恋愛関係なんて

嗚呼烏

恋愛関係

「お前さ。私の事、舐めてるの?」

俺は浅原奈々あさはら ななに刃物を向けられている。浅原が持っている、勇気を出す能力とメンタルを回復する能力と相手を説得する能力の三つは可愛らしい能力なのに。彼女の顔は酷く赤くなっていくが、怒らせた記憶はない。

そもそも、俺は孤高の存在だ。

「おい、やめろ。」

ここは校舎裏。騒ぎになるはずもなく、彼女が冗談だと言いだす気配もない。

俺の返り血がつくと、お前も面倒な筈なのに。

「やめてあげてください。」

綺麗な銀髪と、細くてかっこいい背中が視界に映る。その時、啜り泣く声が聞こえた。そして、浅原奈々は足を震わせながらも走って去っていった。

加田雨良かだ あまらの頭の上の能力カードには人助けを完璧にこなすというものがある。そりゃ恐れ慄くのも理解できる。

「……赤川荒葉あかがわ あらはくんといったかな。大丈夫?」

彼は右手が、俺の左肩にそっと触れる。すると、人助けを完璧にこなすという能力カードが半透明になった。

彼の右手には優しさが宿っているように感じる。そして、なぜか心臓のあたりに強い衝撃を感じた。

「……あぁ。」

これを空返事と呼ぶのだろうか。

「それなら良かった。感謝はいらないが、なにかいうことがあれば聞くよ。」

彼の優しさに感情がゆれ動く。

「悪寒が走った。良ければ、抱擁してほしい。」

俺は何を言っているのだろうか。俺は抱擁なんてくだらないと思っていなかったか。

彼は少し馬鹿にしたような笑いをみせると、俺に近づいてきてそっと抱擁してきた。

「……好き。」

あれ。

俺はなんで今、好きっていったんだ。

「ありがとう。ところで、その『好き。』は恋愛的な意味?」

俺は情けないな。

助けられただけで、この質問に首を縦に振るなんて。

「じゃあ恋人になろうか。」

その時、予鈴が鳴り響いた。

雨良は微苦笑して、去っていった。

それからの時間はやけに早く感じた。

休み時間。五限目と六限目も。

「気づいたら、もう放課後だ。」

理由はあいつのことを考えていたからだと思う。

面倒だし、学校が早く終わったように感じるのはありがたい。その反面、授業なんてろくに聞いていない。

「まあ授業なんか、平凡な世界に住む者のためのものだけどな。」

呟きながら、俺の足は雨良に向かう。

「おい、一緒に帰ってくれないか。」

孤高の存在である俺が、なぜか雨良を欲している。

「僕と帰りたいのかい? もともと一人で帰ってたから大丈夫だよ。」

そう言われた途端に安堵した。お互いの顔を少し見ると、俺らは階段に向かった。

「今、少しだけ安堵した。お前を好きになってしまった俺が言うのも違和感があるが、恋愛って気色が悪いな。」

階段を下る音が、一人の時よりも小刻みに聞こえる。

「いいや。僕は感情の揺れ動きこそが恋愛の醍醐味だと思うね。恋愛してて、胸が高鳴る方が楽しいじゃないか。」

ふと、後ろをふりかえる。

「どうしたの?」

雨良はつられて後ろを向いて、首を傾げる。

「いや。誰かに見られたような気がしたんだけど、気のせいか。」

俺がそう言うと、まだまだだねと言わんばかりの顔を見せてきた。

「君はまだ、恋愛初心者みたいだね。恋愛してると、みんなの目線が気になるのはあるあるじゃないか。」

この空間にハスキーボイスが響き渡る。

「……そういうものなのか? やっぱりそれって気色が悪い気がするが。」

学校の玄関につくと、俺は自分の靴と雨良の靴を下駄箱から出した。

「優しいじゃないか。これで女の子に近づかれないのが、本当に謎だよ。」

雨良以外のやつに近づかれたら、面倒なんだけどな。

そんなことを黙り込んで、考えている。

俺のことを好きじゃないくせして、恋人になってくれている雨良も気まずそうに黙っている。

そして、俺たちは校門をくぐる。

「誘って、申し訳ない。気まずいよな。」

地面の石を見ていると、急に俺の手が温かくなった。

「ううん。すごく楽しいよ。」

勝手に俺の手が、ブレザーのポケットの中へと動いた。

雨良の笑顔は、強く心臓を動かす。

「思わせぶりはいけねえぞ。俺みたいに、騙される奴がいるじゃねえか。」

目の前の顔が少し曇る。

「思わせぶりだと思うの?」

拗ねてる演技か。好きとは言えど、そういうところは好きじゃない。

「そういうのいいよ。演技される方が面倒臭い。」

雨良の仕草は可愛いけど、全て演技なんだよな。

「思わせぶりとか演技だって言うんだね。少し見損なったよ。鋭い男の子だと思ったのに。」

この場の沈黙が、俺の心を濁らせる。

こいつは馬鹿野郎だ。少し期待してしまうだろ。

いや。これは俺が自分に言い訳してるだけかもしれない。

期待してもいいのではないか。

というよりか、期待してあげないといけないのか。

「……信じていいんだな?」

雨良は、笑顔で頷く。

「そんなに信じられないのなら、僕の家にくるかい? いっぱい恋人らしいことしようよ。」

期待したら終わり、期待したら終わり。

いや、何を言ってるんだ。違う。

「良ければ、行きたい。」

俺って、本当に何してるんだろう。

手を握られる感覚とともに、俺は歩いた。

帰り道では、お互いが持っている能力の話で時間を埋めた。

雨良は人助けの能力のほか、恩人に出会う能力と環境破壊を止める能力があった。だが、もう使ってしまったらしい。

俺の能力である、ドラゴンと人間のハーフになる能力と相手を弱らせる能力と対象の傷を回復する能力についても話した。

「ここが僕の家だよ。」

驚嘆した。

雨良の家はすごく大きかった。豪邸という単語がとても似合う。

「緊張してるようだね。」

首を小さく縦に振る。

「家が大きいからかい?」

自分でそう言っているところが、鼻にかかる。

「いや。違う。」

俺がそう言うと、雨良は思いついたと言わんばかりに笑みをこぼす。

「好きな人の家に入るのが、緊張するのかい?」

照れさせたいという欲が見えてるにも関わらず、照れてしまうのはなぜなんだ。

「……いじわるしすぎてしまったね。入ろうか。」

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