【06】あの子より愛してる?

「ところで、お父様。その子はだあれ?」


 キョトン、としてエレナがこっちを見た。


「ああ……エレナ。お前に大切な話をしないといけないのだよ。ちょっと応接室へ行こうか」



 男爵の顔が悲壮な顔に変わり、同じく夫人も目頭を抑えた。



「え……なに? なんなの??」


 男爵はエレナを抱き上げたまま、歩いていく。



「ミューラ、いらっしゃい」


 夫人がそうミューラに声をかけて男爵に続く。


「……はい」


 返事をしてついていく。他に選択肢もない。

 豪華な絨毯が敷かれた廊下は長く、どこまでも続いている気がした。





 ◆





「え……うそでしょ!? 私はお父様とお母様の本当の子どもじゃ……ないの!?」


 男爵夫妻がエレナに事情を説明すると、エレナはソファから立ち上がって叫ぶように言った。



「じゃあ、私どうなるの!? まさか……孤児院に行くことになるの!? いやよ! いや! 私はお父様とお母様の子供でいたい……っ。この屋敷に……いたい……」


 エレナはボロボロと真珠のような涙を流し、訴える。



「ああ……エレナ、可哀想に……傷つけてしまったね。できるだけ優しく伝えたつもりだったんだが」


 男爵がエレナを座らせ、その横に自分も座る。



「泣かないでエレナ……。ねえ、あなた。エレナを孤児院にやったりしないわよね? この子はいつまでも私達の可愛い娘よね?」


 夫人もエレナの横にすわり、エレナの背中をさすりながら、夫に問いかける。




「ああ、勿論だ。エレナ、おまえはいつまでも私達の子どもでいてくれ。そして今までと変わらずハミルトン家の長女で跡取り娘だよ」


 エレナの肩に手を回し、頭を撫でる。




「ああ、お父様! お母様ぁああ!! ありがとうございます、愛してます!!」


 エレナが泣いて男爵に抱きつく。



 親子3人で固まり、エレナを愛でる。

 この部屋にはミューラもいるのに、蚊帳の外だ。


 ミューラは人形を静かに抱きしめた。

 きっと私の新しい家族はこの子だけ……と思えた。



「でもでも、私は本当の子じゃないのに……私が跡目でいいの?」


 宝石のような涙を浮かべて男爵夫妻に問いかけるエレナ。



「まあ、なんて健気なの……エレナ。私の可愛い子」


「エレナが跡目だよ。今まで跡継ぎとしてお勉強してきたことを無駄にはさせないよ?」


「そうよ。跡継ぎになっていつまでもこの家にいてちょうだい……」



 男爵はエレナの頭をなで、夫人はハンカチで目頭を抑える。


「じゃあ、今まで通りでいいの?」

「勿論だ、愛しいエレナ」

「愛してるわ、エレナ」



 ――ここまで、ミューラは一切無視され、発言する隙は一切なかった。

 まるで観客だ。



「(私はどうしてここにいるの、かしら……)」



 そこで、エレナがこちらを、見た。 



「じゃあ、あのミューラって子より、私の方を愛してる?」



「(……っ)」


 聞くまでもない。けれど聞きたくなかったことではあった。

 ずっと求めていた両親が、本当の子供である自分より彼女を愛していると言う言葉を。



「(お願い、聞かせないで。せめて、嘘でいいから同じくらい愛していると言って……)」


 ミューラは人形を持つ手に力が入る。



 しかし、夫妻はその残酷な言葉を言い放った。



「エレナ、当然じゃないか。何年一緒に暮らしてきたと思うんだい? 突然顕れた子よりも、ずっと一緒だったエレナのほうが愛しいに決まっている」


「そうよ。美しい私の娘。例え血がつながっていなくても、愛しているわ。本当の子ども以上に、あなたは私の本当の子よ」



「――」


 歯をギュッと噛み締めて、泣きそうになるのを堪えた。

 


「(私の両親は、私のものじゃないんだ……)」



「お父様、お母様! 愛してる!!」


 そう叫ぶように泣きながら、男爵に抱きついているエレナの顔が、こっちを見て、嗤った。

 その口の端を釣り上げて笑い、こっちを冷たい目で見ていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る