番外編 彼女の目に映るもの



 石ころ、石ころ、石ころ……。

 あれは磨けば光りそうだけどせいぜいアメジストってところ。

 石ころ、メノウ、石ころ、石ころ、あれは安いスピネル、それからクォーツ。

 いくら東京といえど、さすがに街中の雑踏ではそう簡単にダイヤモンドは見つからない。


 もうすぐ信号が変わる。

 綾瀬しょう子は電子タバコの煙を吐くと、ルームミラーに映る後部座席のを一瞥した。


(あなたはなんなの? 石ころ? ダイヤモンド? ……なんにせよ、私の目に顔が見えるなんて、珍しい)


 それは隣の席で寝息を立てる彼女の影響なのか、それとも彼自身の性質によるものなのか。

 わからない――綾瀬はかぶりを振って、羽田空港へ向かうアクセルを強く踏み締めた。


 よく勘違いされることだが、綾瀬は男が好きではない。むしろ嫌いで、憎んでいる。

 思春期の頃、彼女は見知らぬ男に大切なものを奪われた。

 それ以来、男の顔が見えなくなってしまった。

 担任の先生、当時付き合っていた彼氏、親しかった人たちも男であるというだけで顔がぼんやりしていてよく見えないのだ。

 世界の半分が見えなくなって引きこもりがちの生活を送るようになった綾瀬。そんな彼女に新しい生き方を教えてくれたのは、女手一つで育て上げてくれた母親だった。


「諦めるな、しょう子。奪われたんなら奪い返してやれ。あたしだってねえ、浮気して出てったダンナからこれでもかってくらいむしり取ってやったよ。金も、髪の毛もね!」


 相変わらず、彼女の目に男の顔は映らなかった。

 けれど、次第に区別はつくようになった。

 石か、宝石か。

 彼女の眼は男たちを価値で見分けるようになっていったのだ。


 それからというもの、彼女はまだ「パパ活」という言葉が世に浸透する前から男とデートしては小遣いを得るという生活を始めた。彼女が重視したのはその場でもらえる額よりも、その男が持つ人脈だ。たとえ払いが悪くても、豊かな鉱脈に繋がる男であればこまめに連絡を取る。逆にどれだけ羽振りが良くても、ネットワークが広がらない男とは一回限りしか会わない。彼女が求めていたのは目先の金ではなく男たちへの復讐であり、より多く、より広く搾取できる構造を作ることが目的だったからだ。


 そのためにはいくらでも努力をした。

 整形もしたし、ありとあらゆる美容を取り入れ、常に美しくあれるようにした。都知事選では四十五歳という実年齢を公表せざるを得なかったが、それまでずっと二十代、多めに見積もっても三十代前半に見られてきたのは彼女の自負するところである。

 また、あえて頭の悪い女に見えるような話し方をしているが、実は相手と会話レベルを合わせられるよう経済新聞の情報を毎日チェックしているし、それなりに教養もある。


 やがて彼女は望んでいたものを手に入れた。

 富裕層の男たち、いわゆるダイヤモンドとの繋がり。

 男から金をせびりたい女たちとの繋がり。

 若いうちは自ら男と会い、デートして酒を飲み、夜遅くまで身を削って稼いでいた金が、今やこの両者をマッチングするだけで紹介料として入ってくる。

 けれど、彼女の心は満たされなかった。

 何かが欠けているようでならなかった。

 その正体に気づいたのは、二年前――当時付き合っていた同性のパートナーに別れを切り出された時である。


「ごめん、しょう子。私、どうしても血のつながった子どもが欲しい……」


 価値観の違いだった。

 綾瀬はこれまで子どもを持ちたいと思ったことはなかったし、思春期に子宮を失ってからはその可能性を考えたこともなかったのだ。

 だからパートナーがそうではないことに気づいてあげられなかった。

 気づいた時にはもう遅く、二人の間にはすでに深い溝ができていた。


 綾瀬が政治に関心を持ち始めたのはその頃からだ。

 よくよく調べれば同性婚や同性カップルが子どもを持つことに関する法律は日本ではほとんど整っておらず、パートナーが言っていたような血縁の子どもを持つには、場合によっては海外に渡る必要があるらしい。

 なるほど政治は、奪うことも、与えることもできる。

 男から搾取すること、同じ境遇で苦しむ女性に救いを与えること、二つを両立することができる。


 彼女がその気になれば、政治の世界に足を踏み入れるのは簡単だった。

 政治家たちやその周囲の人間とはこれまで何人も会ってきたから、コネクションもあるし彼らの立ち振る舞いもなんとなく把握している。すでにインフルエンサーとして多数のフォロワーを抱えていたので、支援者を獲得するのもさほど苦労しなかった。


 ただ一つ誤算だったのは、二十人を超える他の候補者が一同会した合同ネット討論会である。

 石ころ、石ころ、石ころ……顔の見えない人物たちが多数同じ部屋に集まり、ぎゅうぎゅう詰めに円を成して座る。それも全員平等の安いパイプ椅子で。

 息苦しくて、思わず席の交換を申し出る羽目になった。

 やっぱり参加しなきゃ良かったと後悔がよぎるも、他の男を言い負かす姿を見せて欲しいと支援者たちにせがまれたことを思い出し、なんとか表情を取り繕った。

 そんな中、綾瀬は彼女と出会った。

 豊島直央――不思議な魅力を持つ、彼女に。


「気の合わない人同士がケンカをしてしまうのは仕方ないことかもしれません。けれど、今のあなたたちの後ろには100人以上の人たちがついていることを忘れないでください」


 直央はそう言って、鮫洲に詰め寄られた時に助け舟を出してくれた。

 けれど、人を見る目に長けている綾瀬は知っている。

 たぶん彼女は……初めは助けに入る気などなかった。


「あなた、中野って言ったっけ?」

「へ?」


 羽田空港に到着する直前、綾瀬は初めて彼を名前で呼んだ。


「ネット討論会の時に直央ちゃんを焚き付けたの、あなただよね」

「え、焚き付けた? なんでしたっけ……」


 突然話を振ったせいか、なんのことかよく分かっていない様子である。仕方なく綾瀬が補足すると、ようやく合点がいったらしい。


「豊島さんが助けに入ったのは、彼女自身の行動ですよ。俺は別に何も」

「でも、最初はその気なんてなかったと思うよ。この子、平等を重んじていたでしょう。本当は悪目立ちしたくなかったんじゃない」

「それは……まあ、確かに」

「あなたが何か合図出したんじゃないの?」

「合図……あっ」


 思い当たる節があったようだ。


「あの時、豊島さんと一瞬目が合って……俺、思わず『止めて』って口パクで伝えたんです。推測なんで間違ってたら申し訳ないですけど……綾瀬さんって、男性恐怖症ですよね?」


 綾瀬はくくっと笑った。


「えっ、やっぱ間違ってました?」

「ううん。合ってるよ」


 ただ驚いたのは、女性経験が無さそうな彼がそれを見抜いたことである。


「昔、推してたアイドルグループの中に同じく男性恐怖症の子がいたんですよ。その時の反応にちょっと似てるなって思って。なんか、余計なことしたんだったらすみません」

「いや、別に。おかげで直央ちゃんを知るきっかけになったしね」


 タバコを口に咥え、それからは無言で車を走らせた。

 直央もそうだが、その応援をする男も変わっている。自分たちの利害を無視して思い立ったままに行動するなんて。これまで綾瀬の周りにはいなかったタイプの人間だ。

 都知事選に出ることがなければ関わることはなかっただろう。こうして、触発されて自分らしくない行動をすることも。


 空港に着く。

 まだ寝ぼけている直央を支えながらターミナルに向かう中野。

 二人の背中を見送る綾瀬は、人知れずぼそりと呟いた。


「宝石よりも、眩しいね」




〈番外編 彼女の目に映るもの・了〉



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