過去に戻ってやり直したこと。
川島由嗣
過去に戻ってやり直したこと。
唐突だが、過去に後悔していることはあるだろうか。
受験に失敗した。誰かの病気を見つけられなかった、事故から救えなかった等々。失敗したことのやり直しはできない。・・・・・本来は。
「運命を変えられる?」
「うん。1つだけね。君は選ばれたんだ。」
唐突にそんなことを言われ困惑した。そもそも自分は死んだはずだ。目の前にいる少年は誰なのだろうか。周りを見渡しても何もない真っ白い空間だった。
少年は事情を説明する気はなさそうだ。俺を見てただただ笑っている。
「なんだっていいじゃない。試しでいいから言ってみなよ。言うだけならただなんだから。」
「・・・・そうだな。それなら。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あら・・・慎太。どうしたの?」
「?・・・・・かあ・・・さん?」
願いを伝えた次の瞬間、目の前に俺の母親がいた。目の前の事が信じられず、慌てて周りを見ると実家だった。見回した際に家にあるカレンダーが目に入る。
「!! ・・・嘘だろ?」
カレンダーは過去を示していた。自分が高校1年生の日付だ。思わず頬を抓ってみた。痛い。
「どうした?」
「あ・・・ああああ。」
聞こえた声に振り返ると目の前に父親がいた。生きている。ありえない。
「え!?どうしたの急に泣き出して。そんなに1人でお留守番するの嫌だった?」
「さっきまでは遊べると喜んでいたじゃないか。」
気づかないうちに泣いていたらしい。いきなり泣き出した俺に両親は動揺していた。2人からしてみれば当然の反応だろう。だが俺からしたら両親に会えたのは奇跡だ。涙は止まらなかったが、思考をすぐに切り替えた。原理はどうであれここが過去であり、カレンダーを見た日付が確かなら俺にはやらなければいけないことがある。
「今日は2人の結婚記念日だよな!!」
「あ・・・ああ。」
「だからこれから2人で出かけてくるって話をしたじゃない。」
この事が事実ならば、この後両親は事故にあって死ぬ。高速道路でトラックに後ろから追突されるのだ。それを防がなければならない。
「ごめん・・。父さん。母さん。取り乱して。でも1つだけお願いがあるんだ。」
必死に知恵をしぼり、両親を説得した。夢でも走馬灯でも構わない。あの時の思いをするのだけはごめんだった。両親は俺の様子に最初困惑していたが、最後には泣きながら土下座をして頼み込む俺を見て願いを聞き入れてくれた。
俺の願いはたいしたことではない。ただ出かける時間を1時間遅らせて、高速道路を使わないでほしいとお願いしたのだ。今日は両親の結婚記念日だ。だからやめてほしいとは言いたくはなかった。かといって未来を知っているといっても頭がおかしくなったと思われるのがおちだ。
説得のかいもあって、両親は死ななかった。無事に帰ってきたときは号泣して両親に抱きついた。両親も号泣する俺を見て困惑していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後は平穏な日々が1か月続いた。
その間に、俺はノートに覚えている生前の記憶・知識などを書き出していた。生前は両親が亡くなった後は地獄だった。だが今回は生前の知識があるし両親も健在だ。選択肢は無数にある。だが両親が生きていても俺は生き方を変えるつもりはなかった。
授業は基本寝ていた。授業は基本既知内容だから退屈でしかない。そして寝ている俺を起こすのは決まって親友だった。
「おい。慎太。帰ろうぜ!!」
「・・・太郎か。」
生前も親友であり俺のことをずっと気にかけてくれたのがこの太郎だった。両親のことで塞ぎこんでいた俺を常に支えてくれていて、大人になっても交流があった。
2人で帰宅路を歩く。周りには同じように帰宅している学生が何人かいた。
「ああ~。明日はテストが返ってくるのか~。見たくないなあ。」
「そういえばそうだったな。」
先日中間テストが実施されたが、明日がテスト返却日だった。全教科が返却され、毎回上位50人が廊下に張り出さられる。
「結果悪いと小遣い減らされるんだよなあ。」
「なんだ。それなら言ってくれれば教えてやったのに。」
「え!!」
「・・・どうした?」
「いや・・・・。お前がそんなことを言うなんて・・・・。明日は雪か?」
「なんだそれ。」
「いやお前俺と成績大して変わらないだろ。しかも最近は授業ずっと寝てるし。」
「・・・・・家で勉強しているんだよ。」
太郎は唐突に俺の顔をじーっと見て首をかしげる。
「どうした急に。」
「・・・・慎太なんか変わった?」
「は?」
「なんか雰囲気が変わったというか。何かあったのか?」
「そうか?・・・・まあ色々大人になっただけだよ。」
「大人!?」
それを聞いた途端、驚きつつ太郎が急に俺から距離をとった。
「ま・・・まさかお前!!大人の階段を登ったのか!?」
「はあ?」
「おおおおおおまえいつの間に!!相手は誰だ!?羨ましい!!」
最初は何を言っているのかわからなかったが、すぐに彼が何を言っているのか理解した。
「はははは!!」
「な、なんだよ。」
「いやいや。なんでもない。残念だけどお前の思っているようなことはないよ。」
「・・・なんだよ。勘違いさせやがって。」
「悪い悪い。ちょっとドタバタしててな。」
「・・・・まあ、なんだ。なんか溜めこんでいるなら吐き出せよ。聞くぐらいならしてやるからさ。」
「・・・・・・太郎。」
彼は先ほどとは違い心配そうな顔だった。生前を思い出す。彼だけはどんな時も態度を変えずに傍にいて、元気づけてくれた。
「お前に惚れそうだよ。」
「やめろよ。気持ち悪い。」
2人で笑いあう。今が例え死に際の夢であっても、こんな日々を過ごせるなら悪くないと思えた。
「ほれ。どうせ惚れるならあの人にしなよ。」
「?」
太郎が指差した先を見ると1人の女子生徒が歩いていた。ロングの黒髪で豊満の胸を持ちつつもお腹は引き締まっている。スタイル抜群の女子生徒だった。
「彼女は・・・。」
「みんなのアイドル、大谷恵那さんだ。」
「!!」
彼女を見た瞬間生前の記憶が走馬灯のように駆け巡った。自分も高校時代の記憶は両親のことで自暴自棄だったため曖昧だが、彼女に関しては強烈な出来事だったので起きたことだけは覚えている。何時だったかは覚えていないが。
「そうか・・・。彼女もまだ無事なのか・・・・。」
「慎太・・・どうした?」
俺の様子が急に変わったのを見て、太郎が心配そうにこちらを見ている。
だがこっちはそれどころではない。もう一つ頑張らなければいけないことが増えた。
「太郎。これから馬鹿なことをするけど信じて止めないでくれ。」
「え・・・。」
「頼む!!」
「あ・・・ああ。」
俺の勢いに気圧されたのか太郎はコクコクとうなずく。安心した俺は太郎を置いて大谷さんに近づいていった。
「大谷さん。」
「・・・・・なんでしょうか。」
俺が声をかけると、彼女は胡散臭そうにこちらを見た。当然の反応だ。同じ学年ではあるが、クラスも違うため俺と彼女に接点はない。ナンパにでも思われたのだろう。
「初めまして・・・かな。俺はA組の 中村慎太だ。いきなり話しかけた上に唐突で申し訳ないんだが、明日発表される中間テストの点数で勝負しないか?」
「は?」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに不信感をあらわにした。
「・・・・本当に唐突ですね。私のことを知ったうえでおっしゃっているのですか?」
「ああ。中高一貫のこの学校に入学してからずっと学年1位を保っている大谷さんだろ。」
「それを知っていながら勝負を挑むんですか」
「ああ。ちょっと今回は自信があってな。」
「お断りします。私にメリットがありません。」
「そうだな。だから勝ったほうが負けたほうに一つお願いができるという賭けをしないか。」
それを聞いた瞬間、彼女は侮蔑した表情でこちらを見る。
「それこそ私にメリットがありませんが。」
「別に大谷さんにとっては変なのに絡まれたぐらいで何も変わらないだろ。もうテスト自体は終わっているから何か仕込むなんてこともできないし。」
「・・・・・。」
「なんだ。自信がないのか?」
挑発するように鼻で笑うと、意外に効果があったようで彼女は怒りをあらわにしてこちらに向き直った。
「いいでしょう。ただし私の体とか付き合うとか言い出したら交番か職員室に駆け込みますが。」
彼女はさっと携帯電話をだし握りしめる。
「そんなこと言うつもりはないよ。勝負を仕掛けたうえでこんなこと言うのは申し訳ないが、貴方に女性としての魅力は感じていないんだ。」
「は?ならなんでこんな勝負を仕掛けるのですか?」
「必要なことだから。」
きっぱりと言い切る。これ以上は説明するつもりはない。頭がおかしくなったと思われるだけだ。今でも思われてそうだが。
彼女は不審げにこちらを見ていたが。真意がわからないと判断したのか大きくため息をついた。
「いいでしょう。」
「・・・・・よかった。」
彼女は気持ち悪いものを見るような表情をしていたが、俺が心底安心しているのを見て、多少警戒心は薄れたようだった。
「本当に意味が分かりませんね。貴方は。」
「自分でいうのもなんだが申し訳ない。それで大谷さんの願いは?」
「勝負を仕掛けた理由を話して、それ以降二度と私の前に現れないでください。」
「願いが2つの気がするかまあいいか。承知した。もし負けたら貴方に話しかけないことを約束しよう。さすがに学校を退学するのはできないが、やむをえない場合を除き、貴方には話しかけないし、関わらないことを約束しよう。」
「それであなたの願いはなんですか?」
「ああ。俺の願いは・・・・」
「「は?」」
俺の願いを告げると、彼女と後ろで聞いていた太郎も不思議そうに首をかしげた。
「意味不明だと思われるのは承知の上だ。だがもし俺が勝てたら頼む。」
彼女に向かって頭を下げる。それを見て彼女は慌て始めた。
「念のためもう一度確認しますが、私に対して邪な思いを抱いていないのですよね?」
「ああ。神に誓って貴方に対して興味はない。」
「言葉と願いが矛盾しているのですが。」
「大谷さんが勝ったら理由を聞いて、頭がおかしい人間の戯言だったと思ってくれ。」
「・・・・まあそれもそうですね。わかりました。受けましょう。ではまた明日。」
そう言い大谷さんは帰っていった。うまくいったことに安堵していると後ろから両肩を力強くつかまれた。振り向くと笑顔で怒っている太郎がいた。正直言ってすごい怖い。
「し~ん~た~く~ん。」
「な・・なんでしょうか。太郎君。」
「説明・・・・してくれるよね?」
「明日負けたらどうせ話すんだからその時でいいだろ。信じてくれるんだろ。」
「まあ・・信じるけどさ。」
「こんな無謀なことができたのはお前のおかげなんだよ。信じてくれ。」
「・・・・・わかったよ。でも勝てるのか?」
「さあな。でも明日になればわかるさ。さ、帰ろうぜ。」
「・・・・はあ。わかったよ。」
これ以上は問い詰めても無駄だと思ったのか太郎はため息をついて歩き出した。
本当に生前も今も俺は友人に恵まれている。心の中で太郎に感謝しつつ俺は太郎と一緒に帰りを急ぐことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そ・・・そんな。」
次の日の昼休み、大谷さんが廊下で1点を見つめて立ち尽くしていた。表情は驚きと絶望が半々といった感じだ。周りの生徒達もどよめいている。彼女が見ているのは廊下に張り出されている中間テストの順位表だ。
「嘘だろ・・・・。お前何をしたんだ?」
太郎も信じられないという顔でこちらを見ている。1位には俺の名前が載っていた。全教科満点だ。彼女は2位だった。といっても10点差しかなかったから、ちょっと冷や汗をかいたが。
俺は彼女に近づき笑いかけた。
「俺の勝ちだな。約束は守ってもらうぞ。」
「何か・・・・事前に仕込んでいたのですか?」
彼女が睨みつけてくる。当然だろう。俺はこの一覧に乗ったのも初めてだ。不正を疑われてもしょうがない。
「残念ながら教師達も同じ感想らしくてな。放課後に再テストだよ。もしそれで駄目だったら遠慮なく罵ってくれ。」
「・・・・・わかりました。失礼します。」
そう言って彼女は自分のクラスを戻っていった。
放課後俺は再試験を受け、問題なくパスした。教師達も驚いていたが当然だろう。今まで一覧に載ったこともないこと生徒がいきなり大谷さんを破ったのだ。
再テストが終わった後、教室に戻ったら大谷さんが待っていた。表情は険しい。
「あなたは今まで実力を隠していたのですか。」
「いや。隠していたわけじゃないよ。ただ今回はひたすら勉強をしていただけだ。」
「・・・・・・。」
じっとこちらをみている。嘘かどうか測りかねているのだろう。
「事情はどうあれ、賭けは俺の勝ちだ。約束通り帰ろうか。」
「・・・・・わかりました。」
2人とも無言のまま帰り道を歩き、彼女の家の前についた。
「それじゃあまた明日。朝迎えに行くから。」
「・・・これに何の意味があるのですか?」
俺が彼女に依頼したことは、「1人で登下校・外出する際は必ず俺と行動すること」だった。ただし友達と遊ぶ時等、誰かと行動するときは不要。
「負けたんだから秘密。気になるなら何でもいい。また他のテストでリベンジすればいい。」
「いいんですか?」
「ああ。ただ体力試験とか謎解きとかはなしな。あくまでテスト類で。1度でも負けたら話すよ。」
「・・・・ずいぶん余裕ですね。」
彼女の顔を見ると明らかに怒っていた。見下され、馬鹿にされていると思ったのだろう。
「まさか。こっちも死に物狂いだよ。毎日遊ぶこともなく勉強漬けだ。」
「本当に?」
「今の1分1秒が奇跡の連続だからな。それを手放さないように必死なのさ。」
「?」
「気になるなら勝ってくれ。それじゃあまた明日。」
「・・・・はい。また明日。」
そう言って彼女は家に入っていった。それを見届けたうえで俺も帰宅することにする。
翌日、彼女が先に行ってしまう事も危惧したが、律儀な性格らしくちゃんと待っていた。それから毎日彼女と登下校をしていたので、学校では彼女と俺が付き合っているという話が流れた。まあ当然の流れだろう。
だが俺も彼女も否定し、賭けの内容を公表していたので、彼女は可哀そうな人扱いされ、俺は彼女と付き合うために付きまとっている人扱いされた。彼女に付きまとうのはやめろと言われることもあったが、俺と彼女の問題だからと一蹴した。
太郎だけは苦笑しつつも、信じて変わらない態度で接してくれた。味方がいてくれるのは本当に心強かった。
一緒に過ごしてわかったのだが、彼女は負けず嫌いの性格らしく、事あるごとに勝負を挑んできた。小テスト、模試等々。だが全て俺が勝ち続けた。彼女は最初負けても無表情だったが、負けが続くにつれて感情を表に出して悔しがるようになった。
それが功を奏したのか、周りからは話しかけやすくなったといわれているらしい。告白されることも増えたらしいが「彼に勝つまでは他のことは考えられません!!」と言って断っているらしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな勝負が1年近く続いたある日、放課後に彼女が紙を持ってクラスに駆け込んできた。
「中村さん!!次はこれで勝負しましょう!!」
「どれだ?」
「これです!!」
彼女は勢いよく俺に紙を突き出した。見てみると論文発表会のお知らせだった。
「学生の英語論文発表会?」
簡単に言うと、テーマを1つ決めてそれについて英語のみで発表するということだった。発表内容、英語力等様々な観点で審査される発表会だった。
「そうです!!これで今度こそ勝ちます!!」
「いや・・・いいけどこれってどうやって勝ち負けを決めるんだ?」
「事務の人に聞いたら、発表後に最優秀賞が発表されるそうです。」
「へー。でも両方入らなかったらどうするんだ?」
「まさか自信がないんですか?」
彼女は挑発するような顔を向けてきた。彼女もずいぶん表情豊かになったものだ。思わず笑ってしまう。
「な、なんですか?」
「いやいいよ。これで勝負しよう。」
「いい度胸です!!今度こそ勝ちます!!」
彼女は勢いよく教室を出ていこうとしたので、慌てて声をかける。
「おいおい。それはいいけど、帰る時ちゃんと声をかけてくれよ。」
「・・・・・わかっています!!」
俺の言葉に彼女は顔を真っ赤にして教室を出て行った。それを見ながら太郎が近寄ってくる。
「すごい変わりようだなあ。」
「そうだな。」
「あれから約1年か。正直ここまで勝ち続けるとは思わなかったよ。」
「こっちも必死だからな。」
もう彼女とのやり取りはクラスの風物詩となっていた。最初反発していた人もいつの間にか皆俺らのことを微笑ましく見ていた。
「その割には、学園祭一緒に回ったり、休日一緒に出掛けたりしているみたいじゃないか。」
「まあ、1人で移動するときは俺がくっついているからな。」
「・・・・彼女のことが好きなのか?」
「いや?彼女は俺なんかよりふさわしい人間がいるだろ。」
それを聞いて太郎が大きくため息をついた。
「お前・・・。いつか彼女に刺されるぞ。」
「え?」
周りを見渡すとクラス中の人間がこちらを見てうんうんと頷いている。といっても美術館で作者をあてる勝負をしたり、映画を見て俳優をあてる勝負をしたりしているだけなんだが・・・・。
「まあいいだろ。それより太郎。俺が渡したものはちゃんと保管しているよな?」
「・・・・ああ。保管はしているけど。」
「ならいい。」
彼女がどう思おうと、今俺ができることはあらゆる可能性を考慮し、動き続けるだけだった。太郎が心配そうな顔をしているが、あえて無視した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まったくあなたはなんなんですか!?」
彼女は怒りながら帰り道を歩いている。あの発表会の最優秀賞は俺だった。彼女は優秀賞だった。
「いや大谷さんも優秀賞だろう。充分にすごいと思うが。」
「慰めはいりません!!なんですかあの発表は!!外国人の専門家と変わらないレベルじゃないですか!?しかも海外の大学に誘われるなんて信じられません!!」
「断ったけどな。」
まあこの発表もずるだ。生前は英語の論文発表も積極的に参加していたからむしろ得意分野だっただけだ。
彼女が唐突に立ち止まりこちらを見る。いつもと違い不思議そうにしている。
「・・・・なんで断ったんですか?」
「興味ないからな。」
「では何が興味あるんですか?というか賭けはいつまで続けるのですか?」
「俺が安心できるまで・・・かな。」
「・・・なんですかそれ?」
「いっただろ。俺が負けたら教えてやるよ。」
笑いながら言うと彼女は怒りで顔を真っ赤にしてどんどん先を歩いていき、振り返って俺に向かって指を突き付けた。
「まあいいです。次こそ勝ちます!!」
「ああ。期待しているよ。」
「ふん!!」
彼女は恥ずかしいのか、再びずんずんと先を歩いて行った。俺も笑いつつ彼女の後ろをついていく。
それがいけなかった。
「!!」
目の前の交差点から曲がってきた車がこちらに突っ込んでくるのが見えた。スピードを緩める様子はない。彼女は気づいていないようだった。全速力で走り出す。
「大谷!!」
「え?」
彼女は驚いてこちらを振り返る。ギリギリで手をつかんで思いっきりこちら側に引っ張る。反動で俺は前にでた。
「きゃ!!」
彼女の声が聞こえた瞬間、大きな衝撃がはしった。全身に痛みが走り、意識が薄らいでいく。
「中村さん!!中村さん!!」
彼女の声が聞こえてくる。だが声がだんだん遠くなっていく。
「・・・・・ああ。守・・れた。」
その言葉を最後に俺の意識は暗転した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「結局君は何をしたかったんだい?」
気がつくと目の前にあの時の少年がいた。周りを見るとまたあの白い空間だった。
「あんたか。ということは俺はまた死んだのか。」
その問いに少年は答えず不満そうにこちらを見ていた。
「過去の人生を楽しくやり直すのかと思えば、女の子に付きまとって庇って轢かれた。」
「だけど彼女は助けられた。」
「家でもずっと勉強して、未来で得た情報を論文にして、各研究機関に送っていただけじゃないか。」
「それで救われた命があるはずだ。」
生前、俺は医者だった。過去に戻った俺は、その知識を活かし今の人生で1人でも多くの人を助けることができないか行動していた。
目の前で両親が亡くなって以降、俺は自暴自棄だった。そんなある日、大谷さんが事故死の連絡を受け、気まぐれに彼女の葬式に参加したのだ。
そこで泣いている大勢の人達を見て思ったのだ。死はこんなにも無慈悲に訪れるのだと。それをなくすことは出来なくても減らすことは出来ないのかと。
その日から俺は死に物狂いで勉強を始めた。そのかいもあって海外に行って飛び級して大学を卒業して医者になった。しかし、医者になっても毎日当たり前のように人が死んでいく。頑張っても助けられない。何度もその事実に打ちのめされ俺は壊れたのだろう。精神を摩耗させながら、ひたすら知識を吸収し続け人を助けようと動き続けた。ジャンルを問わず情報を仕入れ、会話のネタを増やしコネクションを作り、人を助ける手段を増やした。手に入れた給料は必要最小限以外全額寄付した。
若き天才・聖人と言われたこともあったがそんなことはどうでもよかった。そんなことよりも目の前で助けられない多くの命のほうが重要だった。医者として働きながら死に物狂いで勉強・コネクションづくり。そんな無理を続けて持つはずもない。最後には体力も精神も擦り切れて30歳を迎えることなく過労死した。
俺が過去に戻った後も俺の基本概念は変わらなかった。1人でも多くの人を救いたい。だから未来で蓄積した知識と、過去の状況を把握して少しでも早く医学が発展し助かる人が増えるように、論文を作成し、各研究機関や生前の知り合いに送り続けた。
大谷さんは俺にきっかけをくれた人でもあり、身近で救える可能性のある人だった。だからどんな手を使っても助けたかった。生前の記憶を思い出そうとしてもどうしても彼女の死んだ時期だけは思い出せなかった。ただ何とか交通事故だというのは思い出せた。だが大谷さんに会った時、彼女を救う可能性は勝負を持ちかけるぐらいしか思いつかなかった。
「ふーん。それで満足なのかい君は?」
「満足だとも。どんなに知識があろうとも、人間は神様じゃない。助けられる人には限りがある。それでも1人でも多く助けたかったからな。」
「傲慢だね。君は助けた人間を不幸にしている。」
「え?」
予想外の事を言われ、少年をまじまじと見る。だが少年は意地悪く笑っている。
「だってそうだろう。君が助けた両親は君が死んで悲しまないとでも?君に庇われた彼女がまともに生きられるとでも?」
「そんなことは知らん。」
「え?」
今度は少年が意外そうな顔でこちらを見てきた。だが俺は胸をはる。
「俺ができるのは選択肢を与えることだ。それをどう使うかはその人次第だ。」
「・・・自己満足だね。」
「ああ。そうだとも。・・・・まあもっとも、後は太郎が何とかやってくれるさ。」
「そういえば彼に色々託していたね。」
念のための保険も彼に託している。後は彼がうまくやってくれるだろう。生前もあれだけ自分のことを心配し続けたお人好しだ。だから心配も未練もない。
「生きられる選択肢をもらってそのうえでそれを捨てるならそれでもいいさ。どう生きるかは自分で決めればいい。」
「自分の幸せより他人の幸せね。壊れているなあ。まあ、でも面白かったよ。」
「こちらこそありがとう。死ぬ前に幸せな夢を見ることができた。」
少年に向かって頭を下げる。走馬灯としてみるには幸せすぎる夢だった。少年は驚いたようだが、今度は優しそうに笑った。
「まあ、会うのはこれで最後だ。君は未来を変えた。これからどうするかはゆっくり考えるといいよ。」
「え、それはどういう」
言い終わる前に視点が暗転した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・・?」
目があく。光が眩しい。体を動かそうとしても動かない。
「ぁ・・・・。」
声を出そうとしてもうまく声が出せなかった。
その時遠くから、大きな物音が聞こえた。何かを落としたような音だった。
「慎太!?」
誰かが叫んで近寄ってくる。そして自分を覗き込んだ。
「ぉお・・た・・・に」
だいぶ大人びていたが自分を覗き込んだ女性は大谷さんだった。彼女は俺を見つめて大粒の涙をこぼす。
「慎太・・・。慎太・・・・。良かった目が覚めた!!ああ!!神様!!」
彼女の涙を顔に受けながら俺は再び意識を失った。
後に聞いたのだが、あの事故で俺は植物人間状態になったらしい。
俺が眠っている間、彼女が毎日病院に通い続けてマッサージや話しかけをしてくれていたとのこと。
そしてもう一つ驚いたことがあった。目が覚めた日付だ。その日は生前俺が過労死した日だった。
「事実は小説より奇なりか。」
「うん?どうかした?」
「いや・・・・。」
彼女に車いすを押してもらいながら2人でのんびり外を移動する。まだリハビリは必要だが、彼女が献身的に介護をしていてくれていたおかげで普通より早く歩けるようになるらしい。
「変なの。」
「そういえば、慎太って・・。」
「ああ、私が賭けに勝ち続けたからね。」
「え?」
驚いて彼女を見ると、彼女はいたずらが成功したように笑っていた。
「あなたが相手してくれなかったから私の不戦勝が続いていたわ。」
「なんだ・・・と・・・。」
「言ったわよね。いつどんなものでも勝負を受けるって。」
「確かに言ったが・・・・。」
彼女はあの賭けを続けていたようだ。いつ起きるかわからない俺を見守り続けて。
「だから色々言う事を聞いてもらうんだからね。」
「・・・・お手柔らかに頼むよ。」
「はい!!じゃあまずはこれにサインして!!」
そう言って彼女が俺に紙を突き出してくる。発表会の時と同じだなと苦笑したが、紙を見て固まった。
「・・・・大谷さん?」
「なに?」
「これには婚姻届けと書いてあるんですが・・・・・。」
「ええ。」
「しかもあなたの名前と保証人に俺の親の名前が書いてあるんですが。」
「ええ。お二人にも了承してもらっているわ。」
「は!?俺の意思は!?」
「ないわね。」
思わず天を仰ぐ。まさかこんな要望を突き付けてくるとは思わなかった。固まっていると彼女が俺を後ろから抱きしめてきた。横目に彼女の顔を見ると真っ赤だった。
「それとも・・・・私の事は嫌い?」
「いや、そんなことはないが。君こそ俺なんかよりもっといい人が・・・。」
「私は・・・・あなたがいいの!!」
「それは罪悪感からきている、ぐ」
最後まで言わせてもらえなかった。彼女が俺の顔をひっぱりキスしてきたのだ。もがくが離してもらえない。
やがて満足したのか解放された。彼女の顔はさっきよりも赤くなっているが満足げだった。
「あのねえ。好きな相手じゃなきゃどんなに罪悪感があったとしても、毎日世話なんかしないわよ。それに私が貴方を好きになったのは高校時代よ。」
「え?」
予想外の言葉に俺の思考がフリーズする。
「私達テストだけじゃなくて色々やったでしょ。」
「確かにそうだが・・・。」
「私は貴方と生きていきたい。駄目?」
「駄目ではないが・・・・。」
「よかった!!大丈夫!!すぐに私に惚れさせてみせるから。」
そう言って笑った彼女の顔は輝いて見えて、好きになるのにそんなに時間はかからなそうだなと思った。
過去に戻ってやり直したこと。 川島由嗣 @KawashimaYushi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます