くすむ心

下東 良雄

第一話 三人の高校生

 心地良い暖かな陽光が燦々さんさんと降り注ぐとある地方都市の高等学校。春の日差しが差し込む二階の二年生の教室、一番後ろの窓際の席に女子生徒が数人集まっている。

 席に座っているのは、黒髪ボブのメガネをかけた地味目な女子。元気なさげに視線を落としている。

 そんなメガネ女子に、ニヤけ顔で迫っているのは茶髪セミロングでストレートな女子。耳には薄桃色の小さな桜のピアス。メイクも厚化粧ではないが、自分の可愛さを最大限に演出している。十人いれば十人が可愛いと口を揃えて断言するであろう美少女だ。


「ほら、花音かのん。早く心理テストに答えなさいよ。この紫色の台形、何に見える? 三択のどれ?」

亜美あみちゃんが聞いてるでしょ! 早く答えなさいよ!」


 メガネ女子・花音に、美少女・亜美とその取り巻きが迫る。

 亜美や取り巻きから逃れるように視線を落としている花音は、ボソリと答えた。


「……三番の……スカート……」

「ぷっ! やっぱりぃ〜! 三番のスカートを選んだ花音は……ボッチ度九十パーセントでーす!」


 亜美と取り巻きが大爆笑している。

 花音にとってはいつものことだ。逆に笑われて良かったと感じている。下手に亜美の意向に沿わない回答をしてしまうと、機嫌が悪くなって花音のモノに当たったり、イスや机を蹴飛ばされたりする。それでも亜美を咎めるひとはいない。スクールカースト女子最上位。誰も逆らえない。


「うーっす。何やってんの?」


 彼以外は――


さとし、おはよっ♪ 今ねぇ、花音に心理テストしてたの! 花音のボッチ度、九十パーセントなんだよ! 笑えない!?」


 登校してきたのは、黒髪アップバングショートでスクールカースト男子最上位の聡。亜美の幼馴染みで、亜美が想いを寄せている男子でもある。亜美に意見できるのは、彼だけである。


「……くっだらねぇ。やめろよ、そういうの。イジメみてぇなもんじゃねぇか」

「でた! 聡のイイ子ぶりっこな正義感! 良かったねぇ、花音ちゃん。聡が正義バカで! クククッ」

「…………」


 花音は何も言えず、うつむいている。


「花音ちゃん、おはよう」


 顔を上げた花音の視界に、笑顔の聡が映る。


「おはようございます……」

「亜美の言う事なんか気にすんな」

「私の彼氏ったら優しいわねぇ〜」


 亜美の言葉に憮然とする聡。


「お前の彼氏になった記憶はねぇぞ」

「またまた照れちゃってぇ〜。この間のツーショットの写真、SNSでバズったわよ♪ 『可愛い亜美ちゃんは彼氏もカッコイイ!』って!」

「削除しろっていったよな」

「削除したわよ。アンタの姪っ子の雪美ゆきみちゃんの写真は。たくさん『いいね!』貰えてたのに……」

「姉貴、激怒してたぞ。雪美連れてアニメの映画に行ったはずが、買い物に夢中になってショッピングモールに置き去りにするし、写真を勝手にSNSへアップするし……亜美を信用したのが間違いだったって」

「過ぎたことをグチグチうるさいわね。雪美ちゃんの写真は削除したし、ちゃんと家に帰ってこれたんでしょ。問題ないじゃない」


 聡は花音に笑顔を向けた。

 

「花音ちゃん、あの時はありがとね」

「いえ……」


 ふたりのやり取りに驚く亜美。


「花音ちゃんが家まで送ってくれたんだよ。ひとりで泣いてた雪美に声かけて、自分の予定をキャンセルしてくれてな」


 聡の言葉を聞いて、花音を睨みつける亜美。


「……何それ……点数稼ぎのつもり……?」

「亜美、いい加減にしろ」


 亜美の態度に聡は苛立った。


「いい? 私はフォロワーが数千人いるインフルエンサーなんだからね! 私みたいな可愛くて人気のある女の子と付き合えてるんだから感謝しなさいよ!」

「だから、いつお前と――」


 亜美は取り巻きを連れて、ぷりぷりしながら去っていった。


「……ったく。花音ちゃん、ごめんな」


 にっこり微笑む花音。


「聡くん、ありがとうございます。いつも聡くんの正義感に救われています」

「あぁ……正義感に、か……」


 聡は苦笑いした。


「あのさぁ、花音ちゃん」

「はい」

「この間、雪美を送ってくれた時って、花音ちゃんは映画見に行こうとしてたんだよね」

「あぁ、その、はい……」


 顔を真っ赤にする花音。


「アニメの『ガールズ戦隊 プリティーハート』だろ?」

「は、はい……」

「恥ずかしがることねぇよ。アニメ、いいじゃん。日曜の朝、雪美もよく見ててさ、映画見に行きたがってるんだよね」

「あっ、じゃあ、私連れていきましょうか?」


 花音の言葉に聡の顔も赤くなる。

 首をかしげる花音。

 聡は『プリティーハート』の映画のチケットを花音の机の上に置いた。


 チケットは三枚あった。


「……三人で行かねぇか?」


 花音は驚く。


「……オレとじゃ……イヤかな……」


 慌てて首を左右に振り、笑顔で答える花音。


「良かった、雪美も喜ぶよ! 後で行く日決めたいからLIME交換しようぜ!」


 スクールカースト下層の自分が相手でも、ひとりの女の子として優しく接してくれる聡に惹かれていた花音は、喜んで自分のスマートフォンを取り出した。


『聡くん』


 LIMEに登録した家族以外の最初の連絡先が聡であったことに、花音は心からの喜びを感じている。そんな自分に向けられていた亜美の憎しみのこもった視線には気付かずに。



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