第11話 女騎士レジーナ

 ザガートの言葉に深く感激したヒルデブルク王が、助力を申し出た時……。


「お父様っ! その男に騙されてはなりませんっ!」


 そう叫ぶ者の声が、何処からか放たれた。

 声が聞こえた方角に皆の視線が向けられると、謁見の間の入口に二つの人影が立つ。


 二人のうち一人は、二十二歳くらいに見える年の若い女性だ。

 長めの金髪を後ろで結んでポニーテールにしていて、目鼻立ちは整っている。背は百六十センチ代後半に達するほど高く、手足はスラッとしている。スポーツマンかモデルのような印象を与える健康的な美しさは、あたかも女神のようだ。


 青色のレオタードを肌にまとい、その上にベルトと鋼鉄製の胸当て鎧を装着した格好をしていた。腕には鋼鉄のガントレット、足には鋼鉄のブーツを履いていたが、二の腕と太腿ふとももの肌は露出している。いわゆる『ハイレグ女騎士』と呼ばれる姿だ。マントは羽織はおっていない。

 左腰にはロングソードと呼ばれる片手剣が、さやに収まった状態でしてある。


 キリッとした顔付きは、如何いかにも気が強い性格という印象を与える。オークに拷問されても、簡単にはくっしなさそうだ。


 もう一人は貴族の服を着て、頭頂部が禿げ上がった中年の男性だ。背は低く顔はせ細っていて、鼻の下にカイゼルひげを生やす。見るからに小者っぽい。


 二人は謁見の間に入るやいなや、ザガートの前までズカズカと早足で歩いていく。歓迎しているようには到底見えない。


「私はレジーナ・ダ・オリヴェイラ・ヒルデブルク! この国の第一王女にして、誇り高き騎士なり!」


 男の前に立つと、女性が大きな声で自己紹介する。王族である事を誇るように、胸を前面に突き出して鼻息を吹かせながら、えらそうにふんぞり返る。


「ワシはギド……ヒルデブルク国の大臣をしておる」


 後に続くように貴族の服を着た男が名乗る。あからさまにザガートを目障りに思ってそうなしかめっつらをしたまま、自分のヒゲを右手でビョンビョン触って遊んでいる。

 二人はそれぞれ王の娘と、この国の大臣であった。


(この男……)


 ザガートは大臣の方を見て、ある異変に気付く。


「ザガート様、どうかなされましたか?」


 魔王が大臣の顔をじっと見ていた事を不思議に思い、ルシルが問いかけた。


「いや……何でもない」


 ザガートはそう言って少女の疑問をはぐらかす。大臣を眺めて気付いた事実を、あえてその場では口に出さず胸の内にしまっておく。


「お父様、この男を信用してはなりません! 此奴こやつは魔王……魔族の侵略に悩むお父様の弱みに付け込み、甘言でまどわして、国を乗っ取る計画に違いありませぬ!」


 自己紹介を終えると、レジーナが凄い剣幕で王に詰め寄る。魔王の危険性を早口で並べ立てて、父に翻意をうながさせようとした。


「ワシも姫様と同意見ですじゃ。国王……毒をもって毒を制すなどとお考えになるのはやめなされ。その男に頼るのは、ネズミを追い払うために虎を招き入れるようなもの。気付いた時には何もかも奪われ、全て失いましょうぞ」


 大臣が王女の言葉に賛同する。王の決断が間違いだという事を、冷静な口調で指摘した。


「これはマズいぞ……」

「俺達はどうすれば……」


 国内でも王に次ぐ地位にある二人の人間が反対意見を述べた事に、謁見の間がにわかにざわつく。兵士達は互いに顔を見合わせてボソボソと小声で話しながら、どっちの意見が正しいか分からず、右往左往してうろたえる。

 一旦はザガートを受け入れる方向で固まりかけた空気にほころびが生じた。


「何じゃ二人ともっ! 昨日の話し合いで、ザガート殿どのに頼る方向で話がまとまったではないかっ! それを今になって変えさせようなどと、見苦しいにもほどがある!!」


 国王も負けじと声を荒らげて反論する。二人に言い寄られても、自分の考えを曲げる気は毛頭無い。魔王とじかに話して、彼の器の大きさにけいの念を抱いたから尚更なおさらだ。


「確かに私も一度は納得しました……ですが昨夜大臣とひそかに話し合い、やはりザガートという男は危険だと判断したのです」


 レジーナが考えを改めた経緯について説明する。


「その男は、いつ本性を剥き出しにするやもしれませぬ……聞こえの良い言葉を口にしながら、常に腹の中では良からぬたくらみをしている、まさに邪悪そのもの!!」


 ザガートを指差して、言いたい放題に彼をののしった。


「ザガート様は悪い人じゃありません! 発言を取り消して下さいっ!!」


 レジーナの態度がよほど腹にえかねたのか、ルシルが王女に食ってかかる。身分の違いがあろうとものじしない。自分の愛する人を侮辱された怒りで、脳の血管が爆発寸前になる。


「何をッ! このちちのデカい田舎娘がッ!!」


 レジーナが今度はルシルを罵倒する。自分に噛み付いてきた少女を狂犬のような目でにらみ付けて、汚い言葉を浴びせた。


「むっ、胸の大きさは関係ありませんっ!」


 ルシルが胸を両手で隠しながら、カーッと顔を赤くさせた。心の中で気にしていた身体的特徴を指摘されて、深くはずかしめられた気持ちになる。


「デカチチ女っ!」

「金髪ワキガ王女っ!」


 二人の少女がギャーギャーと声に出してくちげんになる。

 ザガートの善し悪しからどんどん話がズレていき、ただの女同士の言い合いになる。その有様を、当初レジーナに賛同した大臣すらもポカンと口を開けて眺めていた。


「二人とも、やめないかっ!」


 両者のみにくいケンカを見ていられず、ザガートが二人の間に割って入る。

 男に止められて、ルシルはハッと冷静になって黙り込んだものの、レジーナはブツブツと小声で文句をれながら、むくれた顔になる。まだ悪口を言い足りないのか、不満げに体をウズウズさせた。


「王女よ……アンタが俺の事を気に入っていないのは分かった。では問おう……どうすれば俺を認める気になる? 何をすれば、お前の気が晴れる? ここで頭を下げてお願いすれば、ほこを収めてくれる気になるか?」


 ザガートが冷静な口調で、なだめるように問いかけた。王女の機嫌をそこねるのは本意ではなく、可能な限り相手の要求をんで、警戒心を和らげようとこころみた。


「そうだな……」


 魔王の言葉を聞いてレジーナがニヤリと笑う。何か良からぬたくらみを抱いたかのように、不気味に口元をゆがませた。


「ならば……私と一対一の決闘を行ってもらう!!」


 自信満々に大きな声で叫びながら、魔王に人差し指を向けるのだった。

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