「それぞれの空間」 ~(『夢時代』より)

天川裕司

「それぞれの空間」 ~(『夢時代』より)

「それぞれの空間」 


 俺は街に居た。確か最寄りのK駅だった様に思うが、どこか見慣れた街だ、という程の街に成っている。俺は誰かと待ち合わせをするのでもなく青白く暗い街をぶらぶらと歩いて居た。駅に入り、改札口の様な所へ行くと、友人のYと見知らぬ小奇麗な熟女が腕を組んで歩いて居た。俺は疑問よりも嫉妬を覚え、俺も同様の女が欲しいと思った。肉欲からの思惑だった。Yは俺と長く話すでもなく、軽く会釈しただけで、俺から見える一室にその熟女と居た。〝熟女〟とは言うが、本当に、AV(アダルトビデオ)にでも出て居て、常連の女優といった位の端正(端整)な顔付き、佇まい、をしていた。俺は指を咥えるようにしてそのYと熟女とが絡んでいるのを黙って見て居た。天井や壁は白く、というよりその部屋全体が真っ白、という感じだった。俺はつくづく羨みながらも手を出せず、唯じっと二人がふざけて愛し合うのを見守る様にして居た。そのYは歴とした妻か恋人が居るのを俺はどこかで知って居り、目前に居るこの熟女の方も彼とは遊びで付き合っているのをこれは恐らく始めから知って居た。だから余計にYの事が羨ましかったのかも知れない。俺の青春時代、青春の光は遠の昔に過ぎて消えて居り、あーもすーも言わせぬ内に土工人の様な恋人、友人、知人達は、やる事だけやって知らん顔をして次の目的地へ去って行った。環境だけは変わらぬのかも知れないが、それでもそれ等周りの人々により俺は今のこの環境に至るその過去の環境までも、そのタイミングの悪さ、引き合せた運命への思いと共に、怨む事と成る。今は周りに誰も居ないのだ。この寂寥感とそこから来る孤独による腑抜けにより、俺には今のこの現実からどこかで乖離する姿勢が在る。俺の目前で、上に乗っかった熟女と下敷きに成っているYが薄く愛し合う姿がずっと展開され、俺は目を離せなかった。時を忘れた様な部屋だった。

 暫くするとY達は飽きたのか、休憩した。又暫くして、〝飽きた〟というよりも次の興奮を待っている様だった。「美徳のよろめき」という言葉が在ったが、俺はその時、その言葉のニュアンスを又思い出し、兵隊に駆り立てられる人間はこんな事をしない、なんて又勝手に思って居た。Yは兵士ではなく、まるで商人の様だった。豪商でもなく自分勝手な小作農の様だった。悪い印象ばかりが飛び交う。〝「よろめき」とはその瞬間を捉えたものであり、全体を描写して居らず言葉足らずだ。きちっと最後まで書けば転倒だ。もう現実では起き上がれない転倒なのだ。誰も起き上がろうとはしないし、降って湧いた享楽を寝たままその楽な姿勢で楽しんでいる。女という「祭りの様な楽しさ」は男の目を釘付けにして永遠に腑抜けにする力が在るのではないか。Yも大人に成って、もうその内の一人に成ってしまった。恐らく自分も成ってしまった。けれど自分だけはどうにかしなくては…〟、そんな事をあれやこれや考えて居た。している内に、俺にも順番が回って来た。次の新しい熟女が改札口を出て来て、俺に会いに来た様だ。確かその熟女の周りに一寸した小間使いの男か女が居た様子だったが、俺の目前に来るとそれ等の者は効力を発揮せず暫くどこかへ消えていた様である。俺はその熟女をモノにしようと半ば躍起に成った。嘘の恋愛というのは判っちゃ居るが、それでも肉欲を抑えられず、又抑える事を結局せずに、辺り構わず女に、次も会える様にと電話番号を聞き出し、会う約束をしてから、一方的に沢山喋り、その場では、力業で女をその気にさせる事に尽力した。「その気」にさせればこっちのものだ、と女の習性を自分なりに判断した上で、努力を続けて居た。女はこくりと頷き、ホテルへ行く事を承諾した。俺達はYとYの熟女(彼女)を放って置いたまま、雑居ビルの様で何かのゼミナールの様な建物に入る。夕方だった様に思う。もうすぐ夜が来る事が解って居た。俺の熟女は何か真面目な顔と姿勢を以て、恋の申込用紙か、手続き書類の様な物に、背筋をピンと張ったまま前屈みに成り、椅子に一人座って書き込んで居た。俺は静かに彼女の後方で、腕組をしてその光景を見ている。いつの間にか彼女は書き終えて、刹那の空間を通り、ホテルに居た。

 絡み合うシーンは忘れさせられる様に感じて居らず、俺達はもう次の日に居た。YとYの女もその一日に居る。又、他の大学生の様な男共もその一日に居た。男共は俺の熟女と何か連絡を取り合って居たのかも知れないが、はっきりと知らず、又調べても居ない。Yは、俺が出会ったその熟女に会って居た様だがどの様な展開に持ち込んだのかは解らず、俺はその男共、Y、に向かってぐつぐつ煮える嫉妬と憎しみを絶えず覚えて居た様だ。しかしきっと、その感情を彼等の前では出さなかった様に思う。春の光を照らした太陽は青白い夕闇に消え、それでも明るい駅前の繁華街の人混みに、俺の熟女と、ついでに男共、Y、は消えて行った。名のない季節の内の事である。

 

その様な経験を以て私は、日本を離れて、一度外国に母親と居た。母親は右半身が麻痺して居り、私は、自分が守ってやらねば、否きっと、絶対に守り抜いてやる、と固く心に決め、ずっと母の横に居続けた。オレゴン州かミシシッピ州の様で、竜巻が良く通る場所だった。私と母は、近くの食品売り場で食べる物を買い、日本への帰国の為にその一日を生き抜こうと必死だった。ビザ、言葉の壁、等は上手く纏めていた様であり、その際は問題ではなく、問題は自然だった。

私達は徒歩で大陸を渡り、日本への帰路に就いて居た。夕刻に成った頃、黄色い砂塵を巻き上げながら強風が吹いて来た。私達は、唯早く帰ろうと、持って居た荷物を肩に担いだり背中に背負ったり、一度手に持ったりしながら、段々が在るその地面を歩き越え、小さな土手に差し掛かろうとしていた頃、先ず私だけが横目に黒い風の塊の様なものが在るのに気付いた。F3~F5に成る竜巻だった。母は未だ気付いて居なかったが、私がすぐ教えてすぐ様気付き、母はその塊の方を一瞥してから早く逃げなければと考え、私を急かした。私は母の手を握り、身体を抱いて障害を乗り越え、とにかく逃げた。猛威を振るう竜巻の中私達は民家の様な場所に隠れたり、二次災害で洪水が来てそれを逃れ、次は建物のフェンスが多い場所で苦悶したりと、とにかく竜巻は長い間私達を苛み、その頃には竜巻はF5クラスにまで成って居た様で、又何本も他に発生して居た様だった。けれど私は、その様な自然の中の苦難の中を母と一緒に協力して逃げて居る事が嬉しかった。

私と母は、いつの間にか日本へ帰って居り、自分達の家に居た。私達の家は門から玄関までに昇り階段が在り、家の前の地面から階段を昇った玄関までは高低が在る。私の父、母の夫、は顔を見せず白いランニングの腹部から下だけを私達に見せて、「よく帰って来た、よく帰って来た」と歓迎してくれて居る様だった。私達は今度竜巻に襲われた時の為の避難方法について話し合って居り、私が母の身体を抱えて地面からその玄関まで飛んで見せて、「今度はこうしてあのフェンスなんかも乗り越えようか?」等と予行演習をしながら父と母に話す。私はそこで初めて自分が飛べる事に気付いて居た。父母は笑って居た。母の身体はやはり、意外と、重かった。

私と母は、恐らく私が熟女と別れた大学の様な場所に居た。男子学生が多かった。我々はその男子学生達と竜巻の事について話して居た。内に女子学生達もちらほら少数ではあったが混じって来た。二次災害の洪水の事について話して居り、「地震ならともかく、竜巻ではあんな風に成らへんやろー」等の声に私は「いや成るな。ほんまに成ったもんな」と母の方を向いて言い、母は「うん、成る」と静かに賛同してくれて居た。その人数の内で母と同じ体験をし、同じ気持ちで同じ事を言えた事が嬉しかった。男子学生、女子学生は、その後、竜巻の事を問題にはして居らず、竜巻という災害を含め日頃の話題に花を咲かせて居た。

私は一人に成った。私は一人ながらに周りの戦士達と一緒にゲームの中に入り、目前にした強敵と戦って居た。我々は四人程のパーティを組んでいた。その強敵は始め二人だった。別人であり、一人は長髪・白髪でありモンクが着る法衣の様なものを着て居り、魔術の達人の様で、もう一人は剣豪の様で筋肉隆々で、ちょっとやそっとの攻撃では倒せない、といった様子で、二人共利口そうだった。我々は何とかしてその二人を倒さねば次の目的地へ行けない様子で、自分達の内誰かがやられても、或いは全滅しても仕方がない、といった具合に果敢に戦って居た。戦って居る内にその二人の強敵は、一人でもてんで歯が立たない程の強靭であるにも拘わらず、「私の強靭ともう一人の頭脳を以てすれば一人の最強の戦士と成る。お前達はこれに勝てるか?」とか言いながら身体を重ね、体内でエネルギーをうごうご蠢かせて同化する過程を経て、最後に光を放って合体した。我々は唯黙って見て居るより他に仕方なく、二人は自然の成り行きで一個の生命体と成った。その姿は、威厳在る風采をして、「ウィザードリィ」というゲームの内に登場する〝ハイ・ウィザード〟の様で在り、あの荘厳に光のアーマーを着せた様な、完璧な強さを秘めている様だった。髪は白に近いグレイで、向こうの見えない光を放つ。私はその生命体に一度攻撃をしてみたが、〝シュキーン〟といって打った局部辺りから光の様な活気が放たれ、ダメージ〝0〟のサインが、FF(ファイナル・ファンタジー)の攻撃ターンでダメージを与えられなかった際に見る様に、トントントンと小さく跳ねて居た。周りのパーティ達は私とは別に何かゴソゴソしている。そして、その余りにも強大で強靭な生命体が、私、我々、に攻撃を仕掛けようとした時に私は目が覚めた。

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「それぞれの空間」 ~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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