第15話 琴にまつわる話
上官景砂は自室に戻り、貰ったばかりの琴を卓上に置いた。その瞬間、全身からまるで魂が抜けたかのように、力が抜けていく。
そしてちょうどその時を見計らったかのように、上官双晶までもが彼女の部屋を訪れた。
「景砂。その琴は菱公子からもらったのですか?」
「ええ。いらないと言っても聞かなかったので、ひとまずもらっておくことにしました。また時を見計らって彼に返すことにします」
「いや、それは結構ですよ。もともと、彼は琴の演奏が全く好きではありませんし。ところで、もうすでに琴を弾いてみたのですか?」
「ええ。さっき。菱公子にこの琴を貸していただいたので、その際に少しだけ演奏してみました」
「そうですか。それはきっとさぞ素晴らしい演奏になったことでしょうね」
上官双晶の言葉に、上官景砂はつい首を傾げた。
(どうして、そう断言できるのだろう)
その疑問を全て見透かしたかのように、上官双晶が笑いながら、それらしい理由を付け加えた。
「でないと、あの菱公子が自分に与えられた琴を人に譲るわけがありませんからね」
「それにしても、よく菱公子に琴を与えましたね。彼が琴の演奏を嫌っていることはご存じなのに」
「それはね、私も不思議なのですよ。彼が上官家に来て間もないころ、私は彼に何が欲しいのかを尋ねたんです。そしたら、彼は琴が欲しいと言ったんですよ。彼が琴を嫌っていることくらい、菱家の者どころか、我々でも知っていたのに。でも、彼がそう言うので、一応彼には琴を与えることにしました」
その話を聞きながら、上官景砂は菱珪玉がそう言った理由をわかってしまった。彼はそれほどまでに、幼少期に出会った百里家の令嬢を忘れていなかったのだ、と。
「ところで、私にも聞かせてもらえませんか。一応養父でありながら、私は景砂の演奏をただの一度も聞いたことがありません。しかも、上官家で最初の演奏を菱公子に奪われた、となると養父としては少し嫉妬してしまいます」
と、上官双晶が言うので、上官景砂は「手遊び程度ですが」と断ってから演奏を始める。完全に手だけが覚えている曲だった。再び弾いても、この曲が一体何の曲なのか彼女には皆目見当もつかなかった。
彼女は演奏を終えると、まっすぐに上官双晶を見上げた。彼はしんみりと聞き入っていて、しかも手まで小刻みに震えていた。
「やはり、さすがですね。初めて景砂が演奏したとき以上に心震わせる演奏です」
「上官当主は、かつて私の演奏を耳にしたことがあるのですか?」
「……ええ」
「それはいつです?」
「確か、十年ほど前に百里家で開かれた琴の鑑賞会でしたかね」
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