わたくしだけ仲間外れ?

 数日後。

 お菓子を手作りすることが趣味の王妃のアフタヌーンティーに、アルヴィッドは招かれていた。甘いものが好きというわけではないが、義弟の義務として出なければいけないだろう。

 王宮の片隅にある、日のよく当たる瀟洒しょうしゃなサロンが、王妃のお気に入りの部屋。そこに待機していると、入ってきた王妃が微笑んできた。


「アル。縁談が進んでいるようで何より。陛下も喜んでいるわ」

「……」

「不満なの? 陛下のおすすめになられた縁談が」


 王妃が気遣うような表情をする。


「……そうではなくて」


 左右を振り向き、誰もいないことを確認すると、うっとりとした顔で王妃に言う。


「とても臈たけた謙虚で優しい方で、僕の気遣いまでしてくれて、震えました……」


 王妃は笑い声をたてた。


「そうですか。フェーリーン公爵令嬢は病弱な姫君ですが、家中ではしっかり者のお方と通っているようですよ」

「存じています。で、ですね義姉上あねうえ、彼女ったらおばけが苦手で果物好きなんですよ……」

「本当にその、フェーリーン公爵令嬢が好きねぇ」


 実は、王妃が義弟から恋愛相談を受けている。義弟の十年にわたる恋を面白がった、もといあわれんだ王妃は、縁談が持ち上がるにあたり、面白がって、もとい心配して話を聞いてやることにしたのだ。


「悲しいことだけれど、女はもう二十を過ぎたら、この国では縁談がなかなか来なくなるじゃない? しかも、結婚していないと蔑まれて。公爵令嬢は随分と肩身の狭い気分を味わったはず――」


 こつこつという足音がした。

 控えていた女官が告げる。


「カルネウス侯爵令嬢、マデリエネ様でございます」


 王妃とアルヴィッドは同時にドアの方を振り向いた。陶器のような滑らかな肌に、薔薇色の頬、星のようにきらきら輝く黄金の髪をした可愛らしい美少女、マデリエネが微笑みながらこちらへやってくる。


 マデリエネは王宮のなかで、蝶と花よとたたえられている姫君でもあった。


「何のお話をされていましたの?」


 だから、王宮のなかでも無邪気にふるまえる。


 王妃は、べつに彼女に話すようなことでもないと思ったのか、曖昧に笑んだ。


「まあ、いろいろとアルから面白いお話をお聞きしていたのですよ」

「わたくしだけ仲間外れ? ひどぉい」


 美少女はその林檎の色の唇を尖らせる。直後、表情をくるりと変え、得意げに答えた。


「フェーリーン公爵令嬢のことでしょう」


 アルヴィッドは顔を背けた。マデリエネは、うふふと笑んだ。


「あの方、そんなにすてきな方でしたの?」

「まあ」


 アルヴィッドはうなずいた。


「……まあ、ご執心。わたくしも一度お会いしてみたいものですわぁ」


 純粋な娘のように目を輝かせ、反面、彼女はアルヴィッドの腕にねっとり触れた。


「ま、いずれ」


 マデリエネの瞳がきらりと光る。


「うふふ、殿下のご紹介がなくてもお会いするわ」


 アルヴィッドは王妃にちらりと目をやり、言った。


「申し訳ございません。ちょっと用事を思い出しました。失礼ですが、これにて」


 王妃は手を口に当て、わざと不満げな顔をした。


「あら。アルは冷淡。ま、せいぜいお仕事がんばってらっしゃいな」

「失礼」


 これ以上イレイェンのことを王妃やマデリエネに話したくなかった。


 ――マデリエネ嬢は絶対兄にイレイェンのことを話す。


 マデリエネの兄のカルネウス侯爵は好色で有名。泣かされた女があまりに多いと聞く。イレイェンをその毒牙に巻き込むわけにはいかない。

 さらに問題なのが。


 ――義姉上から、兄上にイレイェンのことが知られたら。


 もともと王妃候補と呼ばれ、どの程度か定かではないが兄の寵愛を一時的にも受けていたことのあるイレイェンだ。あの臈たけているのに愛らしい女人が、兄にやっぱり心を傾け直したらどうしよう。


 ちりり、と胸が痛む。これは嫉妬だ。カルネウス侯爵はまだしも、兄王は妻に一途、結婚後はほかの女性に目を向けたことがない。だが、どの程度イレイェンを愛したかわからないぶん、最悪の想像まで出来てしまって心が焦げる。


 十年間、彼女を思い続けてきた。けれど、実際の十年ぶりの、二十五歳の彼女に会ってみないとわからないことも多かった。

 ベルベットを思わす低い声の甘さ。仕草の優しさ。ふとしたときに見せる笑顔の愛らしさ。

 抱きしめたときの柔らかく温かい感触。しっとりした肌の温かさ。うなじに顔をうずめたときに感じる花のような香り。

 彼女の好きなものは果物。彼女の嫌いなものはおばけだと、このあいだはじめて知った。


 ――もっともっと知りたい……。


 それこそ骨の髄まで。隅から隅まで。

 危ない感情だと自分でもわかっているが、イレイェンのことがもっと知りたくてたまらなかった。

 イレイェンがとんでもなく愛らしいとわかって、さまざまな男性が彼女を愛してしまうのが、恐ろしい。

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