2
雲一つない蒼穹から燦々と降り注ぐ陽光と囁くような風。子ども達の活発な声がどこからともなく聞こえてきそうな平和な日。外でゆったりーー思わず全てを放り出し穏やかに過ごしたくなる中、その建物は降り注ぐ日差しに負けじと華やかな光を放っていた。
そんな真昼間とは相反する建物へ入っていく少し背中を丸めた男。オールバックに派手なシャツは胸元を開け、金のネックレスが睨みを利かせている。サングラスを掛けた男は、両手をポケットに入れたまま入口の中は見えないエアードアを通り抜けて行った。
「こんな時間からカジノ?」
カジノへと入って行くそんな男と距離を取りながら視線を送る女性は眉を顰め一人静かに呟いた。
物陰からそっと顔を覗かせる一人の女性。それはお洒落にまとめられた金髪にサングラスを寝そべらせた神速・T・スカリ。下にはカーゴパンツのようなパンツとブーツ、上には水着のようなクロップドトップスとその上から長袖のシャツを羽織っている。顔を見せる腹部は括れ程よく鍛えられていた。そして片耳では複数のピアスが反対側の片手では指輪が煌めく。
「チンピラって暇なのかな?」
一人で小首を傾げたスカリはサングラスを下ろすと物陰から離れ、カジノへと少し軽くなった足取りで向かった。
エアードアを通り中へ入ったスカリを迎えたのは、雨だろうが夏だろうが冬だろうが関係ない時間の止まったような煌びやかな内装の店内。入り口から真っ直ぐ中央廊下が伸びており、左手にスロット台、右手にテーブル台が幾つも並んでいる。
スカリは辺りをざっと見回し、テーブル台へ向かう男の後姿を見つけると同じ方向へと足を進めた。
その途中、スカリは男を目で追っていた所為かチップを両手に持ったお腹同様に懐もふくよかそうな男性と軽くぶつかった。
「あっ、すみません」
反射神経を見せつけるかのように瞬時に手元のチップへ落ちないよう片手を伸ばしたスカリは男性に軽く頭を下げながら謝った。
「いやいや。いいよ」
そんな彼女に対し大勝ちでもしたのだろう心の余裕を持った男性は微笑みを浮かべ返事をした。
そしてそのまま男性と背を向け合ったスカリは、男が着いたテーブル台の手前のルーレットテーブルへ。
「スピニングアップ」
スカリが来るのを待っていたタイミングでディーラーはウィールにボールを投入。テーブル客の期待を背負った白いボールはぐるぐると勢い良く回り始めた。
「白? 黒? んー。オッドかな」
すると独り言を呟いたスカリは手品師の如く手元に黒いチップを一枚出した。それは先程、ぶつかった男性からくすねたチップだった。
彼女は言葉の後、そのチップをオッドの文字へ。くすねたチップをお客の振りをする為か何の躊躇も無く――むしろ心躍らせながら賭けた。そして期待に口元を緩ませながら回るボールの行く末を見守る。だがその視界端ではしっかりと前方のテーブルに立つ男を捉え続けていた。
するとその時。スキップを踏みながら回るボールは突然、大きく跳躍しウィールから宙へ大脱走した。賭けたテーブル客の視線を独り占めしながら空中へと飛び出したボールは、高い天井を背に弧を描きながら空中散歩。
そしてボールは隣のポーカーテーブルへと落ちていった。一番奥のお客の元まで飛んだボールは丁度、投げつけるように捲られた二枚のカードの上へ。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
だがそんなボールなど見えていないのだろう勝負の結果に男は人目も憚らず声を荒げた。
そして怒りに身を任せた男が両手を振り上げると――。首筋の小さな紋様が独りでに光を放ち始め、それに呼応し彼の両腕は一瞬にして肥大した。人間より二回りほど大きなそれは誰が見ても明らかに常軌を逸している。
しかしその事に対し周囲が一驚に喫するより先に、男はその両腕をテーブルへと叩き付けた。勝利と敗北、その叫声はあれど決してカジノに響く事の無い轟音と共にテーブルは大きく破損。更にそれよりワンテンポの間を空けて、止まっていた時間が動き出し最初の悲鳴が上がる。
そこから伝染しカジノ内は瞬く間に混乱の渦に呑み込まれた。
「コントラクターだ!」
「コントラクターが暴れてるぞ! 逃げろ!」
そしてカジノ内は優雅に賭け事を楽しんでいた紳士淑女の一変した大声と我先に駆ける足音で瞬く間に溢れ返った。
だが逃げ惑う人の波の中、スカリは平然とした様子でコントラクターを眺めていた。
「あぁーあ。こんな事で暴れちゃって。って――あっ」
するとスカリは思い出したと慌てて辺りを見回した。慌てふためく人々を視線は縫うように確認していく。
しかし追っていた男の姿は消えてしまっていた。
「ってどこにもいないし」
一人別世界にいるかのようにスカリは悠長に溜息を零し、明らかにガクッと肩を落とした。そんな彼女の横を通り過ぎてゆくポーカーテーブル。共に舞い散るカード。スペードのエース、キング、クイーン、ジャック。
そして――弾丸。
テーブルにカードとすれ違った弾丸は空を貫きながら標的へと向かっていく。その直線上にいるのはコントラクター。
だが掴み引き寄せられた別のポーカーテーブルでそれは易々と防がれた。更にその一発を追って来た数発と共に。
「さて。アンタはどっちに賭ける?」
片手に黒を基調とした拳銃を握ったスカリは、銃弾を防がれたのを気にも止めずもう片方の手を軽く伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます