モノトーーク!
きん斗
2つのぶつかり合い
聞こえる。
「ワイの方が!」
「いいや、俺だな!」
やかましい声に目を覚ますと、教室は電気もついていなくて、暗い。
昼はとても明るくて元気なイメージの小学校は、今はなんだか休憩しているようだと思いつつ、
朝7時。はっきりと分かった。
そして目の当たりにする。誰もいないはずの教室で怒鳴りあっている…2人…いや、2つ?
「お前も懲りんなぁ!イス!」
「お前もな!黒板!」
…私はなんとも不思議な光景を見ているようだ。
あまりに奇妙なせいなのか、いつも自然と通り過ぎる1秒1秒を鮮明に感じる。
「ワイの方が、1番苦労しとんや!」
「だから何度も言ってるだろ!この教室で1番大変な思いをしているモノ、即ち『苦労王』は、この俺だ!」
なるほど。状況が分かってきた。イスと黒板がなぜ喋れるのかは置いておいて、今、この無機物達は決しようとしているのだ。
万物の頂点を。
議題がくだらなくとも、この漢2つの目が、この勝負の真剣さを物語っていた。
「俺はなぁ!」
先に仕掛けたのはイスだ。4つある足を器用に使って黒板に駆け寄る。
「学校が始まってから終わるまでの長い時間、四六時中……座られっぱなしなんだ!いい加減重くて、辛いんだよ!」
1人の、いや、1つの戦士が溜めに溜めた鬱憤をぶつける。が、
「イスっちゅうんは座られるモノちゃうんか?苦労してるちゃうねん。それがお前らの義務やねん。」
黒板が無下な一声を放つ。
イスとは座るためのモノ。そこに誰も疑問を持つものなどいない。そのような一般意志に対し、負けじとイス本人がそのことに納得いっていないことを表明する。
「それだよ!それが嫌なんだ!イスは常に座られるもの?じゃあ俺がイスに生まれた時点で負け組だというのか!?」
「あーあ!生まれた時点で一生誰かの重みを背負いながら生きていくのかーーー、俺はなんて不幸な男なんだぁ。」
自分のこれから変わることもない運命に嘆きながら、じっと黒板に勝ちを確信したような目で黒板を見つめる。
もはやプライドもクソもないようだ。
全国に、いや全世界に勢力を凄まじい勢いで広げるイス。この事実のみで名誉を保っていられるのだから、自分を卑下しようと問題ないのだろうと私は冷静に分析していた。
これは早くも勝負が決したかと私も感じたが、黒板は特にうろたえているような様子もない。
言ってしまえば、なんだか余裕がありそうな表情をしている。
「惜しい、惜しいなぁ、イスよ。」
「…なんだと?」
黒板のあまりに余裕そうな表情にイスは少しばかり気圧される。
その状態のイスに次の瞬間、黒板が容赦ない追撃を喰らわせる。
「お前に今座ってる子、姫山ちゃんやろ?」
「!」
ミシッ
驚きでイスの体がピクッと反応すると同時に木の軋む音も重なる。
「姫山ちゃんはクラスのマドンナの小柄で可愛らしい女の子や。」
「…」
イスは黙りこくっている。
「それを座られっぱなしで辛いやと?………舐めとんちゃうぞぉ!このぉボケがぁぁぁあぁぁあ!!!」
怒りの咆哮がビリビリと鳴り響く。
あまりの気迫にイスは動けない。かくいう私も完全に喰らってしまい、空いた口が塞がらない。
「全イス代表みたいな空気醸し出して、上澄みだけの悩み吐き出して、自分は随分幸せなこっちゃな!姫山ちゃんはいい匂いするんか!?このヘタレが!」
「う…」
「きっと他の動けん喋れんイスも、お前のことはいい風に思っとらんぞぉ!イスは苦労してるんだ!皆んなに同情しとる癖に、自分はいい思いしとるんやもんな!?」
……イスは完全に意気消沈してしまったようだ。
「じゃあ、続けてワイの苦労も話させてもらおうか。」
黒板は止まらない。まるで年季が入って錆だらけのイスの足に塩水を浸すように。
「ワイの仕事っちゅーたら、チョークで文字書かれることやんか。」
「…あぁ。」
「………実はあれ、めちゃくちゃ痛いねん。」
「なに!?」
衝撃の事実だ。私とイスは思わず面食らってしまった。
「くだらない嘘を吐くな!」
イスがそういってチョークを手に持ち……手?持つ?まぁいい。それで黒板に文字を書き殴る。
「ッ!ぬぅ!くはっ!」
黒板は辛そうに声を漏らす。
…これは嘘ではない。真。少なくとも見てるものはそう分かった。
「…お前、これを毎日?」
イスが恐る恐るそう問うと、
「まぁな。それに、黒板消しってあるやろ。あれは文字を消すもんやけど、ワイからしちゃ傷を無理やり押し込んでるみたいで、全くいい気がせんねん。」
「休み時間に黒板でお絵描き大会なんか始まった時にはもうお終いや。休み返上で傷つけられては押し込まれのhell timeや。」
教室といえば、の黒板。一見華やかなポジション。だが、その時は私もイスも黒板のことを、毎日耐える以外選択肢がない、哀れなやられ役にしか見えなかった。
黒板は勝利の笑みを浮かべている。
情けなく見えるかもだが、この事実を知り、今日くらいはどんな形でも、勝利というものを、たまには味わってもいいのではないかと私はしみじみと感じていた。
「イスも苦労しとるのは分かる。だがな、お前はその苦労を知った気でいるだけ、全イスの代弁者には相応しくないんや。」
「くっ…」
「もっといい勝負できると信じてる。そん時まで腕磨いといてくれ。」
「あ、お前の場合は足か。プッ。」
ミシミシミシミシミシ
静かな教室。イスが激しく自分の身を怒りに乗せて軋ませている音のみが聞こえる。
勝負は決した。今度こそそう思った次の瞬間。
「うーーーん」
声がする。新たな声。
「!?」
思わず2つのモノは驚き、振り返る。
「なーーんか納得できないわアタシ。」
教室の後ろの隅、長方形で、ほとんどの時間子供達から見向きもされないであろう箱から女性の声がする。
見ずとも何モノか分かる。
恐らく彼女は…
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