習作その１・ファンタジー・追放ざまぁ系

003 覚醒

　眼前には満天の星々が瞬（またた）いていた。

　全身が痛む。耳がキーンと鳴っている。熱さにひりつく皮膚と対照的に、背中に感じる地面の冷たさが不思議と心地よかった。

　はて？　俺はいつから、ここに寝転がっていたのだろう？

　記憶の糸をたどる。思い出した。刺客たちに落雷の魔法を……

　俺は激痛に耐えて身を起こす。

　雷撃の着弾地点には、小さくなってはいるが残り火がくすぶっていた。星の位置もそのまま。どうやら気絶していたのはわずかな間だったようだ。

　刺客どもはと見れば、原型は留めているものの黒コゲになった者、ほぼ肉塊といっていいレベルまで粉々になった者とまちまちだが、全員めでたくあの世行き。馬は三頭倒れているがいずれも息がある。一頭は逃げてしまったらしい。

（これは……？）

　眼前に広がっている光景に、俺は違和感を覚えた。

　どういうことだ？　俺の魔法は、ここまで強力なものだったか？　確かに伸び悩みを自覚して以来、それをカバーするために訓練を増やしはしたが……

　落ちつけ。ひとまず頭の中で魔法をおさらいしてみよう。

　まずは基本となる、特に属性を持たない魔法。本人の持つ魔力によって発動し、さまざまな種類があるが、訓練はむろんのこと持って生まれた適性が大きい。だからこそ、平民の孤児にすぎない俺が国費で学べたのだ。

　次は精霊の力を活用した、風、炎、水、大地の魔法。言ってしまえば自分の魔力を、精霊の力を発現する触媒とするようなものだ。どの属性が使えるかは人によることと、得手不得手のバラつきがあることは無属性と変わらない。

　ちなみに俺はいちおう全部使える。また、意外かもしれないが落雷は大地の属性だ。

　勇者の用いていた光の魔法。四属性の上位にあるとされ、適性を持つ者はきわめて少ない。

　大雑把に分類すると、治癒や浄化に特化しているタイプと、光属性の強力な攻撃を使えるタイプがおり、俗に前者が聖者もしくは聖女、後者が勇者と呼ばれ、神から邪悪の討伐や地上の平和維持を託された存在と特別視される。

　そして闇の魔法。邪悪な禁呪とされ、魔族と総称される者――悪魔と呼ばれる異界の知的生命体や、それを信奉する亜人種など――だけが使うとされる。元からこの属性を持つ悪魔の血族は別として、この世界の者は何らかの儀式など、条件を満たすことで使えるようになるらしい。

　俺は意識を集中し、体内をめぐる魔力を感知しようとする。と、なんとしたことか！　闇の魔力を感じるではないか！　なぜだ！？

（……！　もしかしてあの時か！？）

　はたと思いつくことがあった。

　そうだ。あの戦い以降、俺は伸び悩み始めた……

　━━━━━

　それは魔王軍四天王のひとり、死霊魔導師（リッチ）との戦いだった。

　俺はやつと壮烈な魔法戦を繰り広げ、闇の魔法を受けながらも勇者らの助けを得て（さすがに連中もなりふり構っていられなかった）勝利したが、一週間以上も意識不明となり、生死の境をさまよった。

　仮説、あくまでも仮説だが……

　あのとき受けた闇の魔法が、俺の体内に残留する形で宿ったのではなかろうか？

　そして、光の魔力である「勇者の波動」を受けていたことで、相反する二つの属性が打ち消し合い、他の属性の魔法も含めてパワーダウンしていたのでは？

　つまりこういうことだ。

　仮に俺の中に闇の魔力が１０あり、勇者の波動の効果を２０とする。他のやつらは普通だから、波動をそのまま受けて２０パワーアップしていたところを、俺だけ闇の魔力の分を引かれて１０しかパワーアップしていなかった。それが俺自身をも含めて、事情を知らない者の目には伸び悩みと映ったのだ。

　それを補うべく必死に努力したのが、皮肉にもかえって状況の悪化に拍車をかけた。訓練により魔力が増して闇の力が１５になれば、当然パワーアップは５となる。

　しかし、追放によって勇者の影響下を離れたことで、本来のパワーが出せるようになったというわけだ。それが自分でも驚くほどの威力となって現れたのだ！

　色々と穴のある推量だが、正直なところこの仮説が当たっているかはどうでもいい。重要なのは、この力があれば王国に復讐できるかもしれないということ、それだけだ。

（やってやる）

　どうせ天涯孤独、しかも一度は死んだも同然の身だ。

　どこまでやれるか分からないが、やつらに一矢報いてやる。

　捨て駒扱いされた平民の意地を見せてやる！

　あんな仕打ちを受けたあげく、口封じまでされかけたのだ。もう王国への忠義だのなんだの、そんなくだらないものは綺麗さっぱり消えていた。俺は地面に散乱する荷を手早くまとめると、その場を立ち去った。

　━━━━━

　俺は近隣の山中に潜伏し、闇の魔法の研究と訓練に没頭した。修行時代、敵の手の内を知っておくために闇魔法の概要は頭に入れていたが、こんな形で役に立つ日がくるとはな。

　結論から言うと、現時点ではひとつだけ、「隷属」の魔法を使えるようになっている。読んで字のごとく、相手を強制的に支配して使役する魔法だ。

　召喚術師（サモナー）やテイマー（魔物使い）の魔法と似ているが、本人の意思に関係なく使役する点が違う。また、死を強要するような、本能に逆らう命令も実行させられる。

　サモナーやテイマーが使役対象の人格を尊重して「パートナー」や「従者」と見ているのに対し、完全に「道具」として扱う感じと言えば分かりやすいだろうか。なるほど、確かにこれは邪悪な禁呪といってよかろう。

　その魔法によって、今や多数のモンスター（魔王の軍勢ではなく、山中に生息していた野生の個体）が、俺の忠実な下僕となって身辺警護、情報収集、食料調達などに従事していた。まあ、種によっては食料になってもらったりもするのだが。

　ともあれ、ほどなくして偵察に出していた使い魔が、王国軍が満を持して魔王城に進軍を開始したとの報せをもたらした。

　復讐の時来たれり。

　俺は使い魔たちを総動員し、行動を開始した。