変人を極めろ!成宮恭太郎の危険なお仕事
桔梗 浬
第1話
静寂な街に、聞きなれない足音が響き渡る。
ボロボロの靴、ボロボロの作業着、そしてボロボロのキャップを深々と被り、男は足を引きづりゆっくりと階段を上っていく。
今回の獲物は『菱川 愛莉』19歳。彼女が何をしたのかなんて男には関係ない。知らない方が良いこともある。
定位置に着き、ライフルを慣れた手つきで組み立てる。スナイパーライフルとして重要なのは、部品の精度。少しの歪みが命取りだ。男は慎重に最後のパーツ、照準スコープを取り付けた。
一発で仕留める。何が起きたのか痛みすらもターゲットは感じる事なく終る、それが男のポリシーだ。
この張りつめた空気が、男にとって最高の居場所。
「それでですねぇ~」
この場に一番似合わない甘ったるい声が室内に響いた。声の主を確認することなく、今年入隊した女だと気づく。
「静かにろ、気が散る」
「そんなこと言ってもぉ~、上からの命令です」
「ちっ」
男は照準器のスコープから目を離す。上からの指示は聞かないわけにはいかない。男は面倒臭そうに頭をガリガリ掻きほぐした。新人の育成も仕事の1つだ。諦めて話を聞く姿勢を見せる。だが……。
「な、なんだ、その格好」
「えっ? おかしかったですか? 成宮さんのお好みかと思って、ネットでポチりました♪」
成宮の目の前に、ナースのコスプレをした女が、赤いピンヒールを履いてドヤ顔で立っていた。
「どうです? テンション上がります?」
「……」
「国家安全お掃除部隊のエース、成宮先輩に喜んでいただけるよう、私! 藍川 さつき、人命をかけて任務に挑む覚悟です」
「……はぁ」
成宮は大きなため息をついた。
何もかもがこの女、ずれている。防犯カメラの映像は上が処理するだろうが、こんなに目立つ格好で行動する隊員は見たことがない。
「帰れ」
「えぇぇぇ~、でもぉ~。気に入っていただけませんでした? なら、他にも用意はあるんです!」
「……もう一度言う、帰れ」
さつきの目にじわっと涙が浮かび上がる。
誰が泣こうがわめこうが、いつもの成宮なら気にしない。だがここは仕事場。
これからターゲットを仕留めなければならない。その後は殺人事件として警察が調べる事になるのだから、任務が完了したら自分達の痕跡を完全に消し去る必要がある。
涙などの体液、1つ1つ全てが厄介だ。今の警察組織を侮ってはいけない。
「……かった、わかったから、泣くな」
「じゃぁ~、バニーガールとか子猫とか、女王さまに某有名アニメのぴったりスーツなんてのもあります! お選びください!」
「いや、いい。お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
「はい! 成宮 恭太郎先輩は我が隊のエースで、狙った獲物は逃がさない! ミッションコンプリート率100%!! のスーパースターです。さ・ら・に、誰もが認めるコスプレ女子大好きエロ萌えオヤジなのであります!」
成宮はあからさまにため息をつき、腹這いになる。今日の湿度や風の向きを念入りに調べておかなければならない。そして何より平常心、それが大事だ。
「死にたいのか?」
「いいえ、ただ私は成宮先輩と親密な仲に」
ことごとく言葉の使い方がずれている。しかも、成宮はコスプレが好きなわけではない!
成宮は、さつきが何か話していたけれど完全にシカトし、ターゲットを確認する。
この場所からターゲットの部屋がよく見える。距離は約1200mといったところか。
正面Tゾーンの中心、眉間を狙う。
まだだ、彼女がベランダに出てこちらを向いた時が狙い目だ。焦ってはいけない。脳をぶっとばせば後処理が面倒だ。後処理班に配属をされていた時は、下手くそな奴らのために現場の掃除が本当に大変だった。
成宮たちは国が極秘に立ち上げた暗殺部隊。テロリストなどを中心に国に危害を与える輩を、事前に排除するのが仕事だ。
だから多少手荒いことを行っても、上が守ってくれる。そのため一般国民は成宮たちの存在を知ることもない。
どのくらい時間がたったのだろう。その時がやって来た。
「ターゲット確認」
スコープの中の限られた視界に、今回のターゲット『菱川 愛莉』の姿が見えた。彼女は髪を無造作にだんご状に結びながら、ベランダに出てきた。
「もう少し前へ。俺に君の可愛い顔を見せてくれ」
愛しい女に語りかける様に呟く。身体中の血液が激しく巡り、叫びたい衝動にかられる。本能と理性の狭間で興奮を押さえ込む、この感覚がたまらない。
「いいぞ、いいぞ。もう少し前へ出てくれ」
高揚感が成宮を包み、指が定位置に添えられる。
その時だった。
カチャっ。
こめかみに響く聞きなれた音。
「……! 何の真似だ?」
「先輩、残念ですが……定時です。本日のお仕事終了です」
銃口を突きつけたナースのセリフに、成宮の至福の時間は遮られた。成宮にとってターゲットが死にゆくさまを想像する事ほど心が踊る瞬間はない。
その時間を奪われ、さらに最悪なことにターゲットは向きを変え部屋の中に入ってしまった。
「ただ今の時刻、17時3分。既に3分の時間オーバーです」
「お前……」
成宮はゆっくりと体を起こし、さつきの銃口を払う。
「分かっていただけたのなら、よかったです。我々も働き方改革が求められています」
そう言うと、さつきは「プラン変更。プランBにシフトします。ということで、本日は解散!」とでかい声で死体処理班の面々に連絡を入れた。
「俺に銃を向けるな」
「あれあれ~? ピンヒールでゴリゴリされた方が、先輩はお好みでしたか?」
「そういう問題じゃない」
「先輩、そこに武器を隠してますね。もぉ~私にも分かっちゃうなんて、先輩もまだまだですねぇ~。それは没収です! 定時以降の武器の使用は認められていません!」
「やめろっ! 武器なんかじゃない、あ、ある意味武器になるが、お前が思ってるモノじゃない! お前はバカなのか?」
さつきが逃げる成宮の股間に腕を伸ばしたその時だった。瞬間成宮はさつきの腕をネジあげ、みぞおち辺りに一発アンダーパンチを食らわせた。
一瞬痛みで息ができなくなり「ゲホゲホ」と悶絶するさつきを、成宮は容赦なく椅子に座らせ縛り上げる。どうにかしてこの女を黙らせなければ、腹の虫がおさまらない。
「悪いな。俺は仕事が好きなんだ。大人しく黙ってみていろ」
慣れた手つきで縛り上げ、さつきの武器を全て奪う。女の暗殺者が武器を隠すところなんてだいたい決まっている。
「ゲホゲホ……先輩、手つきが慣れてますね……ゲホ」
「……」
この女、今その感想を言う場面ではなかろう? 成宮はさつきが逃げられないようにきつく縄を結びながら、言葉の使い方を知らないこの女に心底虫酸が走っていた。
「言っておく。俺はうるさい女が嫌いだ」
首を傾け、成宮は銃を構えさつきの眉間に照準を合わせる。
「せ、先輩?」
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