17
翌日。お昼を過ぎても外はまるで昨日を繰り返すように土砂降りだった。
「この店って雨漏りとか大丈夫なの?」
雨音が鳴り響く店内でカウンターに座っていたスカリは、唐揚げを挟んだお箸を空中で止めながら辺りを見回していた。
「情報は洩れないけど、雨は漏れてきそう」
「てめぇがツケ払わなかったらそうなるかもな」
「えー。この店ってあたし頼りなの?」
「スカリちゃんはうちの常連さんですからね。いつもありがとうございます」
隣りで素直な笑みを浮かべ顔の傍で両手を合わせたベアルの言葉を、半分ほど減った唐揚げを食べながら嬉々とした様子で聞いていたスカリは飲み込むとお箸を置いた。そして彼女の方へ体を向けると両腕を広げた。
「あたしは看板娘の可愛い笑顔を見る為に毎日来てるんだよー」
そう言ってスカリはベアルを抱き締めた。
「タダ飯食いにの間違いだろ」
その様子を腕を組みをし眺めていたルエルは鼻を鳴らしキッチンで一人呟いていた。
一方、それを聞いたスカリはベアルから離れ忘れてないと唐揚げでルエルを指した。
「もちろんルエルの料理も最高だからね」
そう言うと唐揚げを口に運び唸るような声を漏らした。
すると後方から蹴破るような勢いで開いたドアの音が聞こえ、駆ける足音がスカリの隣へ。飛び込むようにカウンターへやって来たのは、吉川だった。全身がびしょ濡れでまるで水中からやってきたかのよう。
「あ、あの! わ、私……お願いします! どう、お願いします!」
スカリを置いてけぼりにしながら吉川は彼女に縋り声を上げた。嵐のような吉川に唖然としてしまい言葉の後には突然の沈黙が店内へ流れ、ドアの閉まる音がそっと静寂を彩った。
思わず小首を傾げるスカリだったが、まずは吉川の方へ体を向け手を優しく両腕へ。真っすぐ彼女の震える双眸を見つめた。
「取り敢えず落ち着いて貰って。ほら、深呼吸。吸って――吐いて」
そしてハッキリとした口調で彼女と共に深呼吸をした。
その間にベアルは淹れてきたお茶を彼女の前に差し出した。
「温かいお茶でもどうぞ。もちろんサービスですからね」
「そこのにツケとくから気にすんな」
相反する言葉を口にしながらルエルはスカリを顎でしゃくった。透かさず眉を顰めたスカリの視線がルエルを突き刺す。
そんな静かなやり取りが行われてる傍で吉川はお茶を手に取り一口。大きく息を吐き落ち着きを取り戻した。
「それじゃあ改めて――どうしました?」
「昨日、私達はここから一緒に帰って話し合ったんです。それでまずはそれぞれが相手にちゃんと話をしようって事になって。私はお父さんに、彼は組へ行ったんです。夜だったけど彼は出て行って、私は電話をして。話をしたらお父さんは戸惑っててまた後日連絡するってだけ言われて、私は一人家に居たんです。でも、朝になっても彼は帰って来てませんでした。そしたらついさっき電話が掛かってきて……」
言葉は途切れ、吉川の湯呑を持つ手が微かに震える。
「何て言ってたの?」
「今までありがとうって。君は俺が組の人間だって知らなかった。あの時初めて知った事にしよう。とも。それから――幸せになってって」
言葉尻は既に泪に濡れ、吉川は顔を俯かせた。
そんな彼女を見つめながら言葉を選んでいたスカリは何も言えずにいた。
「遺書だな」
だがルエルは容赦なくその言葉を口にした。
「空気読めないねぇ」
「そいつも分かってるからここに来たんだろ? まどろっこしい事してる場合か?」
すると吉川はスカリの腕へ縋る様に手を伸ばした。
「お願いします! 彼を助けたいんです! お金なら幾らでも、どうにかして払います! だから……お願いします」
そう言ってスカリの服を力強く握り締めたまま彼女は落とす様に頭を下げた。そんな吉川を無言で見下ろすスカリは、そっと手を伸ばし優しく彼女の両肩に触れさせた。
「出来る事はやろうか」
その言葉に顔を上げた吉川の顔は涙ぐみ今にも崩れ落ちそうだったが、どこか安堵していた。
「ありがとうございます」
精一杯の微笑みを彼女が浮かべるとスカリはスマホを取り出し、どこかへ連絡をし始めた。そしてスマホは耳へやり、片手で唐揚げを食べる。
「もひもひ?」
予想より早く出たのか唐揚げを呑み込んでから用件を話し始めた。
「ちょっとお願いがあるんだけど、今いいよね?」
『今? 仕事が忙しいから無理だよ。ていうかメールの約束だろ?』
電話越しでも分かる小声は以前にも聞いた男性のもので眉間に皺を寄せていそうだった。
「こっちだって緊急だっての。兎に角、あるスマホの場所特定して欲しいんだけど。至急ね」
『は? だから――』
「彼の番号は?」
若干の苛立ちを感じる声を無視し、スカリは吉川に質問をしていた。そして答えを貰うと一方的に番号を伝える。
「このスマホよろしく。じゃあね」
『ちょっ! おま――』
最後まで一方的で、声を遮り通話を終わらせたスカリはスマホをテーブルに置いた。
「すぐ連絡来ると思うからまずはそこに行こうか」
「はい。ありがとうございます」
「いーって。さて、その間にあたしはこれを食べきっちゃわないと」
そう言うとスカリは急ぎ気味で残りを食べ始めた。味わいながらも素早く、スカリは忙しなく箸を動かしていく。
「ごちそうさまでした」
最後は両手を合わせ丁寧に言葉を口にした直後、スマホは歓声を上げるように受信音を鳴らした。
「よし。それじゃあ行こうか」
「はい」
先に立ち上がったスカリの後に続き、吉川も立ち上がるとお茶をベアルの元へ。
「ご馳走さまでした」
そう言って既にドアへ向かうスカリを駆け足で追った。
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