですが…」

 聖域の薄い膜を挟んでにらみ合う。

 数分間のにらみ合いの末、どうやらあちらが引き上げるようだった。

 完全に居なくなったのを確認するとアスハロアが大きなため息を吐いた。

「助かりました~…あの3体を倒すのは可能ですがファンが一番面倒なので…」

「どういう事です?」

「ファンは兎大のものから通常のシカサイズまで様々ですが、その全て額に小さなナイフのようなツノがありまして…スキル決死の一撃を与えてくるのですよ」

 スキル、決死の一撃?

「……だいぶ物騒だな。不意を突かれたら防御無視で甚大なダメージを受けるぞ?」

 不意打ち成功で致命傷とかそういった類なのか?

「ええ。そしてその一撃を受けたが最後、他のファン達が殺到しますので…確実に死にます。そして蘇生を邪魔するようにその周辺を守り固め、完全にバラバラになるまでいつもまでも刺し続けます」

 狂気染みてるんだが!?

「私達であれば自爆、復活、自爆のコンボで蹴散らすか、結界等を駆使しての駆除ですが…通常の方々にとっては悪夢ですね。なので神官団以外はこの辺りには滅多に訪れません」

 そりゃあなぁ…

「竜族でも奴等は厄介者扱いされている。基本は森をまるごと焼き払う」

 ダイナミックな話だな…

「十数年に一度ある事故ですね」

「そう」

 あるのか…事故が。

 いや森が全焼したらマズいだろ。

「寝ている竜にちょっかい出すミュージカが悪い」

「眠っていても竜は竜。魅了されないというのに…何を考えているのやら」

「それ事故じゃないですよね?」

 事件だよ、事件。

「馬鹿なシカが勘違いで事故を起こしただけ」

「ですねぇ」

 なんだろう、この大陸は生態系含め色々狂っていると思うんだが…

 ラナの方を見る。

 恐らく俺が聞きたい事を察したのだろう。

「…北大陸はこんな変なモンスターとかはいませんからね!?」

 全力で否定された。

 ルイを見る。

「こんなとち狂った生態系のモンスターはこの大陸だけです」

 断言された。

 アスハロアをみる。

「………」

 目を逸らされた。

 どうやらとち狂った生態系や性質のモンスターが多数いるという事は否定出来ないようだ。

「まあ、この大陸のモンスターは不思議モンスターですが、北大陸は魔境と呼べるくらいの強いモンスターだらけですから…あの狼ですら中堅クラスとか?」

「地域によっては森に棲息する程度ではある」

 ラナがそう応える。

「アレは私達の実家では群れているな」

「害獣だったな」

 アマネとイムネがそんな事を話し合っていた。

 アレが、害獣程度?

 地域差ありすぎん?

「よく牛と喧嘩をして周辺が更地になっていたなぁ」

「………」

 無言でラナとルイを見る。

 2人揃ってどん引きどころか顔面蒼白なんだが?

天魔の森ケスタ・ロモの村出身ですか…あの大魔境であれば」

「そこの手前の村出身です。流石にあそこの村まではちょっと…まあ、聖室長があの村出身ですが」

「「うわぁ…聞きたくなかった」」

 頭を抱えるラナとルイ。

 あのお姉さんが、この2人以上の猛者確定な件について。

 そして「えっ?この2人より圧倒的に強いって事?あの方が?」とちょっと混乱している皇法国の面々。

 カオスだ。


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