【03】両親

 院長室に入ると、やはり先程の貴族夫妻がソファに掛けていた。



「――ハミルトン男爵、お待たせいたしました。この子がミューラです」


「君は……さっきの」


 ミューラが先程、自分と同じ色だと思ったその紳士が、静かな口調でそう言った。



「ああ……さっきも思ったけど確かに、貴方に良く似ているわ」


 夫人の方も、静かにそう言った。




 ミューラは助けを求めるように院長を見た。

 それを受けて院長は、優しい声で言った。


「ミューラ。こちらの方々はマルコス=ハミルトン様、そして奥様のイルダ=ハミルトン様よ。まずはご挨拶なさい」


「は、はい」


 ミューラは、小さな声で、ミューラです、と御辞儀した。

 院長が話を続ける。



「ミューラ、もうわかっていると思うけれど、こちらの方々はあなたのご両親よ」

「――」



「あのね、ミューラ。あなたは生まれた産院で取り違えにあったのですって。だから、本当はハミルトン男爵家のご令嬢エレナ、だったのよ」



「え……。私がですか?」


 今までいろんな両親を想像してはいたが……まさか、貴族だったなど欠片も思っていなかった。



「そのとおりだ。君は……どうやら、私達の本当の子どものようだ」


「……」


 ミューラは改めて2人を見た。



 ――この人たちが、私のお父さんと、お母さん?



 ミューラは胸が震え、涙が浮かびそうになった。



 幼い頃から想像していた事だった。

 いつか父と母が迎えに来て、やっと会えた! と抱き合うその日を。



 それが本当にやってくるなんて――。




 だが、ミューラのその感動と対象的に、両親のその表情は、とても――喜んでいるようには見えなかった。




「あー……では、一緒に屋敷へ戻ろうか……。君は……ミューラ、だったか」

「え……、えっと」




 先ほどの話だと、ミューラの本当の名前はエレナのはずだが、ハミルトン男爵は彼女をそうは呼ばなかった。


 それが気になったのか、院長が口を挟む。



「あの、この子を本当の名前で呼んであげないのですか?」



「あ……いや、それはちょっとまたあとで……今までその名で生きてきたのならそのままでも」

「ええ、その、そうね。私もミューラでいいと思うわ」


 両親は歯切れが悪く、どこか沈んでいる。

 ミューラを抱きしめようとする様子もない。


 他人行儀だ。

 たしかに、さっきまでは他人だったが、喜んでいる様子もない。

 どちらかというと、困っているようだ。


「(ひょっとして、私、要らない子どもだった……?)」


 ミューラは不安になって、院長の服をギュッと握った。



「それで、引き取りに来られたのですよ、ね? それともこのまま……」


 院長もその様子をおかしく感じたのかそう切り出す。


 それを言われると、ハミルトン男爵は、慌てた様子で言った。


「あ、いえ。引き取ります。ミューラ、今まで大変だったね。一緒に屋敷へ帰ろう」

「ええ、私達の本当の子どもですもの。こんなところにはおいておけないわ」



 こんなところ……。



 ミューラはその彼らの言葉に不安と不満を感じた。


 そして彼らと一緒に行ってはいけない、と直感で感じた。


「……あの、私。孤児院にこのままいたいです」



「なんだって」


 すこしハミルトン男爵の声が怖くなった。

 慌てて院長が割って入る。


「ああ、すみません。引き取られる子どもにはよくある事なんです。いきなり環境が変わるのを不安に感じてこう言ってしまうのです。どうかご理解いただけませんか」


「なるほど……。たしかに先程まで他人同士ではあったからな」

「そうね。いきなりは……無理よね。お互い」


 ――怖い。


 ミューラはもう泣きかけだった。

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