「決心。」~10代から20代に書いた詩
天川裕司
「決心。」~10代から20代に書いた詩
「決心。」
目の前のカップルが、耳元で、ひそひそ話をしてる、良いカップルだ。その羨ましい光景に、暫く、見とれていた。けど、次第、々に、自分の寂しさというものに気付き始めて、考えるのを止めた。僕は一人だ、この男女の運命と、僕との運命はちがうものなんだ、やはり、現実から逃げちゃいけない。そう思って。
今、これだけは言える。僕は一人である。これから何百万先の終点地まで、どれくらいの歩幅がかかるかわからないけれど、今の僕は、一人である。今までも、ずっと、そうだったように、これからも暫く、先は一人でいることだろう。それが、僕の、僕自身に与えられた運命でもあり、しょって歩いていかなければならない、僕の値札みたいなものであろうから。僕は、決心する。早く一人に慣れなければならないと思う自分に、飛び込む自身に力を入れる事を正しいと思うこの僕の決断を。
「無題」
異性のことについては、一度も触れなかった。それだけの事だ。
「わがまま。」
「低俗な友達ばっかりだから、こういう高級な言葉はわからないんだろうなぁ。その高級な言葉がわかる、話し合ってくれる、友達が私は欲しい。」
「真実・作家。」
私のかいたものに悪く言う者を、別に弁護する気はない。でも、非難される覚えはない。
「野口英世。」
野口英世の映画を見て、感動の余り、泣いたと、母親が、従兄弟が、言った。だいたい的に言うので、どんなものかと見てみれば、確かに良かったけれど、差程の感動はなかった。唯、親子がメソメソしているだけで、それに幼女の傷が効を成していて、それだけ深いものになっていただけだった。私は、この、努力をして、口(こう)を出た秀才の努力より、努力をしても甲斐のなかった秀才の努力の方が、寂しいだけに、美しく思えた。唯、最後の、母親の死ぬ場面では、心打たれていた。あれで、ちほうにかかり、母親が、子の姿を忘れていたとしたら、もっと、かなしかったろうに。否、史実に勝る真実というものはないらしい。その感動は、それで、全てであったのだ。それを、裏切るのは、良くない。もう、やめておこう。
「人真似。」
人真似をしていたんじゃ、何もいいものは出来ないさ。
「美少年と美少女。」
態のそれ程よくない男が、相当りの美品を持った、色白の女に恋をした。態のよくない男は、おぼつかぬ足をしっかりと踏みしめながら、その美品の女の歩く跡を、追っていった。もはや、後戻りが出来ぬ、恋の路である。志もなにもない、唯、せんべつを貰うだけに、人の跡を回る、野良の姿にも似ていた。”英雄”などではない。それはわかっていよう。我は遠くを見つめながら、その少年、少女の成り行きを眺めていた。少女の方が優位である。少年は貧しく、在る。余り、音を出してはいけない。複雑でなくてはいけない。気品を漂わせた、男の背後には、もはや、色恋はなかった。あるのは、気品漂う、空しい背中だけだった。「そんなものだ。」我は、心寂しく、呟いた。突風のかぜが吹く。愛が身を持ち崩した。その成り行き、一人で見るのが嫌な故に、その事を、一掃まとめて、忘れようとした。忘れた。
一瞬、楽になったような気がしたが、その後から、急激な、寂しさがおし寄せた。かなしさに似ていた。二度と、愛せぬ心を持ったような気がして、恐ろしかった。人を信じるのが嫌いになった。幸せそうにしている人を見るのが嫌になった。人を信じられなかった。時の長さがそうしたのか、次第、々に、人としゃべるのが億劫にもなって行った。或る、突風の吹く夜に、我は、女に成り済まし、作文をかいている。気取った振りをして。「作文、という程のものではない。幸せが、我になかっただけのはなしだ。我は、そう、女なり。女は、女を愛する者ではなく、唯、自分を愛していれば良いだけの話である。無理をして、男になんぞ走る必要はない。これ以上、自分にあがきたくもないのだ。わかっていよう。自分とは、そういう質の男なのだ。これは、作文なんかじゃない。作文には成れない。唯、思いの余らした事を、そのまま、愚多、々、かいているだけの事である。ああ、この寂寥は、うぶ声。ぬくもり。よろず。女のアベニュー。男で在る、儚さ。誰一人、我を求っては呉れぬ。救って呉れたのは、両親という絆である。この時代、我に、楽観を与えるには、少し程、とどかず。これも一つ、我の傲慢なり。」と、夜更けに、一人で、かきつづっていた。しとしと、雨が降って、やりきれぬ耳なりがしている。
我が身をこするには、余りに洒落にて、正直な態にて、言葉を発する。
「こんな我が身も、女が駄目にした。」
この男は、始終を、駄目にしてしまった。
「奇跡。」
勉強する姿は、美しい。労苦の壁々、目に見えて立ちはだかろうとする姿は、人の宝なり。甲斐のない、努力にも似ている。しかし、利益のない打算とは、少し違う。人のする、当たり前のこと。
「悲しさ。」
その後から、急激なかなしさがおそってきた。
「思い出。」
笠井さんは、この世に女はいない、と言い張っていた。ぼくは、自分が全てなんだ。軽べつされるだろうが、仕方ない。嘘をつくのは、もっと嫌だ、とも言っていた。珈琲で喉を潤し、どこか街へ出ようとも決めていた。信州である。何故、信州なのかは、理由がある。そこしか知らなかったからだ。信州の下諏訪。上諏訪からわざわざ回って、下諏訪へ行くのである。粋なはからいとも、思っていたらしい。私は、直接、笠井さんの隣に座って、一部始終を見ていた。煙草を吹かしている。笠井さんの吸っているのは、キャスターマイルドだった。
どこかに、いい女は居ないものか、と、首をかしげて言っていた。誰も、見向きもしない。それはそうだろう、それ程の小声で呟いたのだから。満ぱんになった腹を覚えながら、笠井さんは、もう一杯、珈琲を注文していた。女は、ひそひそ、笠井さんの傍へ近寄り、オーダーを聞いた。
「ブレンド・コーヒーで?」冷たい女店員の言葉に、
「うん。」と頷いた。
笠井さんは、その店員を一瞥すると、又すぐ、下をうつむいた。だめだったらしい。頬づえをついて、時が流れるのを待った。活気のいい声が、その空気の中に飛び込んでくる。真実は一つしかなかった。それは、もう、薄々、気付いていた。ものわかりのいい空気が、そこに、流れる。
ものかきの、もはや、何もかけなくなった、笠井さんが、かき方の手順を、覚え直そうとしていた。私はしっている。しかし、そんな事は、無駄だということを。それにはつよい精神力が必要であった。笠井さんには、もう、すでに、それがない。枯れ果ててしまった才能は、もはや、枯らしてしまった方が美しいのである。笠井さんに、それを告げたかった。きっと、笠井さんは、何か、つよい者を目指して、その者を傘に着ているのだ。それでなければ、あんな悩み方はしない。
見る人、見る人が、透き通って見えた。そこに、存在はなかったのであろう。空しいことに、話す口はあれども、話が出来ぬ。その態が、丸見えだった。誰も、他人(ひと)の事に、興味はないのだ。一文の得にもならないから。問題は、今日であった。一度に、沢山の事が頭の中につのってはきえ、つのってはきえ、していた。一度に沢山の事を考えるのが、彼の癖だった。
「今日の労苦は、今日その一日で充分である。」
不意に、この一言が甦ってきた。かと言って、別に、ふういんしていた訳でもない。何となく、表通りの通りへ出たら、ふと、目印の看板が見えた、そんな程度だった。勢い余った、その言葉の余韻に、笠井さんはまごついていた。時計をちらと見た。まだ、昼過ぎ。時間は、まだまだ、ある。意味のわからないこの言葉を思い返して、この一日、どう過ごそうか、もはやあきらめかけていた。
ふと、睡魔の様なものが、笠井さんをおそった。うなだれて、胸にポッカリ穴があいた。そこから息がもれて、一杯に吸った空気も、そこから、皆、流れて行ってしまうのだ。「どうしよう。」と、いろいろ、ポーズを直してみたが、一向に、安定のポーズが見つからない。何か、きっかけを捜していた。しかし、ない時は、自分でどうにかせねばならぬ。笠井さんは、頬づえをついて、考えていた。
さっきの店員が来た。
「どうぞ。」
さっきと全く同じの冷たい調子で、もの言い、笠井さんのひじの前に、タンとカップを置いた。それでも、笠井さんは
「ありがとう。」
と言い、笑顔をつくった。その笑顔には、ほころびた、安らぎの様な、ざくろの様な、赤々したはんてんが、共存していた。あの顔は、尋常ではない。
きっと照れだ、私は、そう思っていた。一つの決心があった。外は、華やかに、冷たい風が吹き荒れていた。一口、ずずっ、と珈琲をすすり、一度、体を立て直した。さっきの女店員は、もう早速、次のお客の相手をしている。同じ冷たい口調だった。
笠井さんは、一つ、話をしてくれた。
「僕は、もう、今年で三十五歳になるが、まだ、いい女とめぐり会ってはいない。君が、どう思うかは君の自由だが、私には、私の決心がある。或る、寒い冬の夜に、一人の女が自分の宿に訪ねてきたら、どうする。たとえば、君は? 僕かい?僕なら、きっと、迷わず、その女(ヒト)を泊めてあげるね。打算からではない。決して、ちがう。人として、だ。人とのつき合い方には、そういったまともなつき合い方があるんだ。僕はぜひ、そちらを選びたい。外は、雪だ。そんな寒い雪の外に、その女を今、出したら、その女(ヒト)は凍えてしまう。それだけだ。何の明灯もないそんな暗闇で、その人(ヒト)に一体、何が出来よう。僕は、そんな人を、放ってはおけない、…….(中略)。」ほとんど、でたらめだった。まるで、口から突いて出た、一瞬、々、の言葉が、そのまま何のつながりもないまま、言葉になったようだった。私(筆者)は、思わず、失笑してしまうのをこらえるのに、労苦を要した。笠井さんも、その徒労に気付き、苦笑し、萎えた。
女の話が、多かった。“僕は、女を知らぬ”と言っていたのは、当たっているだろう。世間知らず、だ。否、かと言って、私も、そんな義理にはない。もっと、もっと、“女”を知っている輩は、この世に、ごまんといる。ここで、こんな話をしている自体、恥の一つに変りはない。何か、違う話をしたかった。
「決心。」~10代から20代に書いた詩 天川裕司 @tenkawayuji
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