第23話 奇跡のメインディッシュ
探偵と別れた
圭一郎の落ち込みようは電話からでも伝わったのだろう、秘書がなんと言ったかは知らないが運転手の
「旦那様、自信を持って強く生きるんですよ」
涙ぐみながらそんなことを言われて、一体何を吹き込まれたのか気になったけれども、圭一郎は余計なお喋りはしたくなかった。車内は終始無言のままで屋敷に到着した。
「坊っちゃま、食堂にお越しください」
玄関に入るなり、執事の
「いや……悪いけど食欲が……」
「食堂にお越しください!」
「その前に着替えを……」
「いいえ、お食事が先です!」
いつにない強引さに、拒否する気力もない圭一郎は言われるままに食堂に向かった。
まだ夕食には早い時間だったけれど、食卓がすっかり整えられていた。
圭一郎が座ると給仕の
コック長の
「うん?」
圭一郎は少しの違和感に首を捻る。ハンバーグは圭一郎の好物だ、長田の作ったものなら尚更。何度も食べたので彼の作るハンバーグがどんなものかは知り尽くしている。
だが、今、目の前にあるハンバーグは何かが違った。ソースなどは同じように見えるが、形が少しいびつで端が少し焦げている。
なんだろう。指摘してもいいのだろうか。
それとも長田は熱でもあるのか。
圭一郎が戸惑っていると、富澤が耳打ちする。
それを聞いて圭一郎は椅子から落ちそうなくらい驚いた。
「
「左様でございます」
富澤は澄ましているが、圭一郎は途端に挙動不審になって周りを見回した。
すると厨房の奥、桃がこっそり顔半分だけ出してこちらを窺っているのが見えた。
「……!」
圭一郎の視線を感じて、サッと身を隠した様のなんと可愛いことよ。
桃ぉ……
もしもこの部屋に富澤もコック長や給仕もいなかったら、圭一郎はどうなっていたかわからない。
「さ、坊っちゃま。冷めないうちにお召し上がりください」
「あ、ああ……そうだな!」
圭一郎は箸でハンバーグを切って口に運んだ。
うん、肉が固い。おいしい!
もう一口、食べた。
うん、玉ねぎがシャキシャキする。おいしい!
どこを食べても幸せの味だ。圭一郎は涙を堪えながらあっという間に食べ終える。
「もうないのか?」
するとコック長は困ったような顔で答えた。
「あ、もう材料がございませんので……」
なるほど。数十個作ったうちの、これが奇跡の一個と言うわけだ。
「残念だ。とても美味しかった。いくらでも食べられそうだったのに」
「何よりでございます」
長田は一礼した後皿を下げていった。圭一郎はその背中が向かう先に注目する。
桃はまだ厨房にいるのかな?懸命に首を伸ばして見たけれど、その姿は確認出来なかった。
「坊っちゃま、お部屋にお戻りください」
富澤がゆったりした声で言う。それで圭一郎には全ての察しがついた。
桃は部屋で待っていると言うことだろう。
「わかった。ご馳走様」
そうして圭一郎はスキップ踏んで自室へと戻る。途中の廊下で遭遇した使用人達の奇異な視線をものともせずに。
「もーもぉ!」
圭一郎が喜び勇んでドアを開けると、桃は少し澄ました顔で一礼した。
「お、お帰りなさいませ」
あぶねえ。喜びのあまり距離感がおかしくなる所だった。
圭一郎は急遽ブレーキを踏んで、形だけでも落ち着いて見せた。
「う、うん、ただいま……」
ハンバーグの件はどう伝えたらいいのだろう。圭一郎は躊躇ってしまった。
桃も「私が作ったんです」とか言わないし。さりげなく言った方がいいのだろうか。
「お、お食事は……されたんですか」
見てたくせに!白々しいな、この子は!
そうか、照れくさいのか。ならさりげなく言う作戦だな、と圭一郎は桃のその一言で全てを悟る。
「うん。食堂で食べてきた。今日は大好物のハンバーグだったんだが残念なことにお代わりできなくてな」
「あ、あう……」
桃は視線をキョロキョロさせていた。なんて可愛い反応。お前がさりげなさを望んだんだぞ。
「是非また食べたいものだ。あんな美味しいハンバーグは初めて食べた」
「そ、それは……ようございました」
桃はこちらに顔を見せずに背広を整えていた。だが耳が真っ赤になっているのが圭一郎にはよく分かった。
今日は最高の日だ。
いや待て。最高の日になるかはこれから次第だ。
「桃」
圭一郎は意を決して桃の背中に語りかけた。
「今日のお使いは、つつがなく済んだか?」
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