第12話 爆発、それは決戦の狼煙
日が昇り始めた頃。
シルワ村の村民たちは、集会所に集まっていた。
「ほんとうにドラゴンが来るのかよ……」
「……一昨日からずっと言ってるけどどうなのかしらね」
村民たちに門の外へ出ることを禁止してすでに二日。
未だになにか異常が起こる気配がなく、ドラゴンの声や姿なども見て取れない。
軽い軟禁状態での生活の中、彼らの中には不信感と共に不満も溜まっていく。
食糧の貯蓄については、後三日程度なら持つがそれ以上の軟禁は自分たちの生活に関わってくる。
「ヴィラ村長……変なところで頑固だよな……」
「どうせドラゴンなんて来ないって……」
「あの女の子の言ったことをどこまで鵜呑みにしてるのかしらね」
村民たちは『不死の魔女』のことを知らない。
この二週間で彼らが見てきたカテナは、どこか軽いノリをした少女としての姿のみ。
そんな娘が二週間後にドラゴンが来るなど宣ったところで、それを信じる人間などいようはずもない。
だが、ヴィラはそれを鵜呑みにして、村民たちを軟禁している。
「……そういえばフェラムお兄ちゃんは?」
「あれ? ほんとうだ。いないね」
大人たちが不満を垂れる中、子供たちは今も無邪気に遊び続けている。
そんな時、一人の子供が集会所や村の中にフェラムがいないことに気がついた。
「おにいちゃーん?」
「どーこー?」
「見つかったー?」
「全然いないや」
その場に集まっていた四人の子供たちは、フェラムの姿を探してみるが、やはりどこにもその姿はない。
子供たちはフェラムよりも幼い。いつも遊ぶ時はフェラムに遊んでもらっているため、彼らはフェラムに絶対的な信頼を寄せている。
「もしかして外に行ったのかも!」
一人の子供がそう言い出した。
その言葉を聞いた三人は顔を見合わせて、確かにと頷いてみせる。
「なら、お外を見に行こう!」
その言葉を切欠として、子供たちは南門へと走り出す。
そこにフェラムがいることを期待して、また遊んで貰うために。
子供たちは軽快な走りで、いまだになにかを話し続けている大人たちの輪を掻い潜って、南門へと着実に近づいていく。
そうして、南門までおよそ百メートル付近に達したとき。
「こぉら! そっちに行っちゃダメでしょ?」
子供の一人が首根っこを捕らえられる。
捕まえたのは一人の女性だった。大きな目、白い肌、すらっとした長躯。その美貌は、この村随一とされる女性――ポルタの妻、プルケルだ。
「でもぉ……お兄ちゃんがいなくて……」
「フェラムお兄ちゃんはね? 今大事なお仕事があるから村の外にいるのよ」
「大事なお仕事?」
プルケルは頷いて、子供たちに視線を合わせる。
「そう。この村を守るために――」
プルケルがフェラムのことを話そうとした時だった。
――ゴォン、ゴォォォン……!
村の中に鐘楼の低い音色が響き渡る。
その音を聞いたプルケルはその顔を一気に青ざめさせる。
「――早く、集会所へ!」
状況が飲み込めていない子供たちは、プルケルの言葉を聞いて渋々と言った様子で集会所へと走って向かいはじめる。
プルケルはそんな子供たちの背中を見た後、柵の外で待機している柵の方へと目をやる。
「…………どうか無事でいますように」
柵の外で待機している自身の夫――ポルタと、これからドラゴンと戦うフェラムのことを思い、その手を握り締め黙祷する。
数秒ののち、プルケルも集会所へと走り出した。
――決戦まで、残り二分。
☆☆☆☆
「来た……」
――ゴォン、ゴォォォン……!
鐘楼が鳴り響く中、山を越えて飛翔してきた影を見てフェラムはその手を握りしめる。
その腰にはあのボロボロだった短剣ではなく、持ち手が銀で作られ、鍔の部分に赤い宝石が彩られた剣を挿している。さらに、その左耳には彼岸花の耳飾りを付けている。
(ここまで師匠に鍛えてもらった。啖呵だって切った。ここから先は僕が死ぬ気でやる番だ)
自身が見据えた強敵がすぐそこまで迫っている。
森でドラゴンに襲われた時、フェラムは恐怖で震え、頭に靄がかかったように適切な判断なんてできなかった。
(……緊張はしてる。でも――驚くほどに冷静だ……)
フェラムは自分に少し自信が持てたのかも――などと考えてみる。
しかし、すぐに頭を振ってそんな考えは外へ。
今考えるべきは飛来した脅威。
カテナが右手を吹き飛ばし、退かせたドラゴン。果たして今の自身にそれを倒せる実力はあるのか。
そんな不安すら、今フェラムの中からは消え失せていた。
あるのはただ一つ。
(――来い。早く、僕の前に来い)
溢れ出る闘志のみ。
きっとあのドラゴンはフェラムを見ない。敵としてすら認識していない。あれが警戒して、敵対視しているのはカテナのみ。
それ以外は存在しないが如く振る舞うだろう。
だからこそ、フェラムは自身を魅せる必要がある。
ドラゴンが闘志を剥き出し、本気で闘うのに相応しい相手だと思わせなくてはならない。
その思考が、自然とフェラムの拳に力を込めていく。
「――緊張しているのかい?」
カテナの声が思考の渦中にあるフェラムの意識を浮上させた。
フェラムはカテナの方を見ず、ただ戦意のみを灯した瞳で空に映る影を見る。
「緊張してます。でも……それ以上に、僕はあいつに勝ちたい」
「……そっか」
カテナはフェラムの表情を見て、それ以上なにも言うことはなくポルタ達門番とヴィラと共に後ろへと下がる。
それを尻目に、地上へと降り立つその影を見て、フェラムはついにその剣を抜きはなった。
その剣身はなに一つの汚れもない純白。
一切の装飾を為されていない剣身は、見る者の目にその美しさを刻みつける。
「勝てよ! フェラム! ピンチになったら俺が助けに入るからな!」
「行け!」
「負けるなよ!」
ポルタを筆頭に、門番たちはフェラムに対して声援を送った。
それを聞いて、一度頷きを返す。
「……必ず、生きて帰ってきなさい。いいね?」
ヴィラは頑張れという声はかけないと決めていた。フェラムに送りたい言葉は応援などではなく、彼を信じる言葉のみ。
それに対して、もう一度頷きを返す。
――ドゴォォォォオオ!!
砂煙が舞った。
その中央には、巨大な影が現れる。
フェラムは静かに、前へと足を進めていく。
「――もし、助けて欲しかったら、その耳飾りを強く握るんだよ?」
カテナはフェラムの背中にそう呼びかける。
それに、フェラムは何一つ反応を示さない。
「…………。……フフッ、行ってこい。フェラムなら、勝てる」
師匠からのお墨付きを貰った。
ならば、それに応えなくてはならない。カテナの目に間違いはなかったと証明してみせなくてはならない。
だから、ただ剣を天高く掲げてみせた。
『グオオォォォォ――ッ!!!』
咆哮。
舞う砂煙が一気に吹き飛ばされる。
そして、その場にいた者たちに、ドラゴンはその姿を見せた。
『――なっ!?』
ポルタたち門番とヴィラは揃って声を上げた。
カテナもその姿を見て、その目を大きく見開く。
「……どういうことだい? カテナ様、確かに右腕は――」
「――吹き飛ばした、はずだ」
カテナ自身戸惑っている。
砂煙から現れたドラゴンには右腕が――あった。
どこか歪で、骨が皮膚を突き破り、剥き出しになった肉が蠢いている。さらには、その左頬には大きな傷が残り、その部分を覆うように赤黒い血肉がある。
その姿はまさに異形の怪物。
その姿を後ろで見ていたカテナ以外の者たちは、全員恐怖で体が竦んでしまっている。
『フゥゥゥゥゥ……ッ!』
ドラゴンが見るのは、やはりカテナだった。
その目に宿るのは激情。
自身の腕を吹き飛ばしてくれた怨み。
全員が固まる中、ドラゴンはその異形となった右腕をカテナの方へと向けた。
「――なっ!?」
向けられた右腕が――――伸びた。
引き延ばされた筋肉たちは、ブチブチ――ッ! という音ともに引きちぎれていく。
完全に予想すらしていなかったそれに、カテナは反応できなかった。
もちろん、他の者たちも同様だ。
伸びた右腕は、カテナを狙ったもの。
しかし、それは周りにいる他の人間を巻き込み、多くの死者を出す。生き残ったのは、絶対に死なないカテナのみ。地面に横たわるのはぐちゃぐちゃの肉塊と成り果てた死体のみ。
「【エクスプロシオン】」
そんな未来を幻視した時だった。
ドラゴンの腕は再び爆ぜた。
カテナたちに届く前に落とされた肉の塊。
それは数秒、地面でビチビチと跳ねたのちに沈黙した。
『――――ッ!!?』
それを認識した時、ドラゴンはひたすらに動揺した。
再び、自身の腕を落とされると予想だにしていなかったのだ。
そして、それをやったのは敵として認識していたカテナではない。狩る獲物として認識していた一人の少年にやられた。
「…………来い。勝負だ――」
剣先を向けて静かに放たれた一言。
それはドラゴンに対する挑発。自身に絶対のプライドを持つドラゴンへ向けたもの。
『グオオォォォォ――ッ!!!!!!』
この日、最大の咆哮を上げる。
この時、初めてフェラムを敵と認識した。
この先、あるのは死闘。
たった今、巻き起こった爆発と咆哮。
それはフェラムと『ルブラムドラゴニス』の決戦。その狼煙である。
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