Unhappy Wedding!

水神鈴衣菜

本文

「健やかなる時も、病める時も、妻として敬い、愛することを誓いますか?」

「……誓います」

 その声を、私はすぐ横で発されているのを無関心に聞いていた。こんな儀式なんて無駄だ、どうせ私は誓う気などさらさらないし、この人もどうせ、本当は誓う気などどこにもないのだから。

「新婦、かなう。あなたは、健やかなる時も、病める時も、夫として敬い、愛することを誓いますか?」

 だからこそ、この日はあなたに対してのアンチテーゼになる。

「誓います」

 わざとらしく声を張り上げる。ああ、どんな顔をしているんだろう。望まない結婚、敵対する相手と無理やり結ばされた赤い糸。反吐が出る。幼い時の憧れはついぞ叶わず、結局女は政治の駒にすぎないのだ。

 だからこそ、私はあなたに対してのアンチテーゼを歌う。あんたが嫌いだ。大嫌いで大嫌いでしかたない。そうやって伝えることが、せめてもの反抗になる。そう、信じなければやっていけない。


 ***


「ジューンブライドをしたいわ」

 私は女の子らしく、かわいらしくおねだりした。あいつとお父様と義父様がいる中で。

「いいんじゃないか、よく聞くものな」

「ええ、憧れていましたの」

「だが……今年の六月は雨が多いらしいぞ」

 だからこそよ。

「いいじゃないですか、雨の中の結婚式も趣があって」

 私はわざとらしいくらいに、猫なで声で威嚇する。私はあんたが嫌いだから、人生にそうない大切な日を、あんたが嫌いな雨で汚してやるのだ、と。あんたが着る白い白いタキシードを、雨の灰色でくすませてやるのだ、と。

 幸い、お父様たちは賛成してくれている。これならきっと、却下することも難しい。

「……分かった、そうしよう」

 ──かかった。内心のにやつきが顔に出ないよう、必死に抑える。この時の喜びようったらありはしない。こうやって小さな反旗を翻すことしか、私にはできなかった。


 許嫁。所謂私たちはそれなのだ。向こうがどう思っていようと、私はあいつが大嫌いだった。決められた運命というだけで、あいつを嫌いになれた。他に好いた人ができたって、結局結ばれることは絶対にないのだ。絶対に許せなかった。けれど、私には、お父様の決めたことに逆らうことはできなかった。娘であり、組織の人間である私には。


 * * *


 式が終わる。地獄のような空間からやっと解放されたことに、安堵の息を漏らした。

「お疲れ様です、嬢」

「……、ああ、真智まち。あんなのもう二度としたくないわ」

 外に出る。白で包まれたチャペルとは違い、黒い雲と大粒の雨が景色を包んでいた。晴れていれば、ここからの景色も、青い海が一面に広がる綺麗なものだったはずだ。上手く行った。全部が上手く行ったのだ。

「はは……いい気分だわ」

 勝ち誇ったような声が漏れる。いや、結局は全く勝ててなど最初からいないのだ。私があいつと結ばれる運命にあった時から。──違う、私の運命は他にあったはずなのだ。誰かが勝手に私の小指を切り落として、そして別に伸びていた糸を、元の糸よりも赤く染めて、そうして運命をすり替えてしまっただけなのだ。ああ、反吐が出る。

「……ねえ、嬢。逃げませんか、僕と」

「何言ってるの、そんなことしたらあなたが死んじゃうじゃない。お父様に逆らったらどうなるかなんて、一番分かってるでしょ」

「……はは、分かってますよ、もちろん」

 真智は吸おうとしていた煙草に火をつけることなく、そのまま捨ててしまった。

「吸わないの」

「気分じゃなくなりました」

 足でひとつ蹴って、そのまま引き返す。靴に泥がついて、あのままじゃチャペルを汚してしまうだろう。怒られるのは真智なのに。

「みいんなばかね。あいつも、真智も、私も」

 心に溢れた自嘲は、そのまま口から吐き出した。



「あ……お疲れ様、叶」

「ええ、そちらも」

 冷ややかな目を向ける。最近は好きであると偽ることすら疲れてしまった。

「……とても綺麗だった」

「ありがとうございます、お世辞をどうも」

 まるで本心だと言いたげな声色が、私は本当に嫌いだった。気持ちが悪い。

「お世辞なわけがあるか」

「……」

 こういうところが、本当に大嫌いなのだ。私のことなど意にも介さない。

「……、ええ、最高の式でしたわ」

 またあの猫なで声で、威嚇する。外は土砂降りのはずだ、私の心の中のように。

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