15
「はぁー。めんどいし明日でいっか。それに今日は色々とやる事あるだろうし」
店を後にしたスカリは雨の上がった中を目的もなくぶらり適当に歩いて行った。
その日の夜。彼女はとあるバーへ。流れる一筆書きの『vemen(ウェメン)』という文字が頭上で誘惑的に煌めく入口から中へ入ると、真っすぐカウンターに足を進めた。そこそこの広さで薄暗い店内には疎らにお客がおりそれぞれがお酒と雑談を楽しんでいた。
「マスターいつもの」
席に座りながらスカリは常連だとアピールするようにそう注文した。
「あらいらっしゃい」
そんな彼女を迎えたのはメーナ。ベストと白いシャツにソムリエエプロン、ネクタイのない胸元では代わりに肌を背景にネックレスが顔を見せている。
スカリはメーナに対してニコやかに手を上げて見せた。
「いつものね」
そしてメーナはすぐ振り返るとずらり並んだボトルを視線で撫でた。ざっと端から端へ視線を走らせるとすぐに歩き出し一本のボトルを手に取る。
「じゃあこの店で一番高いお酒を――」
「あぁ! ちょっと待って。ま、まずは、えーっと。ブルームーンにしようかなぁ」
だがすぐさま前のめりでそれを止めたスカリは、気取った注文を上書きした。
「それは残念。希少でいいお酒なのに」
少し笑い交りに言いながらボトルを戻したメーナは、早速ブルームーンを作り始めた。当然ながらそれは慣れた手つきであっという間にスカリの前へグラスは出された。
「どうぞ」
グラスを手に取り顔前まで上げてみると宝石を溶かしたような色合いの液体が中で小さく揺れていた。それをまるで先に目で楽しんでいると言わんばかりに見つめるスカリの双眸。
「ちょっと今、あたしって大人の女って感じじゃない?」
「じゃないと男の前に法律に捕まっちゃうわね」
その返しにグラスをズラしたスカリは拗ねた子どものような表情を浮かべていた。
「早く呑んで次注文して」
スカリが何か不満を口にする前にメーナはグラスを指差した。口は歪めたまま言われた通り一度、グラスを口元へ。
それからスカリはお酒を呑みながら売り上げに貢献し、メーナは時折の来店客に対応しつつ二人は世間話を静かにしていた。その最中、スカリは最初より大分お客の増えた店内を見回しながら何杯目かのお酒を口へ流し入れる。
「メーナさんのとこって女性客多いよね?」
「まぁ私モテるし」
そう言ってあからさまなしたり顔をする。同時にツッコミという名の否定を求める表情でもあったようだが、その期待に反しスカリは納得だと頷いた。
「多分、女性客がいるから他の女性客も入り易くてこうなったのかも。最初の頃は半々――男性客の方が多かったと思うし」
「いやぁー。さぞおモテになられたんでしょうね。先生」
「特に怪我人にはね」
「もしかして物騒な話してる?」
すると割り込む声と共にスカリの隣へ蒼穹が腰掛けた。
「坊やにはちょーっと刺激が強いかもね」
相手が蒼穹だと分かるとスカリは頬杖を突き色っぽく傾けた顔で見上げた。
「そんなに弱かったっけ? それともよっぽど呑んだ? それとも雰囲気で?」
「一番のモテ男に対する嫉妬って線も」
「はい。外れー。という事で、マスターいつもの」
ニヤリとした笑みを浮かべながらスカリが指を二度連続で鳴らすと、メーナもその表情に続いた。
「かしこまりー」
一緒になって悪戯を仕掛ける子どものようにふざけながら二人の前を離れ一本のボトルを手に戻って来た。そして瓶の顔を見せてあげながら丁寧に蒼穹の前に。
「わぁーお。これは……」
メーナの手から離れたボトルは表情を輝かせた蒼穹の手へ渡り、まじまじと顔を合わせた。
「素晴らしいですね。ウイスキーの年代物ですよ」
「分かるの?」
「そこまで詳しくは無いですけど、確かこれは今では倍以上の値が付くとか。中々お目に掛かれるものじゃないです」
「この価値が分かるなんて流石ね」
悪戯っ子から一転しメーナの視線は感心を身に纏い、蒼穹の視線は僅かに照れながらもどこか誇らしげだった。
「あたしも分かるって! この店で一番高い酒でしょ?」
「ご名答。流石はミス、スカリ」
「えっ? もっと高いのあるの?」
一驚に喫するスカリに対し辺りは沈黙に包まれた。一方で意表を突かれたと視線をスカリへやりながら揃って停止してしまっているメーナと蒼穹。
でも何故そんな反応をされているのか意味が分からないと一足先にスカリが二人へ順に視線をやると、遅れてメーナは柔らかな笑みを浮かべた。
「可愛いわね」
「えーっと。ミスとミセスって知ってる?」
苦笑いの蒼穹に対してスカリは数秒その顔を見つめた後、肩へ拳を飛ばした。そして軽い音を立てそのまま拳だった手はグラスを取り残りを一気に飲み干す。
その隣で殴られた肩を摩っていた蒼穹は彼女がグラスを置くとボトルをメーナへ差し出した。
「それじゃあこれを一杯貰えますか?」
「本当に?」
「流石はミスター、蒼穹。金持ってるねぇ」
するとスカリは頬擦りするように腕に抱き着き甘え声を出した
「あたしも一杯呑んでみたいなぁ」
「もちろん。レディと一緒に楽しめるのなら喜んで」
そう言うと蒼穹はメーナに指を二本立てて見せた。
「あと二杯追加でお願いします」
察した様子のメーナは先に微笑みを見せるとグラスを三つ並べた。
「お金があって」
メーナは言葉の後、一つ目のグラスにシングル分ウイスキーを注いだ。
「イケメンで」
二つ目のグラスを琥珀色が染める。
「優しい」
三つ目のグラスには少しだけ多めに注がれた。
「あたしお金ー」
メーナがボトルを閉めるとスカリは真っ先に一番最初に注がれたグラスを手に取った。
「そう言う事ならメーナさんはこれですかね」
そう言って蒼穹が手に取ったのは三つ目のグラス。
「わぁーお。自分で自分の事そう言う風に思ってんだ」
スカリはグラスを片手にわざとらしく軽蔑的な視線を蒼穹へ向けた。
「いやいや。余り物じゃん」
「でもそれは少し多めに入れて上げたから君が呑んでいいわよ。それに私も負けてないでしょ?」
蒼穹が手渡す前にメーナは真ん中のグラスを手に取った。
「異議なし」
「確かにメーナさんも全部当てはまりますね」
「最初のは君が言うと嫌味ね」
そう言いながらメーナがグラスを差し出すとそれに続いて二人もグラスを前へ。静かに心地好い音が鳴り響いた。
そしてそのままお酒を一口。揃って舌鼓を打ったが、スカリに関しては美味しいだけで余り違いは分かっていなかった。
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