第0-1話 あの頃の僕ら 中学2年夏①

 梅雨空の下、パラパラとした心地良いリズムの雨音が屋根から響いて来る。2階の自室の窓からは木々が雨風に打たれてこちらも小刻みに動いている光景が見える。日曜日の朝限定で俺が好きな光景だ。


 今日は学校も無いから外に出なくても良い、雨の光景を安全な所からじっくりと見て楽しめる特別な時間だからだ。外を出ている人達を見ると何とも言えない優越感に浸れるのも原因の一つだろう。


 俺はその光景をベットで寝ころびながら2度目の睡眠に落ちるまで楽しんでいた。しかし次の瞬間にはその時間の終わりを告げる声が部屋に響く。


「タツミー! 外は雨だが道場は関係無いぞ!! さぁ朝稽古に行くぞ!!!」


 勢いよくドアを開けて来たのは7歳上の俺の兄「工藤 龍一りゅういち」だ。最寄りの大学に通っている大学3年生だ。


 小さい頃からスポーツ万能で特に剣道の才能は群を抜いていた。中学2年の時は個人で全国大会優勝、その後は連覇。そのまま高校、大学と全て推薦で入った程だ。


 俺も兄さんに憧れて剣道を始めたが、才能と言うものを思い知らされるだけだったのだ。兄さんは特別な人で、俺は凡人なのだ。だからそこまで兄さんみたいに剣道に熱量を注げるわけではない。


「兄さん、日曜日の俺は二度寝と言う大事な用事が有るからパス。」


「二度寝は帰って来てからすれば良い! 運動後の睡眠は大事だからな!」


 この野郎、何で稽古終わってからが二度寝なんだよ。それは普通に疲労で寝るだけだろうが!


「昨日も稽古しただろうが! 最低でも週に一度は体を休めないと良くないってこの前テレビで言ってたぞ? だから今日は行かない。」


 そう言って俺は布団を頭までかぶって拒否の態度を取る。


「ほほう、中坊の部活の練習ごときで体が疲れるとは鍛え方が足らんな。この兄直々に鍛え直してやる!」


 そう言って兄さんは俺を布団を強制的に剝がそうとするが、俺も必死に抵抗する。しばらくお互い口喧嘩しながら引っ張り合いをしていると急に兄さんの電話が鳴る。


「あ、もしもし? ん? 何か用?」


 兄さんはそのまま電話に出て話を始める。急に手を離された俺は勢い余ってベットの下まで転げ落ちてしまった。


「痛たた……、急に離すなよ……、危ないだろう。」


 俺の苦情を無視しながら兄さんは電話の相手と話を続けている。漏れて聞こえて来る声は女性の声だったが、段々と言葉に怒気を含んでいるのが離れていても聞こえる位だった。


「だからさぁ、俺言ったよね? 興味無いって。そもそも誰に俺の番号聞いたの?」


 何か面倒臭そうな雰囲気が漂って来ているのを察する。


「そもそも、俺は飲み会や合コンなんて興味無いの。先輩の付き合いで仕方なく行っただけと言ったでしょうが?」


 あー、兄さんの奴。また数合わせで連れて行かれたのか……。そう言うのに興味が無い癖に数合わせでよく呼ばれているんだよなぁ。

 

 そしてムカつくのが身内から見てもイケメンかつ182cmと高身長の上に剣道で鍛えた体は細マッチョと言うやつで、それはそれは女性からモテる事モテる事。短めの短髪を後ろに流す清潔感の有る髪型、切れ目の甘いマスクと良いこの完璧人間め!


 そう、この兄のせいで何度バレンタインやクリスマスに女の子からチョコやらプレゼントやらを渡してくれと頼まれた事か! 


 特に同級生の女の子の時は呼び出された時は告白されるのではと期待しながら待ち合わせ場所に行ったりとか、チョコを見せられて俺にもついに来たか! とか思ったら「お兄さんに……」って言われた事は一度や二度では無い。


 おっと、これ以上は血の涙が出て来そうになるので辞めておこう。つまり、俺に思わせぶりな態度を取る奴らは全て兄さん狙いと言うのが俺の悲しい現状なのだ。


「怒られたって、そもそも俺の好みのタイプじゃないから。諦めて。じゃあね。」


 そう言って兄さんは電話を切った。面倒臭そうにため息をついているが、ため息をつきたいのはこっちの方だ。


「いい加減に誰とでも良いから付き合えば良いじゃないか。巻き込まれるこっちの身にもなってくれよ。」


「お前な、好きでも無い女と付き合って何が楽しいんだ? どうせなら恋焦がれて絶対にこの女じゃ無ければダメだ! っていう人と結婚したくないか?」


 兄さんが身振り手振りを加えながら力説して来るが、何で恋とか恋愛と言うのを素っ飛ばして結婚というワードになるんだよ。


「兄さんの理想が高すぎるんだよ。一体今までに何人フッたんだよ?」


「ん? フッた数なんて数えてたら面倒だろ? そんなのを数えるのは人生の無駄じゃないか?」


 コイツ! この生来のモテ男発言をしやがって! フッたどころか告られた事すらない俺に対しての挑発か!? 


「今ので俺は絶対に行かないと心に決めた。一人で行ってらっしゃい。」


 俺は不貞寝を決め込むが、兄がそれを許す筈も無く布団を強奪されたのは言うまでもない。


「許さん! 女の子とデートとかだったら考えてやらない事も無いが、そんな理由では却下だ!」


 そう言われて俺は無理やりに稽古へと連行されると言う、いつもの日曜日を過ごす羽目になったのだった。


 俺の平穏な日曜日は訪れるのだろうか? そもそもデートなんて俺のフラグを全部折っているのは兄さん自身だと言う事にいつになったら気が付いてくれるのだろうか?


「ほら! 早く行くぞ~。」


 兄の声に後ろから付いて行く。

 昔から見慣れた兄の背中だ。

 大きくて追い越せない、近づく程により遠くに感じる。

 でも追いかけずにはいられない。

 昔思った俺の理想の姿が兄さんなのだ。


 理想ゆえに届かないのか、そもそもの次元が違うのか解らないが近いようで遠い、そして好きなんだが届かなくて目を背けたくなるような背中だ。


 女性関係についても確かにムカつくのだが、この兄は何故か未だに彼女いない歴=年齢なのだ。浮いた話一つも無く、本人も別に気にしていないのだ。本人曰く「運命の出会いを待っている。」だそうだ。

 それが余計に腹立たしいが、俺にとっては憧れの兄で有るから余計に困るのも事実なのだが。



 この感情をどう表現したら良いのか毎回悩む。結局は考えても仕方が無いので深くは考えない様にしよう、と俺はいつも諦めるのだった。

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