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「まぁ取り敢えずそこら辺でちょっと話でもどうですか?」


 そう言いながらわざとらしく悪い笑みを浮かべるスカリ。

 一方で真壁はそれにすら気が付かない程に動揺していた。突然現れた謎の女性が自分の恋人から依頼を受けたと確実な証明をして見せたのだから。

 真壁は戸惑いが隠せぬまま何も答えずスカリを見下ろしていた。


「おーい?」


 そんな口も顔も体も動かさない真壁に対し、スカリは顔前で手を振り反応を確かめる。だが見えていないかのように反応はない。


「何もんだ?」

「え? だから何でも屋って言ったじゃん」

「目的は何だ?」

「だからそこら辺も含めて話をって。話聞いてる?」


 依然とサングラス越しながらも睨み付けるようにじっとスカリへ視線を突き刺し続ける真壁。一方でスカリは微かに眉を顰め小首を傾げたまま。


「――分かった」

「よーし、それじゃあ行こうか」


 それから移動した二人は近くのカフェへ。テラス席で向かい合って座り、それぞれの飲み物が到着してからまず真壁が口を開いた。


「お前は一体――」

「だから神速スカリ! もう何屋でもいいって。依頼人は吉川光里。説明はめんどいからこれ聞いて」


 スカリは先程のスマホを取り出しイヤホンと共に真壁へと差し出した。真壁は片耳だけ付けると早速その音声データを再生し始めた。


 * * * * *


 とある小汚い飲食店の中にある隅の席。閉店してるのかと思う程にお客はいなかったが、唯一そこにはスカリと向かい合って吉川が座っていた。眼鏡を掛け長い髪は後ろで簡単に結んでおり、少し俯いた顔には表情を抜いても自信が足りてない。


「それでどんな依頼を?」

「実は……」


 言い淀んだ吉川は言葉よりも先に目の前のコップへ手を伸ばし口を潤した。


「恋人が最近ちょっと変で」

「あぁーあ。浮気調査ってやつね」


 ハッキリと言われ下唇を噛み締める彼女は今にも泪を零してしまいそうだった。その雫が何色に染まっているのかは、まだ彼女自身にしか分からない。


「相手の名前は?」

「真壁芳樹」

「仕事は?」

「会社員です」

「心当たりは?」

「いえ。キャバクラとかそういうお店にも行かない人ですし、ずっと真っすぐ私を愛してくれてました。一緒に住み始めてからは毎日幸せで。真面目な人なんです」


 それを見れば如何に彼女との関係を知らなくとも恋人か夫の話をしていると分かってしまいそうな程に、吉川は幸福に満ちた表情を浮かべていた。


「ですが最近、帰りも遅くて、家にいても心ここにあらずというか、少し機嫌が悪いと言うか……」

「単にちょっと忙しいだけとか」

「最初は私もそう思ったんですけど……」


 消えていく言葉を追うように吉川は視線を落とした。分かり易く沈んた視線は目の前に置いてある小さな水面を見つめていた。


「この前、帰って来た彼の服から女性ものの香水の匂いがしたり、あと知らない女性からの着信も。私がただ変に勘違いしてるだけかもしれないのは分かっているんですが、一度考えてしまうと不安で。不安で」


 手に覆われた口元から聞こえてくる涙声。


「ちゃんとそうじゃないって安心したいんです。そして今を支え合っていつの日か――」


 さっきまでとは一変しそこにあったのは未来への希望に満ちた笑みだった。まるで結婚前夜の花嫁のようなウエディングドレスにも負けない華やかな笑顔。


「でも浮気調査って七割ぐらいアウトなんですよね」


 ただのデータを口にしただけ、スカリにとってはなんてことない事を言っただけ。しかしその数字は残酷に彼女の心へ突き刺さった。


「……そうなんですか」


 顔を俯かせ最悪の結果を聞いたような表情を浮かべた。


「ま……まぁ、私の数少ない経験ってだけですから。それに三割って場合も全然あるし」


 今にも泣き出しそうな吉川に対しスカリは少し慌てながら言葉を並べた。


「だ、だからまぁ。まずは調査してみないと」

「はい。よろしくお願いします」


 先に顔を上げた吉川は静かに再び頭を下げた。


 * * * * *


 イヤホンを外した真壁は何かを言う前にお茶へ手を伸ばした。


「と言う訳で私は現在、あんたの調査中。ご理解頂けたでしょうか?」

「はい」


 グラスを口の前で止め、小さく返事をした真壁はまず喉を潤した。


「でも調査対象と直接会って依頼内容を口にするのっていいですか?」


 風采こそ同じものの先程までとは口調も雰囲気もすっかり変わった真壁は呟くように尋ねた。落ち着き払った様子も相まり今の彼からは裏社会の人間というのは感じられなかった。


「そりゃあ、その通り」


 パチンと鳴らした指はそのまま真っすぐ真壁を指した。


「光里……」


 真壁は更に小さく呟くと今にも割砕いてしまいそうにグラスを握り締めた。同時に顔を俯かせ、その表情もそのサングラス越しの双眸も酷く沈んでいた。


「まぁでもここ数日、あんたを尾行してて別に浮気じゃないって分かったから。それよりももっと重大な秘密がありそうだし」

「秘密ですか……」

「私は普通の会社員って聞いてたんだけど――」


 スカリは顔を上げた真壁の容姿を改めるように確認した。


「普通かどうかは分からないけど、少なくとも会社員には見えないかなぁ。いや、一応組織でその歯車の一人だし、そう言う意味では会社員なのかも?」

「そうです。自分は裏打組という組織の人間です」

「最初はいつも通りのなんてことない浮気調査かと思ったけど、意外と面白い事になってる?」


 すると真壁はそのまま打ち付ける勢いで頭を下げた。


「この事はもう少し黙ってて下さい。自分の口からちゃんと話したいんで」

「報告もまだだし、別にいいけど。何なら浮気はしてないって報告してもいいし。私は私の仕事をちゃーんと出来て、あとの事はそっちの問題って事でも」


 スカリは頬杖を突くと口角を緩めた。


「だけどその前に面白い話があれば聞きたいかなぁ」

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