習作その1・ファンタジー・追放ざまぁ系
甲斐いつき
001 追放
俺の名はマティアス。
平民なので、名字なんて洒落たものはない。ただのマティアスだ。
俺が物心つく頃には、王国は魔王の軍勢によって危機的な状況に置かれていた。故郷も戦火に焼かれ、俺は幼くして天涯孤独の身となる。もっとも当時、こんな話はそこら中に掃いて捨てるほど転がっていたことだった。
幸い――今にして思えば逆だったのかもしれないが――俺には魔法使いの才能があった。
俺は王都に送られ、魔王軍と戦う訓練を受けた。本来なら魔法の修行には高額の費用がかかったが、有事ゆえ適性がある者には国費が投ぜられたのだ。
無論それは厳しいものだったし、平民、しかも孤児ということで嫌な思いをさせられたことも一度ならずあったが、俺は耐えた。
魔王の軍勢と戦いたい。
家族や故郷の仇を討ちたい。
自分を引き立ててくれた王国に報いたい。
その思いが俺を支えていたからだ。
時は流れ……
俺は血のにじむような努力の甲斐あって、幾多の戦場で勝利に貢献し、ついには平民でありながら王国、いやおそらくは人類の最強戦力たる勇者パーティに選ばれるに至った。前例のない大抜擢、人生最良の日だった。
勇者は貴族の出で、人間性においては必ずしも尊敬できない部分もあったが、愛する祖国のため、私情は挟まなかった。
ともあれ俺は戦った。
戦って、戦って、戦い続けた。
破局がすぐそこまで迫っていることにも気づかずに……
━━━━━
「くっ、まだ倒れないのか! ならもう一度……うわっ!」
背中に衝撃を受け、発動しかけていた魔方陣が消失する。直後、俺は水切りの石のように地面を転がった。
「邪魔だ! どいてろ役立たず!」
どうやら今のは敵の攻撃ではなく、勇者に蹴られたらしい。痛みに耐えて身を起こすと、目に入ってきたのは聖剣を構え、今まさに必殺の一撃を放たんとしている勇者の後ろ姿だった。
「これで、終わりだぁぁっ!!」
勇者から光の魔力を注ぎ込まれて輝く聖剣が、魔王軍四天王のひとり、
断末魔の咆哮に空気が震え……
数秒の間をおいて、崩れ落ちたデーモンの巨体が
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その日、王都はまさしくお祭り騒ぎだった。
勇者パーティによってダンジョンは全て攻略され、魔王城を守る結界は消滅した。
ここに至って、王は不退転の決意をもって最終作戦の発動を宣言。人々は近い将来訪れるであろう平和の予感に、肩を組んで歌い、踊り、喜びに満ちて盃を交わした。
――俺を除いて。
━━━━━
「ふざけるなっ! なんで俺が戦死したことになってるんだっ!」
宴の喧騒もほとんど聞こえない、王宮の奥にある一室。城の中とは思えないほど殺風景な、家具調度もほとんどない部屋だけに俺の怒声はよく響いた。しかし、目の前に立つ勇者は
「あーうるせえ。酒を飲んだ頭に響くから少し静かにしろっての。分からないのか? お前は『死んだ』んだよ、少なくとも記録の上ではな。魔法使いなのにニブいなぁ~。ああ、だから役立たずなのか……」
勇者が同意を求めるような仕種で周囲を見回すと、俺を除く全員――国王陛下、王太子殿下、宰相、将軍、そして勇者パーティのメンバーであるエルフ(森で暮らす亜人種)の弓使い、
「理由は余から話そう。平民とはいえ元パーティメンバー、勇者どのから伝えるのは、ちと酷であろうしな」
そういって言葉を継いだのは国王陛下だった。
「さて、魔法使いマティアスよ。そなたは勇者どのの下で長く働いてはきたが……報告によると、残念なことにいつの頃からか伸び悩み、特にここ最近は足を引っ張っていたそうだの」
「くっ……。しかし、先のグレーターデーモン戦でも、俺がいなければ……!」
そうだ。俺の魔法は確かにトドメを刺すには至らなかったが、十分なダメージを与えていたはずだ。それに、いくつかの補助魔法なくして勝利は――少なくとも犠牲を出さないでの勝利は――なかっただろう。しかし陛下は聞く耳を持ってくれない。
「黙れ。そこで余は、そなたに代わって王子を勇者パーティに加えることにした。勇者どのの
ここで王子が、勝ち誇った笑みを浮かべて会話に加わる。
「そういうことさ。要するにお前は戦力外なので、僕と交代してもらう。それに、だ……。疲弊した民を勇気づける意味でも、下賤の生まれで見た目も冴えないお前より、高貴かつ容姿端麗な僕のほうが適任だろう? 魔王討伐の栄誉は、平民風情には相応しくないんだ。分をわきまえろ。そのくらいはお前の頭でも分かると思いたいがな」
何だよそれ……。
要するに、さんざん俺に苦労させておいて、最後に美味しいとこだけ上級国民様が横取りしようってだけじゃないか!
頭がくらくらしてきた。もうどれが誰の言葉か分からない。
「とはいえ、最終決戦を前にして『勇者パーティの魔法使いは無能でした』では士気に関わる」
「そこでそなたは『名誉の戦死』というわけだ。これなら『志半ばで散った勇士のためにも勝利を』となるからの」
「うむ。魔王城の結界が消えた時点で、貴様の役目は終わったということだ」
「俺様はどこかの無能と違って器がデカいからなぁ? お前のことを『勇者をかばって死んだ』ことにしてやったんだぜ? 感謝しろよ?」
「だから私は平民を抜擢など……」
「そう言うな、捨て駒にしては……」
とうとう俺は立っていられなくなり、へろへろと倒れこんでしまう。
「平民でありながら、ここまで目をかけてやったが……所詮、これが下賤の者の限界か。まあいい、そなたはそなたなりによくやった。それは認めるし、褒めてとらす。せめてもの餞別に、過度な贅沢さえしなければ一生困らぬほどの金貨は用意した。それを持って、どこへなりと行くがよい」
陛下が側にいた護衛に顎をしゃくると、俺の前に皮袋が無造作に放り投げられた。リンゴがふたつ入るくらいの大きさだった。
袋が床に落ちたときのガチャリという金属音が、俺には牢獄の錠前がかけられた響きに聞こえた……。
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