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「さて。そっちは済んだみたいだね。盗み聞きって形になったけど、事情も大体わかったし」


 すると二人の間へ割って入るようにスカリは横から声を掛けた。その声に二人は手を握り合ったまま顔を向けた。


「今更必要か分からないけど一応仕事だし、口頭になっちゃうけど調査報告としては」


 そう言うとスカリは真壁を指差した。


「最近は組を抜ける為の仕事を色々とやってたらしいです」

「ごめん光里。言い訳だけどその所為でちょっと疲れて当たったりして……不安にさせて」

「ううん。もう大丈夫」


 もはや何の疑いもないと吉川は穏やかな表情で首を振った。


「因みに女性ものの香水とかしてたのは?」


 そんな彼女の代わりにスカリは質問を投げかけた。


「それは組のやってるお店の子からだと思います」

「なるほど。つまり調査の結果として見事に残り三割を引き当てたと。――いや、むしろ一割にも満たないごくごく少数のその他を引いたって感じだね」

「勝手にこんなことしてごめんなさい。よし君を信じてたはずなのに私……」


 言葉以上の謝罪が籠った表情を吉川は思わず俯かせた。


「そんな……謝らないでよ。悪いのは俺の方なんだから」


 そう言って真壁の視線も少し下がる。互いが互いに自分を責め、二人の間に流れた空気は僅かに重々しいものへ。


「取り敢えず今は自分を責めるより先に考える事があると思うんだけど? 特に今後の事とかね」

「そう……ですね」

「まず訊くけど、鉄砲玉って失敗したらどうなる訳?」

「失敗したらその場で殺されます」

「だよねぇ」


 スカリは考えたら分かると納得した様子で頷いた。


「それで今後は?」

「俺は失敗して、顔も見られた。組にとってあんまり良くない存在になったのは事実だろうし」

「それに恋人がその標的の娘となると話は余計に複雑って感じだし」

「私も結局お父さんに何も話さないで来ちゃったし……。でも訊かれると思う」

「娘の恋人が別の組の人間ってだけじゃなくて自分を殺そうとした人だったら、どんだけ寛容な父親でも認めないよね。流石に」


 状況は改めて確認するだけで思わず眉間に皺が寄ってしまうもので、三人の口からは一つの策すら出てこなかった。


「もういっその事、高飛びでもしちゃう?」


 その言葉に二人はスカリの方へ小首を傾げながら視線を向けた。


「その気ならそういう知り合い紹介してあげるけど? 国内もしくは海外ってのもあり。追われないように新しい身分でね」


 妙案だと満足そうに笑みを浮かべるスカリだったが、二人は揃って余り晴れた表情ではなかった。


「確かに人様に胸張って言えるようじゃないとはいえ、長い間いた場所だし。それにそう易々と裏切っていい人達じゃない。まずはしっかり話をしないと。もし組に迷惑がかかるなら、俺の単独犯って事で縁を切られたっていい」

「私もちゃんと話さないと。別にこれから組に関わっていく訳じゃないし、それにちゃんと話せばきっとお父さんは分かってくれる」

「そうだ。これまでを改めて、新しいこれからへ歩き出そう。二人で一緒に」

「うん。二人で一緒に」


 それは既に歩み始めた希望への一歩。二人の双眸は確かな未来を見つめて――見つめ合っていた。


「そういうことなら頑張って」


 そして二人の視線は同時にスカリへ。


「神速さん。色々とありがとうございました」

「本当にお世話になりました」


 順にお礼を言った二人は同時に頭を下げた。そして立ち上がると目的の定まり軽くなった足取りでお店を後にした。

 スカリはその姿を見送るとカウンターへ。椅子に腰掛けると大きく伸びをした。だが途中で声を漏らすと手はそのまま停止。


「あっ……残りの報酬について話すの忘れてた。――まっ、後で連絡すればいっか」


 早々に解決すると手は続きの伸びを少ししてから予定通り下りていった。


「ったく。変な空気は出禁だからな」

「折角だし愛のオムライス。通称、愛ライスっての始めたら?」

「何だか素敵ですね。いっその事それを一緒に食べた二人は結ばれるなんて縁結びのお料理にしたらもっとお客様が来てくれるかもしれないですね」

「おっ! ベアルそれ天才! いいじゃんいいじゃん。アイデア料として二割は貰おうかなぁ」


 腕組みをしたスカリは既に繁盛を確信していた。


「んなもんやるか! てめぇも出禁にしてやろうか?」

「全く。歩み続けるには変化を受け入れろって言葉を知らない訳?」

「変わらねーもんにだけ宿るモンがあるって知らねーらしいな。俺様の類稀なる最高峰の技術をそんなちゃちなもんに使う訳ねーだろ」

「はぁー。最高峰のお店がこんなガラガラって料理界の未来は真っ暗だなぁ」

「そうですね」


 悲嘆に暮れるスカリはそう言ってお客の居ない狭いお店を見回した。その隣で楽し気な表情を浮かべるベアル。


「てめぇらが気に掛けるこっちゃねぇ。俺様もな」

「まぁでも、確かにルエルの料理って最高だよね」

「毎日タダ食いしてりゃ、そりゃあうめーだろうな」

「むっ! 失礼な。ちゃーんと月末に払ってますって。ねぇ、ベアル」

「はい。まだ未払い分もありますけど、ちゃんと払ってくれてますよ」


 純真無垢な様子のベアルとは反してルエルは傍にあった包丁をスカリへと突き付けた。


「さっさと残りの報酬取ってきやがれ」


 それに対しスカリは取り敢えず両手を上げた。


「ぱ、パーレイ」

「ならまずはこのお店を海に浮かべないと駄目ですよスカリさん」

「無効だな」

「じゃあ……いってきまーす」


 そう言って苦笑いを浮かべたスカリは、両手を上げたままゆっくり立ち上がると後ずさりしながらお店を出て行った。

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