「庭」~(『夢時代』より)
天川裕司
「庭」~(『夢時代』より)
「庭」
以前、最寄りの教会で見知って未だに気に成って居る栄子、生田ルカ(神学生、今は牧師)、孝夫、誰か(いつも教会では居る)気に成る娘の金魚の糞、等が俺の家に集まり、俺のギターの伴奏でゴスペルを歌って居た。皆厳かに元気良く、いつも俺が教会で見て来た通りの姿勢と出で立ちを以て、素直に歌って居る。場所は時折俺の家のリビング(茶の間)の様にも教会の小さな礼拝堂の様にも成り、見て居る俺を少々楽しませた。俺は中でも、珍しく現れた生田ルカの事が気に成り、栄子の事はその後でも良し、としてずっと今は俯いて歌って居るルカ氏の言動に気を取られ、目を奪われて居た。体は人一倍小さく、所謂小柄で、最初に出会った時から「大人なのに少女」と言うレッテルがそのまま貼られる様な体格をして居る。それは装いの所為ではなく彼女の持ち前の体付きで在って、私の友人等はそんな彼女の事を〝未熟児やったんちゃうん?〟と蔑んだ様に言って居た事も在る。しかし見方を変えれば、私は彼女の壊したく成る身体とその身体が放つ艶めかしい華奢の魅力が好きだった。彼女もその外観と内実を以て私を虜にする力を有して居た。「○○君(私の名前)のぼーっとした所が私は好きかな」とか言って居た過去の私と彼女との記憶が甦った為かも知れない。
して居る内に合唱会、演奏会は終わり、孝夫は〝別に何か用事がある〟といった風にする事は終えてのいつもの少し寂しい体裁を取ってこの家からどこかに帰宅し、栄子はいつもの団欒を醸す様にして金魚の糞とこれからの教会の諸計画や、これまでの差し障りない思い出話に花を咲かせて居る。生田ルカ氏は別段誰とも話す訳でもなく、今後のメッセージの準備をして居るのか、今歌って居た皆の声を録音したカセットテープを巻き戻して居るのか、一人機械・得体の知れない対象と格闘して居り、そんな訳で生田ルカ氏と俺だけは一人で居た。しかしルカ氏は女である為直ぐに他の輪に溶け込む準備は既に出来て居る様子で、一人でも絵に成る位の活力とオーラの様なものを見せ付けられる破目と成る。故に私は生田氏と同じ様な体裁を取って居ても一人辛かった。
して居る内に辺りは夜に成り始め、段々と黄金の陽光は青白いダークの内に消えて行き、遂に真っ暗な夜に成った。外は灯り一つ無い。私は既に栄子と金魚の糞とは一線を画した別の空間に居り、栄子と金魚の糞がゲラゲラと喋り合って居る様子は見えるのだが別段気を取られはするが誘惑される事は無く、唯生田氏はその俺達の間を行き来出来るオールラウンダーの様だった。しかし私はその生田氏に自分の気持ち(思い)を書いた手紙を渡す事はせず、自力で栄子との血塗られた様な、ドロドロ・ぼろぼろに成った関係を早く断ち切りたいと一人奮闘して居た様で、その心中に生田氏はとりわけ入っては来なかった。一線を画した別の部屋へ行くと、誰かは知らぬが「殿の為に」と畳一枚分の、地下トロッコが走る用の空間への出入り口が現れ、その時から又どこから出て来たのかは知らぬが私の仲間と称する者達と一緒に成って肩を組み、〝さぁ俺達の為にも殿の為にもこの地下の世界へ下りて行って、地下組織に散在して居る色々な派閥を持った我々の敵を殺しまくろう!〟とスローガンを一つ立て、まるでテレビゲームの様なその世界へと入って行く。
トロッコはゴ――ッと唸り、うねったレールを「インディジョーンズ」(魔王の迷宮:ハリソンフォード主演)で見た様な予め決められたパターンと躍動とを以て走って居る様で、その途中で見えるこれ又黄金に輝く細く狭い地下道の左右上部に取り付けられた手提げランプの様なランプは、確かにここに誰か地底人が居た事を証明する(思わせる)ものであり、これからきっと来ると予感させられる「地底人との戦い」に我々は皆意気踊り、恐らく私だけは少々の恐怖を覚えて居た。
外界(詰り、畳一枚分のトロッコ・トンネルへの出入り口が在る、栄子と金魚の糞が居る空間とは確立された部屋)の外では恐らく冷たい、寒い夜風が吹いて居て、又不意にロマンティックな夜をも思わせる木の葉なんかも閉めた障子にカサカサ当りながら舞って居るかも知れない。他の事を思い思いしながらも私は目前に迫り来る〝敵〟と称されるグループ・団体に気を取られ、左右に在る頭上のランプの走りながら明暗を分けるその早さを横目にして、いつしか持たされて居た〝バーチャル・ゲームで使う様な銃〟を袂にしっかりと抱え、突然の襲撃にも勇敢に備えて居た。周りに居た同じトロッコに乗って居た仲間も自分と同様の姿勢で居る事を黙認した後いつもの〝強大な敵に立ち向かう時の同志の姿勢が感じさせるわなわな〟、(又)〝自分がトラウマにも成った怖い映画を友人・知人と居間で観る、又見知らぬ人々と映画館等で観る際に自分に起こる、根底からぐら付かされる様な焦燥感(期待感)にも似た感情〟といったものを走るトロッコの上でその時私は覚えて居り、しばしこの快感の様なものに浸って居たいとして、〝出て来ても敵は小っちゃいもの〟と勝手に頭の中で決めて居た。その時トロッコに乗った同志がどんな事を考えて居たのかは知らないが、その横顔を一つ一つ覗き見て居ると、恐らく私と同様、否又はそれ以上の気持ちで居るか(それがどんなものかは想像出来ないが)、等覚える事が出来て居た。
トロッコはジャンジャン、シュンシュン、シャンシャーンシャン、と走り、急に速度が弱まったかと思うと、何か博物館等で観る様な、白亜紀の地上を風景とした様なだだっ広い雑木林と泉と高原(遠くに草原)が在るだけの、頭上(空)で小鳥がピーチチ…チチ…と鳴く風景の中に我々は居た。トロッコはそれでも完全には止まらず、ゆっくりだが、どこかへ向けて前進して居た様だ。わかっては居たが、雑木林や岩陰やはた又草原を突っ切って徐に、黒や紺の戦闘服に身を包み、暗視スコープとガスマスクを付けた完全防備の戦闘員達が一様の秩序だった列を成して、要所から現れて来た。我々は弾がなくなるのかどうかも知らずに唯散弾銃や普通の弾を撃てるだけ撃ちまくって、出て来る敵出て来る敵をそれぞれ、皆してやっつけた。何度やっつけても別段大ボスの様な存在は新たに現れる様子はなく、我々は暗黙の内にその〝大ボス〟が現れる事を危惧しながらも、日常の憂さを晴らす様にして銃弾を放ちまくって居た。幾つか場面展開がそれから在ったかも知れない。が、夢から覚めてはっきりと覚えて居るのはその大広間の一シーンだけなのだ。薄ら覚えているものの内に、場所が切り替わる間に走る途中の通路での戦闘員との格闘が在り、そこでも確か我々の大勝(快勝)だった事はやや鮮明であるが、景色、情景、経過、といったものは殆ど残って居ない。上記したまでだ。
私は結局〝殿〟の顔、姿を見ないままで帰って来た様であったが、同志の内の何人かは〝居たよ、あそこに居たでしょう!?〟、〝今は君の心の内に居る〟、〝見えなかったにしても無理はない。あんな高速で動いて居たし、殿の存在はそれ程に小っちゃいものだ。でも確かに居たんだよ〟、等私の預かり知れぬ処だけでの算段、団欒と成り、一体誰にとっての〝殿〟だったのか、〝殿〟という者の正体は我々にとって、否私にとって何だったのか、一向に解らぬままに時は過ぎて居た、という様な感じで、私はいよいよ腑に落ちない思いで一人ででもその〝殿〟の正体を突き止めたい、等と考えて居た。一線を画した筈の部屋(空間)がパァッと襖が開かれる様にして一つに繋がり、又、向こうで喋繰り合って居る栄子と糞とが煮え切らない、下らない、詰まらなくどうでも良い様な雑談をペチャクチャやって居るのが見え、私は現実に戻って来てしまったのか、とつい業を煮やす感じで爪を切りながら、二人を呪った。
ハラハラ木の葉の影を向こうに写す障子を開けて夜空を見上げると、星こそ全く見えない位に曇って居た様子だったが本当に心地良い夜風が私の体を吹き晒し、その吹いて来る風に僅かずつ身を乗せた夜露が同様に私の体(着て居た服)に纏わり付き、薄ら濡らした。〝秋露〟という言葉が頭に浮かんだ途端、そこからは見えないがきっと山奥から聞こえるのであろう鹿の鳴き声が私だけに聞こえた様子で、その想像の内の世界が現実のものと移り変わった様で、その季節は秋と成って居た。その夜は一瞬私に晩夏の昼を見せ、緑の葉裏をゆっくり進む小さな蝸牛が居るのを気付かせ、私はその一瞬間に、初夏から晩夏、初秋までの息苦しさと気だるさをも覚え、その〝一瞬の光景〟を少々嫌って居た。いつしか栄子、金魚の糞、生田ルカ氏、は私の前から(その時は)完全に消え失せて居た。Kがどこからか現れてくれる事を私は望んだが、駄目だった。いつの間にか時間が進んだのか、夜が終わり、真昼に成って居り、私は畳の間に居る。旧い昭和造りだ。私が茫然と立ち尽くして居る足元に、一匹の蝸牛がぬめぬめと、ジンワリジワリしながら一本の光線を畳に残して左から右に向かって進んで居た。その光線を目で辿れば随分長く、この畳の間を出た廊下にも真横に突っ切った跡が在り、〝お前も随分苦労して進んで来たんだなぁ…〟等と心中で呟いて居た。蝸牛は何も言わずに当然の様に先へと進み、少々私が何かちょっかいを出さないか心配して居る様にも見えたが、縁側へと又進んで行く。私は居た堪れない位の寂寥と、次なる行動へ移りたい焦燥を覚えながらも持ち前のぐずぐずする気質、動に転ずる前の静を人一倍楽しむ気質が物を言った様子で、半分以上見るのを飽きてしまって居るその蝸牛の行く末を、佇み、じっと見送って居た。やがて蝸牛は私に背を向けたままで、縁側を下りた庭に敷かれて在った石土台に設けられた長方形の真っ暗いトンネルの中に、頭上で囀る小鳥の鳴き声をBGMにして消えて行った。私は暫く誰も居ない、私の見知らぬ内に全て設けられた物ばかりが在る環境の内で、何も起こらない本当に長閑なその庭を眺めて居た。眺めて居ながら同時に、私は現実に於いて菓子を食うのを止めようと決めて居た。
「庭」~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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