「。」~10代から20代に書いた詩
天川裕司
「。」~10代から20代に書いた詩
「後悔。」
少し暑い夜、お月さまはいない。夜の布団はすごく堅い。やわらかさのない私の神経は早くも明日を考える。どんな流れに身をまかせてゆくか。うらみごとなしのこの人生、でっち上げでも50歩100歩さ。“あの世界の常識は…?”は夜通し問われる前に眠ってしまいたい。でも少し歯が痛くて、頭も痛い。苦痛を忘れていた私は、今になって後悔を見つける。生き続けることを、私は何も語れない。この世の中で神様が与えた仕事とは…。皆、そんなことを気にもとめないで笑い呆けてるじゃないか。私はそれでも自分を失っちゃいけないのか。わからない、といえば、明日が怖い。クリスチャンの中でも馬鹿な輩にはわからない。ひとつ、牧師でも同じこと。皆人間にはかわりなし、そう言ったのは真っ昼間の私。どこか人間の汚れの消えた土地で、生きてみたいなんて思ったのは、私の失敗か。あとから思いかえして素直に考えてみれば、すべてに負けていた。真実がどこにあるのかわからなくなった。それにしても左の奥歯がガンガン痛い。ひっこぬきたいほど無性に腹も立つ。いつの私になれば、永遠に続く幸せが手に入るのか。…でもやっぱり、結局のところ明日を生きなきゃならない。私がごまかしてきたすべての種だ。
「こころ。」
出おくれた、と心の中で呟き、この街の人間を少し見上げる。人並み、それがどんなものかわからないまま、生きてきた今日まで。ああ、少し頭が痛いみたいだ。どうしようもないことが、この街で流行っている。行きつくとこまで行きついた流行は、同じ歯車でまわり続けている。結局は2つ、金、男と女だ。寂しい日々がふり続いたこの街、私は生きることを放棄したい。誰の顔も、声も、笑い声も、人間を、見たくも聞きたくもない。夜眠る私は、たったひとり、孤独を食ってやろうと思い、食われてしまったこの私は、夢を捜し、見続けようとした。何が幸せなのか、まったくわからないお金だらけのこの時代で。
「哲学者。」
ひとりで哲学者と善人を真似て、苦しい。早く楽になりたい。す早く行動したくても、
根っからの癖でできない、そんな自分がくやしすぎるくらい、憎らしい。
「鼻。」
鼻の奥、少し左から奥歯にかけて痛く、おかげで頭の中はボーッと白くなり、鼻は
つまり始める。毎日の自分閉鎖な生き方が、ますます私をつまらせる。ああ息苦し
い、息ができないよ、こんな姿、親に見られるのだけは嫌だ。でも明日は忙しい。
根っからの面倒症が表に出て、また何時間も眠り出す。早く眠りたい、なんて普通
の奴らしく生きてゆこうとするが、まわりがなかなかに……。結局私はどうなって
しまうのだろう、そんな思いでカラまわりの毎日が閉じていく。
「声。」
自分の声をテープに録音して、聞く。気に入らないならまた次の唄声を
聞いて、気に入ったなら、何度でも聞く。日頃の私には言葉を選ぶほど
は余裕がなく、にわかに笑う私を3人称で見る。荷ほどきできないよう
な心を、丸くまるめて人と話してる。思ってもみない言葉が私の口から
出てゆく。いつになくぎこちない口調は、太宰似のおどけ口調で、人を
笑わせることに尽くし、いつも、疲れる。
音もたてないで過ぎてゆく一日は、私も含めて古くなってゆく。いつか
ふり返るあの思い出が、もう忘れそうになる頃に。
「自由。」
束の間自由だ、と思った僕にすぐに不自由さは訪れて、
どうしようもない孤独におとされた。まただ。前の僕
に逆もどりか、情けを嫌う。ただ幼稚な輩にとじこも
って、寒さに耐える。まだ、悲しみの半分も知らない
僕は、自分勝手にも親から離れようとする。戻ってゆ
く街がどこにあるのかは知らない。ただ寂しさに震え
るくらいなら、と、幸せになろうとする僕は、そこが
異国であることを願う。
「出会った人。」
どこかで出会ったあの人に、もう一度会いたい。
いつまでも明日が見えてた僕に戻ってみたい。
「果実。」
あたたかみをおびた果実は、ひろく凍りついた心の中にひとつおちる。
水ではない氷が、ほど冷たく、空しさを装う。思い煩いの僕は、何も
読まないまま、どこかに転がってゆく。“怖い、怖い”って嘆く人が、
僕の中にいる。いつからいるのかは知らない。僕は両親の幸せを本当の
倖せだ、と思い、そのプライドを大切にした。誰かに寄りそうことは、
傷つくことだ、と僕は言う。真実を手にするのが怖い、と思った僕は、
いつのまにか本当の臆病者になってしまった。
「。」
何にも、なれない。何かになりたいのに。
「美少女。」
目の見えない人の前に、一人の女の子が立っていた。その子は、その人の似顔絵を一枚、一生懸命になってかいている。そして、出来上ったその絵を、その目の見えない人に見せて、呟いた。“似ている?”すると老人は呟くように答えた。“似ている”。その目の見えない人は、永く生きていた。でも、その女の子を見たのは始めてだという。
煙草の吸えない人の前に、その子が又立っていた。煙草の吸えない人は、日頃のストレスからか、相当り、苛立っていて、指をひざの上でトントン×2とたたいていた。いつの間にか、その子は赤い夕日のみえる、大自然をつくってその人の前に、現していた。そして出来上った大自然を見て、“楽しい?”と、女の子は、イライラしている人に訊いた。さっきまでイライラしていた人が、急に、指を止め、きょとんとした顔で、“とても楽しい”と、素直に返答した。その人の目からは、涙が出ていた。
自殺しようとしていた人の前に、やっぱり、その子が立っていた。毎日の労力に疲れ果て、湯飲み茶碗の水面に映る自分の顔を見ると、やりきれはしないと……。その人には妻が在った。子供が2人、在った。でも、その人は、やっぱり、一人だった。秋の空を、悠々と飛んでいるカラスの群れを見ては、一つ、くしゃみをした。風邪かな、思ってもみた。いよいよ、首の根になわをかけて、いざしめる頃になると、又、あの子が現れた。その子の姿は、その自殺しようとしている人の目からは、はっきりと見えた。さるすべりの木はすべるから駄目とか、冗談言って、一番堅い、ひのきの枝を選んだ。みるみる、なわは首にからみつき、しめつけ、その人の意識を、全て奪って行った。あの子は現れなかったのだろうか。いや、そんな事はない。きちんと、遠くから、その光景を見ている少年が在った。その少年の瞳には、涙が溢れていた。その子は、その人の子だった。だだっ子のように、地にひれ伏し、かと思えば、又、大声を上げて泣き続けた。そうしてる内に、雨が降ってきた。雲は灰色だった。やがて日が暮れて、暗くなって、その少年の瞳からは、その父親が自殺をした木でさえも背景が邪魔をして見えなくなり、結局、帰って行った。それでも、その暗がりの中に一つ点と明りが灯り、“それでも、私はここにいますよ”という女の人の声がした。それは、誰にも、聞かれることはない。自殺してしまった、その父親だけが、それを聞いている。その父親は、墓の中で煙草を吸いながら、煙草の煙が天井に線を描いて上ってゆくのを見つめながら、ゆっくり、腰を下ろし、横になった。その墓標の前では、今でもしっかり、その少女が立って、守っている。
「。」~10代から20代に書いた詩 天川裕司 @tenkawayuji
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