008 『弱小領主のダメ息子、事情聴取を受ける(3)』
事情聴取の場に新たな参考人が現れ聴取が再開されると思われたが、皆一様に眼を丸くするばかりで声も出せないでいた。
しかし、当のヤンアルはそんな凍りついた場の空気に構わず、運ばれてきた紅茶のカップを興味深そうに眺めている。不思議に思ったベルが問い掛ける。
「どうしたんだい、ヤンアル?」
「ベル……、この
「え? ただのお茶だよ?」
「……私が知っている茶より発酵が強いな……」
「そうかな? 普通だと思うが……」
ベルは紅茶の香りを嗅いでみたが、やはりいつもと変わらないように思えた。その間にもヤンアルはカップの
「……やはり、そうだ。発酵がだいぶ進んでいるな」
「味はどうかな? 我が家は贅沢は出来ないが、紅茶だけは良い物を取り寄せているんだ」
「うん。少し甘味があって私の知らない味だけど、美味い……」
「そうか、それは良かった」
たっぷりと休息を取ったからなのか、昨夜まではたどたどしかったヤンアルの口調は滑らかになっていた。今なら問題は無いと思ったベルが口を開く。
「ヤンアル、少し質問させてもらってもいいかい?」
「ああ、構わない」
「————単刀直入に訊くけど、
ヤンアルの返事を聞いたベルは、この場の誰もが聞きたかった質問を口にした。
「…………私は……、『ヤンアル』と呼ばれていた……」
「女性に訊くのは失礼に当たるかもしれないが年齢は?」
「年齢……、歳は分からない…………」
「では出身地は?」
ベルの質問を受けたヤンアルは頭を抱えて、振り絞るように言葉を続ける。
「……分からない。自分がどこで産まれたのか…………」
「……それならあの不思議な術はどこで覚えたんだい? それに君が現れた時のあの赤い光はいったい……?」
「…………分からない……。何も、思い出せない……‼︎」
ヤンアルは呼吸を大きく乱してテーブルに突っ伏してしまった。心配したベルが血相を変えて駆け寄る。
「ヤンアル! 大丈夫か⁉︎」
「…………うん。だけど思い出そうとすると、頭が割れるように痛む……」
「悪かったよ。もう無理に思い出さなくていい。さあ、ゆっくりお茶を飲んで、深呼吸をするんだ」
ベルに促されヤンアルは再び紅茶を口に運ぶ。
「————だそうです、皆様。ヤンアルの
ベルが事情聴取の中止を切り出した時、広間に『グゥー』という可愛らしい擬音が響いた。誰もが耳にしたことのある空腹のサインである。
ベルが音の出どころに顔を向けると、褐色の頬を若干赤らめているヤンアルの姿があった。
「す、すまない。ベル……」
珍しく気恥ずかしそうにしているヤンアルに眼を細めた後、ベルが振り返った。
「————父上」
「な、なんだ……? ベルティカ」
このなんと形容すべきか分からない雰囲気の中、突然息子に話しかけられたバリアントが口ごもりながら返事をすると、
「彼女に昼食を食べさせてあげたいんですが構いませんね‼︎」
ベルの大声がガレリオ家の広間に響き渡った。
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