第22章 〜Assalto〜

084 『弱小領主のダメ息子、王宮に突撃する(1)』

 『ロムルスの七丘しちきゅう』を後にしたベルとアリーヤはついに首都・ロムルスへ到着した。

 

 正門では街に入ろうとする観光客や商隊が長蛇の列を作っていたが、首都の門番は厳密にチェックしているようで、列は遅々として縮まらない。

 

 長いこと待ってようやくベルとアリーヤの番になったが、ベルが通行証と併せて身分証を見せるとスムーズに通してくれた。

 

 順番待ちから解放されたアリーヤは踊るようなステップでロムルスの街に足を踏み入れた。

 

「————さっすが、領主サマ! アンタのおかげですんなり通れたわね!」

「そういえば、キミは今までどうやって色んな街に入っていたんだ? 身分証がないと色々支障があっただろう?」

「まあ……、商隊の荷物にひそんだり、夜間にコッソリ忍び込んだり?」

「……これからはもうやるなよ……?」

「はいはーい♪」

 

 アリーヤはクルッと回転しながら軽く手を振って見せた。

 

 

         ◇

 

 

 宿にビアンコを預けた二人は手頃なリストランテで遅めの昼食を取り終えた。

 

 食後のカプチーノを片手にアリーヤがベルに問いかける。

 

「————それで、無事にロムルスに入れたのはいいけど、これからどうすんのよ?」

「王宮に行く」

 

 迷いなく即答したベルにアリーヤは美しい眉を歪ませる。

 

「……だと思ったけど、行ってどうするの? 王様の前で『私の愛するヤンアルを知りませんか?』とでも言うつもり?」

「おいおい、弱小領主の息子の俺が国王に謁見できるわけがないだろう」

「冗談に決まってるでしょ。バッカみたい」

 

 アリーヤの皮肉にも構わず、ベルは続ける。

 

「……まずは門番に尋ねて反応を見てみる。『ロンディーネという女性を知らないか?』とね」

「反応ねえ……」

「母上の情報にあった王宮の紋章を見せた馬車と、ロンディーネとロンジュが着用していた紫色の制服の胸元にもそれらしきものがあったし、確率は高いと思うんだ」

 

 ベルの推察にアリーヤはパンっと手を叩いた。

 

「————スゴいじゃない! そこまで分かればもうヤンアルさんまでたどり着いたも同然ね!」

「茶化すなよ……」

「別に茶化してなんてないわよ。ホラ、そうと決まったら早く行きましょ!」

「お、おい……だから引っ張るなって! まだカプチーノが……」

 

 

       ◇ ◇

 

 

「————お約束アポイントメントが無い方はいかなる理由でもお通し出来ません」

「え……?」

 

 王宮の門番は眼を合わせることなく言い放った。呆気に取られるベルに変わってアリーヤがズイッと前に出た。

 

「ちょっと! 話くらいは聞いてくれてもいいじゃない! この人、これでも一応トリアーナ県の領主の息子なのよ⁉︎」

 

 しかし、門番の男は先ほどの言葉を機械的に繰り返すのみである。

 

お約束アポイントメントが無い方はいかなる理由でもお通し出来ません。お帰りください」

 

 いや、違った。ご丁寧に『さっさと帰れ』という言葉が添えられていた。

 

「むうう! 何よ、その機械みたいな返事は! とりあえずコッチを見なさいよ!」

「これ以上騒がれるようでしたら、いくらご婦人といえど少々手荒い対応をさせていただくことになりますよ……?」

「『腕ずくで追い払う』って言ったらいいじゃない! そんなことしたら憲兵に訴えてやるけどね!」

「落ち着け、アリーヤ!」

 

 ヒートアップするアリーヤをベルが強引に引き剥がした。

 

「ちょっ、ベル! 何すんのよ!」

「これ以上は俺たちが憲兵に突き出されてしまうぞ! いいから少し離れよう!」

 

 ベルは興奮するアリーヤをなんとか門から離れた場所へ誘導する。アリーヤは少し落ち着きを取り戻したように口を開く。

 

「……それじゃあ、どうするのよ? 夜中に忍び込む?」

「それは犯罪だ。さっきキミに注意した分際で、その手段は取れない」

「マジメか。じゃあ、諦める?」

 

 アリーヤの提案にベルは首を横に振った。

 

「正門とは別に通用口があるはずだ。そっちに行ってみよう。そっちなら警備も緩いかも知れない」

「……そういうの、なんて言うか知ってる? 希望的観測って言うのよ」

「分かってるよ。ダメだったら、ヤンアルが出てくるか戻って来るのを張り込んで待つしかないな」

「うええ……、まるでストーカーね」

「……キミに言われたくないな」

「…………」

 

 ベルに痛いところを突かれたアリーヤは顔を逸らせて黙り込んだ。

 

 

 

 ————正門を離れたベルとアリーヤは塀伝いに通用口へと歩を進めた。そこには正門のものと比べると小さな詰所があるのみである。

 

「アレだな。やっぱり正門と比べると警備も緩そうだ。今度は俺が言ってみよう」

「そう上手く行くといいけどね……」

 

 呆れ顔で腕を広げるアリーヤを尻目にベルはたたずまいを正して詰所の前に進み出た。

 

「————お仕事中に失礼。私はトリアーナ県の領主の息子・ベルティカ=ディ=ガレリオという者ですが、少々お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「は? はあ……」

 

 急に身分証を提示された通用口の門番は、身分証とベルの顔を交互に見て曖昧な返事をした。この男は顔つきと態度から、正門の門番とは仕事に懸ける意気込みが違うようでベルは内心でニンマリした。

 

「実は人を捜しておりまして、こちらに仮面を着けたロンディーネという女性は出入りしていないでしょうか?」

「ロンディーネ? ああ、あの————」

「————いるんですね⁉︎ ロン————ヤンアルを呼び出してくれ!」

「ヤ、ヤンアル⁉︎ な、何を言って……」

 

 急に態度を変えたベルに男が困惑していると、敷地の中から女が声をかけてきた。

 

「いったい何を騒いでいるの?」

「あっ、マルティーナさん! こちらのガレリオ卿と名乗られる方が突然————」

「————『ガレリオ』?」

 

 騒ぎを聞きつけて駆けつけたティーナは眼鏡をクイッとして、ベルの姿をレンズ内に収めた。

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