ウソ読書感想文『インドド』

カニカマもどき

『インドド』

 空無がらむまさる先生の新作長編小説、『インドド』を読みました。

 以前から「スパイス小説・カレー小説を書かせたら右に出る者はいない」と評されてきた空無先生ですが、今回の作品はまた何というか、凄まじかったです。


 衝撃的な後半の内容はひとまず置いておいて、まずは前半部分の話から。


 この物語は、大宮の、平凡なインドカレー店『マサラ』の日常から始まります。

 バイト駆け出しの青年ニールの奮闘を軸として、マサラをとりまく様々な人間模様が、爽やかに、面白おかしく描かれる。これが前半部分の大まかな流れですね。

 特に、はじめは対立しがちだったニールと師匠が、"カレクックシンドローム事件"などのピンチを切り抜けるたび、互いに理解し合い意気投合していくところが、話の中心といえるでしょう。

 他にも、恋か修行か分からないニールとアヌシュカのやり取りや、トラブルメーカーであるヴィハーンの突飛な行動、常連の鈴木さんの大決算、”英国紳士の人”とのチャイ対決など、面白いエピソードが盛り沢山。

 「泣ける!」とか「ためになる!」とかいう感じでなく、登場人物みんな、良い具合にどこか力が抜けているのも好きです。

 でも、師匠のセリフ「ナンでもないよ」は個人的に凄い泣けます。


 かように、日常パートとでも言うべき前半の物語ですが、前述のカレクックシンドロームとか、泣いた青鬼(ビール)、消えてまた出るチキンティッカなど、常識では説明のつかない事象が、地味に、しかしちょくちょく登場し。

 加えて、エピソードの合間にさしはさまれる何者かの独白、”英国紳士の人”が残した金貨と手紙といった不穏な要素が、日常の終わりを予感させ。

 そして物語は、怒涛の後半へとなだれ込むのです。


 後半は打って変わって、冒険、スリル、サスペンス、アクションが満載の展開。非日常で予想外のできごとが、次々と襲いかかります(独特のゆるさは健在)。

 まず、襲撃されたマサラからの脱出劇で、アヌシュカとの突然の別れに衝撃を受けた矢先、第二のアヌシュカが現れて、また衝撃を受けたり。

 急にインドに飛んだり。

 緊迫のカーチェイスが一転、わらしべ長者となったヴィハーンとの合流で形勢逆転し、なんだかんだでダンスバトルにもつれ込んだり。

 シヴァ犬がガンジツ川で新春バタフライしたり。

 と思えば、音もなく忍び寄る"マッサマン・ヒットマン"というホラー要素や、ニールが師匠にバックドロップをかます瞬間の回想など、急に、別作品とも思える繊細な空気感や心理描写がさしはさまれたり。

 みんなで大団円ダンスを踊ったり。

 無茶苦茶やっているようで、しかし意外と抵抗なくするすると読めてしまうのは、緩急の付け方が絶妙だからか、はたまた読者が鍛えられたからか。

 どんな展開も基本的に、「ここ不思議ワンダーインドなら日常茶飯事だ」の一言で片づけることができるのは便利です。


 前半と後半との落差がありすぎて戸惑う読者も多いでしょうが(私も戸惑いはしましたが)、前半の日常がしっかり描かれているからこそ、帰る場所としてのマサラの存在が後半で輝くわけですし。

 前半の、「ナンでもないよ」「ガラムマサラが目にしみただけさ」「ラッシー祭りじゃぁ!」といったセリフが、後半では別の意味で使われるなど、熱い伏線も多くありますし。

 なんだかんだで奇跡的にうまくまとまっている、多数のスパイスを絶妙に混ぜ合わせたインドカレーのような、本作はそんな小説なのです。

 それはきっと、おかわりナンを食べたら満腹になるのと同じくらい、確実なことなのです。


※この読書感想文はフィクションです。このような小説や作家は存在せず、また実在の小説、人物、インド、カレー店などとは、一切関係がございません。


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