第3話 高校生らしいこと

「それでは、席替えをしたいと思います!」


先生の大きな声と共に教室全体が歓喜の声で包み込まれる。


「やったー!!」


「きちゃー!!!!」


まあ、俺は実際、そんなに賛成意見ってわけでもないのだが…


「遂に窓辺からもおさらばか…」


そう。俺は今、窓辺の席に座っている。

今は4月で、ちょうど桜が満開に咲いているため、授業中にふと外を見れば、視界いっぱいに桜がひらがっているのだ。


俺はそこで、桜の綺麗な桃色を見惚れる。

それが暇な時(授業中)の過ごし方だ。


「それじゃあ、張り出すね〜」


!?!?!?


俺は前傾姿勢で身を少し乗り出して、黒板を見つめた。

くじ引きではないのか!?

これから発表されるのか!?


一気に緊張が走った。


期待していない。そんなことは、心の中では唱えてはいる。


でも、深層心理の中では…


頼む頼む頼む…良い席来い!!良い席来い!!!


先生が、大きな紙を丸めて作った、座席表が、今、黒板に貼られる。


磁石を使って黒板に貼ると、先生はすぐに、黒板の横に大股一歩で、一瞬で移動し、遂に、座席表の全貌が露わになった。


教室中の生徒が椅子から立ち、射的で的をズルして射抜くように、机の上で、前傾姿勢になって、黒板の文字を凝視した。


名前を探す…これ以上に、緊張することはない。


最上霧矢…最上霧矢…最上霧矢…


「あった!!!!」


廊下側の一番後ろ!!


シャアアアアアアアアアアア!!!!!!!


深層心理では、心の中では、期待している。

それが、席替え。

それが人間だ。


「それじゃあ、新しい席に移動してくださーい。」


俺は机の上に椅子を乗せて、机を両手でしっかりと持って、指定された場所に向かう。


俺の席は、縦6列、横5列のこの教室の中で、唯一横6列になっている、つまり机で形成された長方形の中から飛び出している部分に当てられた。


このクラスは全員で32名。

2列だけ、6人の号車がある。

その、6人の号車に俺は割り当てられたようだ。


やったー!サボれるし、一番後ろはなんと言っても寝れる!!まさに主人公席!!(めっちゃ浮かれてる)


俺が、少し今後できることについてワクワクしながら頭を巡らせていると、突然、花が咲いているような良い匂いがした。


「よろしくね!霧矢くん!」


俺はその言葉を聞き、横を向くと、そこには天使が居た。

ひらりと、肩に掛かった黒髪を揺らし、少し瞳に降りた瞼をぱちくりと、まばたきさせながら、椅子に舞い降りた彼女は、この学校の制服に、暖かそうなモコモコとした羊のような布の上着を着ている。


俺はそんな夕日と桜の似合う彼女を少し見つめていると、彼女が、

「ん?何か顔に付いてるの?」

と首をかしげた。


「あ!いや!なんでもないよ!!よ、よろしくね!!!奏音さん!!」


「うん!よろしくね!」


ニコっと、笑顔で受け応えた彼女は、満足した顔で、正面を見た。


や、やったああああああああ…!!!!!!と心の中で叫びながら俺は小さくガッズポーズをした。


俺は先生の方向を向くフリをして、奏音の方を気づかれないようにしてチラリを覗いた。


彼女は、背中をまっすぐにして、先生の方を見ていた。

どうやらこちらを向くことはないようだ。


にしても、本当に可愛い。

顔が綺麗に整っている彼女と、あの、人懐っこい性格だ。

さぞかしモテるであろう。


俺なんて眼中にないんだろうなぁ…







「誰にも気にされず、誰にも覚えてもらず、誰にも気付かれないまま、青春を過ごせないまま、どうせ過ぎさっていくんだ…この日常が…」


「は、はぁ…」


俺は屋上で空に向かって手を掲げながら、隆一と弁当を食べていた。


弁当も高校生らしいことではあるが、生憎、屋上は俺と隆一以外誰もいない間抜けの空状態。


とても、青春と呼べるものではない。


「そ、そんな落ち込むなよ…お前今日、俺が教えたバイトなんだろ…?それって高校生らしいじゃんかよ…青春を謳歌させるために、俺がわざわざ見つけてきたんだぜ?」


「確かに今日はバイトだ!!!だがそれがなんだ!?バイト=青春なのか!?そんな働いて金稼げることを青春!?今の大人たちはじゃあ、青春を謳歌している最中だってことか!?


「い、いや…た、確かに違うけどさぁ…」


「じゃあ、バイトは青春じゃない!!前持って少し社会の一部に触れるだけだ!!そんなバイトが青春な訳ないだろ!!!!」


「今日は、なんかお前すげー鬱モードだな…」


隆一は苦笑いをしながら卵焼きを箸で摘んで、食べた。


「これだからインキャは嫌なんだよ…」


「は、はぁ…それ、インキャが言うセリフか…?」


「黙れヨウキャ!!!いきなりクラスライン開きやがって!!!お前がいなかったらクラスラインに入れなかったわ!!!ありがとな!!!」


俺は不服そうな顔をして言うと、先ほどよりも眉を落として、口だけは笑いながらも、「ど、どういたしまして…」と隆一は言った。


「本当に…許せんなぁ…」


「ははは…」


インキャの俺は、誰もいない屋上で、誰かに愚痴を言う。それしかできなかった…




でも!!

こんなインキャ生活から抜け出そうと、バイト先だけはお洒落に決めて見せようと思ったのだ。


そのことを考えながら、俺は大きなガラスをはめ込んだ扉の店に入った。

入り口の近くには、大きなプラスチック製のアイスクリームと「森崎喫茶」と書かれた喫茶店に入った。


喫茶店の中は、広いカウンターがあって、その奥ではマスターらしき人物が新聞を開いてコーヒーを啜っていた。


「すいませーん!バイトの最上でーす!!森崎さんはいますかー!?」


と、俺が大声を出して声を店内に響かせると、奥でコーヒーを啜っていたマスターらしき人物が、新聞を畳み、カウンターの上に置くと、「あ、俺が森崎です!」と手を上げて言った。


森崎さんを名乗る人物は、小太りで、顎に髭を生やした、いかにも優しそうなおじさんだった。


「あ!こんにちわ!!これからよろしくお願いします!!」


「よろしくねー!4!!」


「四人?」


俺が後ろを向くと、俺は腰を抜かした。


「え!?」


「「よろしくお願いします!!」」

「よろしく〜」


そこにいたのは、白い髪と緑の瞳をして、笑顔で会釈する隆一と、同じように会釈をしながら、黒髪を揺らす奏音。


そして、薄緑色のショートヘアーと、輪っかのような髪型を左右に二つ作っている、見慣れない女子だった。


「な、なんでお前らがここに!?」


「お前らって酷いな〜」


そういうと奏音はぷくーっと頬を膨らました。


「そりゃあ、俺はお前に情報を促したのは俺だしな。俺も働こうかと思って…」


「私は、元から働く予定だったんだけど、なんか、隆一君がどこで働いてるのー?って聞いてきたから、答えたら、なんか一緒に働こーみたいな話になっちゃって…」


隆一オメェ!!!余計なことすんな!!と瞳の中にメッセージをこめ、俺は隆一を睨んだ。


すると、ショートヘアーの緑髪の女子が、あくびをしながら言った。


「ふわぁ〜。わたし別にしたいなんて言ってないんだけどなぁ〜」


すると奏音が、またもやフグのように顔を膨らまして


「その怠癖があったら、社会に出た時周りに迷惑がかかっちゃうでしょ!今のうちに直しておかないと、後々大変なことになるんだから!!」


「うう…私、いつまでも寝てたいのに〜」


緑の女の子は、ぶかぶかの上着を着て、バイト先に来たようで、確かに言われてみれば、社会に出たときにこの状態は良くないような格好な気がする。


「それじゃあ、みんな一度、自己紹介をしてくれるかな?」


笑顔で、俺らに言う森崎さんを見て、今戸惑っているのは、俺だけしかいないようだ。


「俺…完全に取り残されてるよな?」





「えーと、私は小林奏音です!!今は特にどの部活にも入ろうと思ってないけど、部活に入っても、この喫茶店のバイトは余裕でできると聞いたので、働くことにしました!!少し古くて、ちょっと人気がない喫茶店を繁盛させるのが、今後の目標だと思っています!!これからよろしくお願いします!!!」


ぱちぱちぱち…

森崎さん含め、みんなが拍手をしているが、「少し古い」や「人気がない」という言葉はあまり使わない方が個人的にはいいと思うのだが…


「え、えーと最上霧矢です…ここにバイトをしにきた理由は、多分、楽しむからだと思います…えーとこれからよろしくお願いします…」


ぱちぱちぱち


「卜部隆一です!もし僕が社会に出た時、社会性について困ったことがないように、しておきたいので、僕はここで働くことにしました!あ、まかないが狙いでもあります!!よろしくお願いします!!!」


ぱちぱちぱち…

まかないが狙いとか別に言わなくてもいい気がするが、まあ、あいつは思ったことを口走る癖があるから、いつもの隆一って感じだ。


最後。あまり俺的には見たことはないが、どうやら紀眞高の制服を着ているこの緑髪の子。


多分1年C組の名札をしているので、同じクラスなのはわかるが、こんな子に心当たりがないのは事実だ。


俺がそう考えていると、半目のその女子は口を開いた。


「ふわぁ〜。ここの仕事が楽と奏音から聞いたので、来ましたぁー」


「ほら!ちゃんと挨拶して!」


横からその女子に横槍を入れる奏音はまるで、その女子のお母さんだ。


「えーっと…アズリアラングレーです…趣味は、寝ることと、休むこと…嫌いなことは、動くことです…よろしくお願いします…」


「ふふ…ああ。よろしくね。」


森崎さんはアズリアと奏音の様子を見て、少し微笑んだ。


「それじゃあとりあえず、始めようか。バイト中に、いろんなことを教えていくから。そんなに難しいものはないからさ。」


そう言うと、森崎さんはカウンターの方に向かった。


「おい!隆一!」


俺は小声で隆一に呼びかける。


「どうだ?奏音と一緒になれたぜ。」


「うん。ありがと。」


「ふん。まあ、親友だからな。これぐらいのことはしてあげねぇと。」


「二人とも〜早く来て〜」


奏音が俺たちをカウンターへと呼ぶ。


俺は「今行きます!」と言って、隆一と一緒にカウンターへ向かった。


隆一は何気にこういう優しい場面があるからな。隆一に感謝だ。





奏音ビジュ

https://kakuyomu.jp/users/Worstgift37564/news/16818093079145393291

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