第76話 見た目

 私は物心がついた頃から自分の体に疑問を持っていたわ。どうして私は女なのに他の子と体が違うんだろう?

 十歳。

「アニマ、家で人形と遊んでないで外で友達と遊んできなさい」

 母が諭す。

「いやだよ。男の子と遊んでても楽しくないんだもん」

 その日の夜。父と母の喧嘩が聞こえた。

「どうしてあの子はああなのかしら?」

「お前の育て方が悪いんだ。叩いてでも外に出させろ」

「それじゃ可哀想じゃない」

「そんなんだからナヨナヨしてるんだ」

 怖いよ。パパ。

 翌日。

「アニマ。ついてこい」

「どこに行くの?」

「道場だ」

「ヤダ」

「煩い」

 父は私を叩いた。


 父に引きずられ道場にたどり着く。 

「お父さんから話は聞いてるよ。アニマくん。よろしくね」

「……」

「ハハ。緊張してるのかな?」

「これ、ちゃんと挨拶せんか」

 また殴られた。

 初日から道着に着替える。嫌だった。男の子に見られたくなかった。


 そんなこんなで3年が経った。幸い虐められたりはしなかった。でも、行きたくないって気持ちは日に日に強まった。

 ある日のこと。

「今日も道場かー。嫌だなー」

 猫が通りすがった。

「君は良いよねー。悩みとかなさそうで」

 あの子について行けば、今日くらいは悩まなくても済むのかな?

 私はその子の後を追った。1時間くらい歩いた頃、猫が店の前に止まってニャーニャー鳴いた。

「こんな人気ひとけのないとこに喫茶店なんてあったんだ」

 もう引き返そうとしたときだった。店の戸が開いた。

「お前また来たのか。ウチはお前の飯屋じゃねーんだがな」

 男の人と目があった。

「坊っちゃん。入るかい?」

「じゃあ、お邪魔します」


 中は綺麗で人が少なく、静かだった。私はカウンター席に座った。

「紅茶とシフォンケーキを」

「あいよ」

 沈黙。気まずい。

「13年生きてきましたけど、ここにお店があるなんて知りませんでした」

「実際、お客さんは少ないよ」

「それ大丈夫なんですか?」

「半分道楽でやってる店だ」

「なんだか逞しいたくましいですね」

「そりゃどうも」

 紅茶とシフォンケーキが提供される。

「いただきます」

 ケーキを一口食べる。しっとりとして柔らかい食感。甘さが紅茶の渋みとマッチしている。思わず頬が緩む。

「お客さん、いい顔して食べるねー」

「普段こういう甘いものは食べられないので、つい」

「普段はどんなものを食べてるの?」

「お肉が多いですね」

「ワイルドだね」

「でも本当はお肉よりもお魚の方が好きなんです。それに野菜だって食べないと栄養も偏るし」

「そうか。大変だな」

「ええ。本当に」

 黙ってケーキを食べる。すると店長がウエハースを差し出す。

「頼んでませんよ」

「サービスさ。お客さん。栄養に気をつけつつも、お菓子は食べたいんだろ? だったらこれはオススメだよ」

「なんでそんなに優しくするんですか?」

「俺は人が好きなのよ。だけどこの黒い肌じゃ、あまり人は近寄らねぇ。だからせめて、近づいてくれた人には優しくしたいんだよ」

 この人も独りなのかな?この人といれば、私たちは独りじゃなくなる。それは、なんていうか、いいなぁ。

「ねぇ店長。お話してもいい?」

 私は道場をサボったこと、自分の体と心の性が一致していないことを話した。


「そうか。辛かったろう。まぁ偶にはしたいようにしても良いんじゃねーのか?」

「そうですよね! 店長もそう思いますよね! お陰で決心がつきました。ありがとうございます」

「役に立てたのなら良かったよ」

「思い立ったが吉日です。早速用意しないと。お金置いていきますね。また来ます」

「最後はつむじ風みたいな人だったな」


 3日後。私はまたあの喫茶店に足を運んだ。

「いらっしゃい」

「ええ。参りました」

「お客さん。その格好」

「店長の助言通り、したいようにしてみましたわ」

 女装。私は女性なのだから、こうあるのが自然だったのよ。

「父には殴られ、母には泣かれましたが、これが私のしたい格好です。」

「……そうか。ムカつく親かもしれねーが、大切にな」

「今はちょっと出来なさそうです」

「今でなくてもいいが、後悔しなくて済むウチにな」

「考えておきます」


 それから私は村中の腫れ物のようになった。奇異な目で見られることもあったけど、それでもよかった。だって私は自由だから。でもなんだか満たされない。

 そうか。やっぱり、本当の女性になっていないからだ。この世界には魔道具がある。きっと私を女にしてくれる物だって。

 だから私は旅に出た。3年も探した。でも見つからなかった。お金がなくなったから私は村に戻った。


 カラン。

「いらっしゃい」

「ただいま。店長」

「お前アニマか?」

「ええ。無様にも帰ってきましたわ」

「そういう時もある」

「紅茶とウエハースを」

「あいよ」

「私がいない間、村はどうなっていましたか?」

「特段変わらなかったよ。お前の親御さんも健在だ」

「そう」

「興味無しか?」

「残念なような、安心したような、そんな感じです」

「というか、帰ってきたんなら俺のとこより、実家に顔出せよ」


 紅茶とウエハースが出来上がる。

「! 店長。その指」

「ああ。結婚したんだよ俺」

「大きな変化じゃないですか!」

「俺は村じゃないからな」

「私の聞き方が悪かったです」

 私は頭を抱えた。

「お祝いは後日になりますが、とりあえずおめでとうございます」

「ありがとう」

 そうかこの人はもう、独りじゃなくなったんだ。

「いつ結婚したんですか?」

「2年前」

「お相手はどんな人なんですか?」

「聡明な人だよ。それでいて、他者を見下すこともしない大人な人だ」

「なるほど。店長にお似合いの人ですね」

「本当にいい人だよ。勿体無いくらいに。それと先に言っとくと、子どももいる」

「えー!」

「今1歳だ」

「おめでとうございます」

 呆然としたまま祝いの言葉を口にした。

「祝いの品は、待ってもらってもいいですか?」

「貰えるだけで有難いよ」

 そうか。店長、子ども生まれたんだ。また独りになっちゃったなぁ。

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