ビーチサンダルからこぼれる白い砂

@heavenly-twins

ビーチサンダルからこぼれる白い砂

 ざらざらとさざ波が防波堤のコンクリートを撫でる音が、海鳥の鳴き声に混じって聞こえてくる。夕差しに赤く染まった海辺の堤防を、大学生らしい若い男が二人、歩いている。前を歩く透は黒のTシャツに海の家の前掛けを腰に巻き、顔は日に焼けて赤くなっている。透が足を踏み出すたびに青いビーチサンダルから白い砂がさらさらとこぼれ落ちた。透のすぐ後ろを歩く悠一は無地の紺の水着に白のウィンドブレーカーを羽織っている。

 透が赤く染まった波を眺めながら呟く。

「彼女が……欲しい……」

「そんなためて言うことかよ」

 悠一が呆れた様子でツッコミを入れるが、透は独り言を続ける。

「黒髪ロングの、清楚で可憐な、かわいい彼女が……どうせならスタイルも抜群の……」

「図々しさがとどまるところを知らない」

「誰だよ、海の家なら逆ナン入れ食いだって言ったの?!」

「言う方も言う方、聞く方も聞く方だなぁ」

 透、肩を落としながら、ため息をつき「戻るかぁ」と小声で呟く。


 築数十年と思しき日本家屋の一軒家、襖を取り払った和室に大学生が数人、酒缶を囲み煙草を吸いながら話している。透は輪から少し離れた位置で缶ビールを飲んでいる。

「あっちぃなぁ……」

「住み込みはいいけど今どき冷房なしとかマジかよ。バイト中の熱中症って労災降りる?」

「わかんね」

「溺死は降りないよ」

「扇風機はある。ナショナルの」

「せめてパナソニックであってくれ!」

 透、調子を合わせて笑う。透のビール缶が空になっているのを見て、気を利かせた一人が透に近づき、二本目の缶を差し出す。

「あざっす」

「あれ、ここだけちょっと涼しくない?」

「そうですか? 隙間風でも入ってんのかな」

「俺の布団ここにしこう」

「あ、ずりぃ。てか、もう1時じゃん。明日もあるし寝るかぁ」

 部屋の隅に畳まれた布団を各々敷き始め、「各位、寝煙草だけは厳禁で。ぜってぇ火災保険入ってねぇから」の声とともに部屋の灯りが落ちた。



 透の日に焼けた額から滲んだ汗が、頬をなぞり顎を伝って、白い砂浜に落ちていく。かき氷屋台の陰、逆さにしたビールケースに座り込み、シロップなしの白いかき氷を食べながら、炎天下の浜辺を行き交う水着姿の女性たちを眺めている。

「あの、すみません……」

 透の背後からワンピースタイプの水着を着た黒髪の少女が、申し訳なさそうに声をかける。透は顔を輝かせて「はいはい、注文ですか?頼み事ですか?それとも逆ナンですか!?」と調子良く応じる。

「どれでもないです……その、ついてますよ……」

「何? ゴミ?」

「悠一くんです」

「は?」

 透、怪訝な顔で周囲を見渡し、少女に視線を戻す。

「この辺じゃ有名なんです。海の家の悠一くん」

「海の家の悠一くん……?」

「海の家でバイト中、南の堤防で足を滑らせて溺れて死んだんです。南の堤防に行くなってバイト前に言われませんでした?」

「言われなかった……いや、言われたかも……」

 昨晩、「あれ、ここだけちょっと涼しくない?」そう言われたことを思い出しながら、透は鳥肌の浮かんだ両腕をさする。少女、透を心配そうにのぞき込む。

「大丈夫ですか? 震えてますよ」

「ほら今、かき氷、食べてたから……」

「ぜんぶ溶けてるじゃん」

 溶けきったかき氷のカップを指差し、涙目でぎこちなく笑う透に、姿を現した悠一が楽しそうに話しかける。白い砂がこぼれることのない、赤いビーチサンダルを履いて。


〈了〉

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