とよしま

ももんがですが

とよしま

「生きてればいいんでしょ 」。

 

豊島はブスっと頬を膨らませたまま席に着いた。


その通り魔のような耳打ちに僕の眠気は刺されてしまい消えていった。


なぜ親しくない、もっと言えば冷たいくらいの僕にそう耳打ちした意図が分からなくて、隣の豊島を横目に僕はそれを考え始めた。


豊島は机に突っ伏して寝てるフリ?をしている。教室にいる授業以外の時間、彼女はいつもこんな感じで1人だった。


ただ豊島は別に1人になることを望んでいる訳でもない。例えば移動教室で隣が女子になるとよく喋るのを見る。その様子から豊島は男子が嫌いなのだと僕は思っていた。


そう、そんな風には思っていた矢先に豊島は僕に耳打ちをした。ただ意図を汲み取ろうにも僕は豊島を知らなさすぎる。


そこで僕は豊島に話しかける事にした。人見知りの僕が女子に話しかけるのはそれなりの勇気が必要だった。まず豊島を正面にキチンと体を向き直し、一呼吸置いたあと僕は口火を切った。



「ぁの、豊島さん、今のどういう意味?」


喋りだしが裏声になってしまった。


「別に、なんでもないよ。」


豊島は突っ伏したまま首をこちらに返して、ロングの髪に埋もれた目が僕の目と合った。


 「じゃあ僕の聞き間違いかな?」


 「そうじゃない?」

 

豊島は僕を見るのをやめて、反対の窓際に首を返した。


 「そっか...」


そっぽを向いてしまった豊島に話しかけるほどの勇気は僕にはなかった。そして、これが最初で最後の豊島とのマトモな会話になってしまった。


その日以降、豊島は学校を休みがちになった。 僕はなるべく豊島との仲を深めようと積極的に話したり挨拶をするようにしてみたりした。 だけども豊島はだんだんと壊れていった。


最初の異変の気付いたのは気温が30度を超える蒸し暑い日だった。2週間ぶりに登校してきた豊島はブレザーにタイツ姿で汗はひとつも浮かんでいない。


「豊島さん、おはよー」

 

元々、友達はいない豊島だが、挨拶を交わすくらいの仲はいた、だけどその日以降、不登校気味とその季節外れの格好、無視上等な態度から、話しかけるのも挨拶をするのも今はもう僕だけになってしまった。


「...」


豊島は座ると同じくして顔を腕に埋めた。


もう豊島は授業中でも関係なく学校にいる時間全てを睡眠に費やすようになってしまい、最初は注意していた先生達もいつからか諦めてしまっていて、そんな豊島を移動教室の時に起こすのも僕の役割になっていた。


その日は昼休み後に生物室へ移動だった。「起きて、次移動だよー」豊島の肩をゆすった。すると勢いよく立ち上がって廊下に出た豊島は、「ばいばい」、そう言い残して階段に消えた。豊島の声を聞いたのは久々だった。


それからも豊島は気まぐれに登下校した。

豊島を気遣えば気遣うほど僕は友達に見放されていった。僕の陰口がクラス中に出回っているらしかった。


一学期の終業式、豊島は案の定学校に来なかった。担任はホームルームの最後にこう付け加えた。


「最後に残念なお知らせですが、豊島さんは自主退学となってしまいます。彼女の親御さんとしっかりと話し合った上で決まりました。これからは社会人として頑張ると豊島さんは言っています。みなさんも〜」


それはクラスメイト全員が分かるはずの嘘だった。でも僕は少しも憤りとかそんなものは感じない、むしろ安心していた。あの時の一言は「助けて」の合図だと僕は思った。だから豊島に声をかけ、1人にならないようにした。 僕なりに助けようとしたつもりだった。豊島も嫌だったらいつでも僕なんか拒絶できたはずだ。僕が弱いことくらいは知っているだろう。


豊島を忘れることに僕はした。冷静に考えると僕らは友達でもない、友達未満知り合い位の仲だった。


夏休みの間、僕は起きてから寝るまで全ての時間を勉強に入り浸って1週間も経てば不意に豊島を思い出すことはなくなっていた。



でも、それは夏休みの最終日に起こってしまった。その日、僕はいつも通り図書館から塾に行こうととぼとぼ夕暮れを歩いていた。 すると、蝉の合唱の中にかき消されそうな悲鳴が聞こえた。「誰か!救急車よんで!誰か!」。勉強に疲れていた僕は何かと理由をつけて休みたくて、気付けば、声のする方に走った。


その声は近くある公園から聞こえていた。蝉達の声に惑わされながらも僕は声の出処を見つけ出した。そこは公園内にある公衆トイレだった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

久々に出した大声は蝉を容易くかき消してしまった。


「ちょっと 、きゅ、救急車」

 

その女子トイレの前にはスーツを着たOLらしき人が泣きじゃくって、しゃがみ込んでいる。


「大丈夫ですか?」


「私こ、腰が抜けちゃって」


「えっと、じゃあ救急車呼んでくれませんか? 僕が蘇生しますから。」


そう言って僕は119にかけた携帯をその人に渡した。


「失礼しますね。」

 

入り組んだ衝立てを回ると洗面台が出迎えて奥に戸が並んでいる。


「どこにいるんですか?」

外に呼び掛けた。


「し、下です。洗面台の。」


「うわっ!」

 

確かに下には丸まったジャージ姿の華奢な背中があり、その袖には少し血も見えた。


「この人、寝てるだけじゃないですかね?」


「そうかな?血が見えたから...」


私は肩を揺すって

「大丈夫ですか?」

声をかけた。


「うーん、うるさい。」

その人は肩で僕の手を払った。


「やっぱり寝てるだけじゃないですか?」


「えー、救急車呼んじゃったよ。」


「でも良かったすね大事じゃなくて」


「私血恐怖症だからついつい...」

 

OLの人も安心したようで同じく声をあげて笑いあった。


「え?救急車が来るんですか?」


気づけばその人は上体を起こしていた。


「あの女性の方の勘違いで呼んじゃって

って、え?豊島さん?」


顔をあげると、あの豊島がいた。


「おい、豊島待てよ。」


救急車が来ると分かると豊島はいつの間にか、トイレから逃げていた。だが運動不足の豊島が逃げれるわけはなく、直ぐに僕が捕まえてしまった。


「お願いだから行かせてよ」



「いっってぇ」


僕は痛みを感じ腕を離した。見れば前腕から血が流れ出していて、そこにはどこからかカッターを構えた豊島がいた。


「ごめんね××私責任取る」


カッターが首元に向いた。


「おい、バカ、やめろ」


僕は豊島の腕を抑えようとしたけどもカッターは首をかすって血が溢れ出て来ていた。力なく倒れ込む豊島を僕は支え、カッターを取り上げた。


「なんで...」


「私ODやリスカしてたのが先生にバレて「生きていればいいことがある」ってが励ましてくれたの、それを信じて生きようって思ったんだ。でもODは止められない。救いだもん。キメて罪悪感を感じなければ罪じゃない。 それをループしてるの。」


「苦しくないの?」


「苦しくないよ。そんなのODすれば忘れちゃうよ。」


彼女の青のジャージは真っ赤に染っていた。


「正直、豊島の相手をしている時、僕は一緒に心中することを妄想した事があった。」


「それも悪くないかもね。」


「豊島が死んだら僕のあとを追うよ。」


「私死なないよ。絶対。」


「.....。なんで僕を選んだの?」


「選んでない。私、次の学年で隣になった人と仲良くなろうって決めてたの。私男子苦手だったから時間かかちゃった。でも隣がXXで良かった気がする。だって私たち似たもん同士じゃん。」


「そっか。そうだね。」


僕はカッターを豊島の頸動脈にあて思いっきり引いた。すぐに僕もカッターを首にあて後を追った。


そして豊島のお腹に僕が突っ伏した時、

「重いよ」と豊島が初めて笑った。

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とよしま ももんがですが @momongadesuga

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