第25話 襲撃者の正体

 樹海においてスライムの大群に襲われたザガートだったが、全体即死魔法で彼らを一掃する。だが安心したのもつかの間、またも何者かの襲撃を受ける。


 その者は目にも止まらぬ速さで木の枝を移動しながら、くないによる牽制けんせいを行う。

 的をしぼらせまいとする戦術に、魔王が敵ながら天晴あっぱれと感心する。だが本気を出した彼が標的を追尾する魔法を唱えると、敵はあっさり撃ち落とされる。


「これは……!!」


 地面に落下して全身を強打した敵の姿を見て、ザガート達が驚きの言葉を発した。


 そこに倒れていたのは十二歳くらいに見える人間の子供だった。

 アーモンドのような褐色肌をしていて、後ろでポニーテールに結んだ髪は黒い。腕と脚の肌を露出した『くノ一』の格好かっこうをしていて、手首と足首に包帯のような白い布を巻く。足には白い足袋たびと、その下に歩きやすい草鞋ぞうりを履く。

 戦いでは使用しなかったが、腰に巻いたおびの背中には、さやに収まった忍者用の短刀がしてある。


 すそたけは短く、脚の角度によってフンドシらしき白い布がチラッチラッと見える。

 東洋人と思われる顔付きだったが、少女か少年かは分からない。服装から忍者であろうと思われたが、猿のような野生児の印象も与える。


 ザガートが意図的に殺傷能力を抑えたため、直撃した魔法は深手を負わせてはおらず、木の棒で強く叩かれたように尻が真っ赤にれ上がる程度にとどまる。


「ううっ……オイラの負けッス」


 だらしなく地べたに倒れた子供が、ゆっくりと体を起こす。何とも特徴的な喋り方をする。地面に叩き付けられた痛みは引いたものの、それでも辛そうに泣きべそをきながら内股でへたり込む。


「小僧、よくも私の仲間の命を狙ったな! 許さんッ! どうせ貴様もギド同様、魔族が化けているんだろう!!」


 レジーナが子供を男性と決め付けて、鼻息を荒くしながらズカズカと迫る。ザガートを襲撃した行為に深くいきどおるあまり、正体が魔族だと思い込む。


「まだ何か武器を隠しているに違いない! 身ぐるみ引っペがしてやる!!」


 そう叫ぶやいなや、相手の衣服を乱暴に脱がし始めた。


「き、金髪のあねさんっ! やめるッスよぉぉぉぉおおおおおお!!」


 子供が露骨に嫌そうな顔をしながらジタバタ暴れる。服を脱がす手を必死に止めようとしたが、日々の鍛錬で鍛えられた王女の怪力は凄まじく、子供の細腕ではどうにもならない。


「待てレジーナ、早まるな! そいつは……」


 何かに気付いたザガートが慌てて王女を止めようとした。だが時すでに遅く、衣服は全てぎ取られていた――――。




「なん……だと……」


 全裸にひんかれた子供の体を見て、王女がポカンと口を開けた。予想外の展開に驚くあまり、金魚のように口をパクパクさせる。


 それもそのはず、子供の股間には男性なら付いている『モノ』が、付いてなかったのだ。


「ううっ……オイラ、小僧じゃないッス」


 一糸いっしまとわぬ姿になった少年……いや少女が、大事な所を手で隠しながら涙目になる。裸にされた恥辱に耐えられず、顔を真っ赤にしたまま両肩をプルプル震わせた。


 その子供はまぎれもなく女性だった。十二歳という幼さと中性的な見た目、奇妙な喋り方により、王女が勝手に男性だと早とちりしたのだ。


「……だから早まるなと言ったのだ」


 ザガートがあきれたように口にしながら、頭を手でボリボリとく。やれやれと言いたげに王女を見ながら溜息ためいきを漏らす。

 彼は最初に姿を見た時点で、相手が少女だと分かった。だからこそ仲間の暴走を止められなかった失態を嘆く。


「すまない……本当にすまない事をした! いくら襲ってきたとはいえ、としも行かぬ少女をあられもない姿にするなど、このヒルデブルク王女レジーナ、一生の不覚ッ! おびにどんな事でもしよう! 何ならいっそ私をみにくいメス豚とののしり、ゴミを見るような目でさげすんでもらっても構わない!!」


 レジーナがひざをついて土下座しながら謝る。何度も地にひたいこすり付けて、申し訳なさそうに詫びの言葉を述べる。少女をはずかしめた罪悪感のあまりても立ってもいられず、穴があったら入りたい気分にすらなる。


「もう良いッス、あねさん……どうか顔を上げて下さい。いきなり襲ってきたオイラが悪かったッス」


 ルシルに服を着せられた少女が、落ち着いた様子で話す。奇襲を掛けた負い目から、レジーナの愚行をとがめたりしない。


「それで……お前は一体何者だ? 何故俺に奇襲を掛けた」


 状況が落ち着いたのを見計らい、ザガートが少女に問いかける。魔族ではない人間の少女が命を狙ってきた理由を聞き出そうとする。


「……」


 男の問いに即答できず、少女が黙り込む。顔を合わせ辛そうに下を向いたまま、トイレを我慢するように体をモジモジさせる。とても話しにくい理由だったようにも、単に相手におびえたようにも見える。

 しばらく言うべきかどうか迷っている様子だったが……。


「……師匠ッ! お願いです! どうか……どうかオイラを弟子にして下さい!!」


 突然そう叫びながらひざをついて土下座し、魔王に弟子入りを懇願した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る