第3話 鮪と青年
賢太郎が夕飯の片付けを終えて床に腰を下ろす。花鈴は自室に戻り、賢太郎と有田さんだけがリビングに残っていた。
『……その杖、どうしたんだ』
ふと思い出したのか、有田さんが尋ねた。
「ん? ああ。今日ちょっとさ」
改めて置きっぱなしにしていた杖を持ち上げる。馴染み方と言い、相当に質の良い杖であると賢太郎にも理解できた。
『似合わないな』
見た目が、特別。
「そら、俺は学生だし」
こういった杖が似合うのなど酸いも甘いも噛み分けた程に生きた人間くらいだろう。まだまだ、青い賢太郎には早すぎる。
「有田さん、使います?」
『私が? いやいや冗談だろ。鰭で杖は持てないぞ』
「腕生やせば良いじゃん」
そこまでして外を歩く理由はない、と有田さんが言う。
『新しい服を買った、とか。髪型を変えた、とか。杖が使いたいから、だとかで私は外に出る気はない』
「まあ、仕方ないよな」
鮪だし。
『……まあ、お前の考えてる事が確かに一番の理由だがな』
口にせずとも、有田さんは賢太郎の考えている事が分かった。
『私はこう見えても過去を引き摺るタイプでな』
「有田さんの過去ね。まさか人体実験でもされたから鮪の見た目になったとか?」
有田さんは首を横に振り、賢太郎の推理を否定する。
『いや、これは元々だ。どこの世界に人間を鮪にする奴がいる』
「いや、それ喋る鮪が居る時点で成り立たない気がするけど」
有田さんは賢太郎の反論は受け流す事にした。
『……私はこの姿で存外助かってる事もある』
実感があってか、彼はしみじみと言葉にする。
『何度か食われそうになる事もあったが、私が流暢に喋り出すとだな……』
「うん。それは流石に、うん。食欲が一番なくなるわ」
胸の前で腕を組み、賢太郎はウンウンと頷く。
『なあ、賢太郎』
鮪の顔色の変化は賢太郎には理解できない。それでも、声色には申し訳なさが滲み出ていたのは分かった。
「何だよ、有田さん」
『……迷惑をかけるかもしれん』
「今更だろ?」
キョトンとした顔をして賢太郎は例を挙げてく。
「ほら、今日だって金魚の餌は嫌だとか。部屋をどっかり陣取ったりだとか」
『……そうだな』
ブクブクと水槽の中に泡が立つ。
有田さんが笑ったからだ。賢太郎も彼に釣られて笑みを浮かべた。
『それにしても今日の夕飯は最高だった。金魚の餌じゃなかったからな』
何も言うまい。
「…………そうだな」
鮪と青年の話声、笑い声が部屋の中で響く。しばらく彼らの談笑は続き、そうして夜は更けていく。
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