11
そんな彼と入れ替わる様に立ち上がったメーナは真壁の元へと足を進めた。
「状況は?」
「バーン。一発」
「弾は貫通した?」
「さぁ? 本人に聞いてみよっか?」
会話をしながらシャツを脱がしたメーナは傷口をじっと見つめた。すると彼女の双眸は微かに光を放つ青紫色へと変化した。
その状態で傷口から軽く全身を見回し――双眸は再び暗赤色へと戻った。
「残ってる。わざわざ叩き起こさないで済んだわね」
「それじゃあ後はお願いです」
「これぐらいならすぐ終わるわよ」
そう言いながらメーナは片手にゴム手袋を填めた。
それから器具を用意し、もう片方の手に手袋を填めてから治療を開始。まず彼女が行ったのは傷口を両手で包み込むように覆うこと。そして両手が離れていくと、青紫色の半透明な半円がその後を追い形成されていった。
その空間を生み出すと器具を手に取り迷うことない手慣れた様子で処置を開始。あっという間に血液の付着した弾がカランと膿盆に転がり、それからもスムーズに進むとほんの数十分で特に問題も無く傷は口を閉じた。
治療が済むと半円も消えそこには綺麗に塞がった傷だけが残った。
「これで大丈夫」
そして外した血塗れの手袋をまとめて膿盆に置くと、最後はガーゼを傷の上へ。
ずっと傍の椅子でスマホを弄っていたスカリはメーナの言葉を聞くと立ち上がりガーゼを覗き込んだ。
「流石は先生。手際は完璧ですね」
「暫くしたら起きると思うから」
茶化す様に手を叩くスカリをスルーしたその言葉通り、治療を終えてから二十分程で真壁は目を覚ました。そっと目を開き数秒は天井を眺め動かなかったが、探る様に少しだけ頭を動かし左右を確認する真壁。
そんな彼の視線が発見したのは台の隣で座りながらスマホを弄るスカリだった。
「おっ、起きた」
視線に気が付いた彼女はスマホを仕舞うと顔の前で何度か指を鳴らし始めた。だがすぐに真壁の手に優しく払われてしまう。
「ドラマとかでこういうのよく見るよね。意識確認する時に」
言い訳のような事を言うスカリを他所に真壁はゆっくりと体を起こした。
そして改めて部屋全体を見回す。
「ここは?」
「ん-っと。病院じゃないけど、怪我を治療して貰える場所。なーんだ?」
「闇医者」
「正解」
パチンッと軽快な音を鳴らすスカリはお見事と言いたげな表情を浮かべていた。
すると階段の方から音が聞こえ、メーナが両手にグラスを持ちながら下りて来た。右手のロックグラスでは琥珀色のウィスキーが、左手のコリンズグラスではオレンジジュースが揺れている。
「意外と早く目覚めたみたいね」
真壁を見ながらそう言うと左手のグラスをスカリへと差し出した。そして自分は階段傍の壁に凭れ掛かりながらウィスキーを一口。
「傷の具合は?」
グラスを口から離しながら医者としての質問をすると、真壁は傷口へ軽く手をやりながらどこか驚いたような様子で答えた。
「大丈夫です。痛みもないし」
「そう。もう少しだけ鎮痛効果が続くはずだけど、それからは多少痛いでしょうね」
「ありがとうございます」
真壁は座りながら頭を下げた。
「さて。早速だけど撃たれた時の事は覚えてる?」
彼の顔が上がるとスカリは本題に入った。その言葉に、真壁は片手で覆った顔を俯かせる。微かに首を振るその反応が既に無言の返事をしていたが、スカリは沈黙の中で彼の言葉を待っていた――と言うより、彼のタイミングで続きを話そうと思っていた。
そして少しして視線ごと上げた真壁は疲労にも似た顔をスカリの方へ。
「あれは一体どういう事なんですか?」
「むしろ訊きたいのは私の方なんだけど? 依頼人だから彼女自身の事はあまり知らないし、調査対象じゃないから尾行とかもしないし。確認するけど、私も見たあの人は君の恋人で私の依頼人でもある吉川光里で間違いないんだよね?」
「はい。最初は似てるだけかと思いましたが、確かに光里でした。声も顔も背丈もあの服装も見た事あります。でも……」
眉を顰めながら再び顔を俯かせる真壁。何度思い出してみても信じられない、そう言いた気な様子だった。でも同時に何度思い出してもあの場にいたのは自分の恋人である吉川光里だという確信的で矛盾的な感覚が彼を混乱させ追い詰めているのかもしれない。
そんな彼を見ながらスカリはスマホを取り出した。
「三十分後、私は彼女と会う約束をした。お互いに色々と訊きたい事だらけだと思うし、いっそのこと直接話し合った方がいいんじゃない? どう?」
だが顔を俯かせたままで真壁は返事をしなかった。親指と人差し指の腹で掴んだスマホを小さく揺らしながらスカリは先程を再現するようにただ答えを待つ。彼の中でどんな葛藤があるのか、苦悶の表情からはその断片しか読み取る事が出来なかった。
「どの道言うつもりでしたし、今の方がお互いに打ち明け合ってあっちも言い易いのかも……」
独り言のように呟いた真壁はまだ何とも言えない表情の顔を上げた。
「一緒に行かせて下さい」
「おっけ。まぁそれまでは少し休憩ってことで」
スマホをポケットへ戻したスカリがそう言うと、小さく溜息をついた真壁は体育座りをし腕の中へ顔を埋めた。
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