檻に降る

千崎 翔鶴

0.夕刻

 ほの暗いあおうすだいだい色が入り混じった空を、点々と墨を落としたような鳥の影が横切っていく。太陽が顔を出していた頃は白く見えていた雲も、今はもう灰色だった。まるでうろこのような雲は大きな大きな魚のものだろうが、空のどこにも魚はいない。

 空を見上げてさらされたのどを、なまあたたかい風がでていった。数カ月前ならばとっくに日が暮れていた時間も、夏至げしが近付けばまだ明るい。

 じっとりとまとわりつくような空気は、梅雨が間近であることを肌に教えるようでもあった。これが誰かの手であったのならば、きっと気持ち悪くて振り払ったことだろう。

 人間は、水の中で呼吸する方法を捨ててしまった。かつて海の中にいたはずの生物たちは、陸地に上がって水の中のことをすっかり忘れてしまった。ただ名残のような指の間を眺めてみても、えら呼吸の方法なんて思い出せやしない。

 今日も一日が終わりました。

 季節が中途半端なせいか、カエルの声もセミの声も聞こえない。どちらにしてもまだ早く、カエルはきっとオタマジャクシからカエルになれず、セミさなぎから羽化しない。

 中途半端だと、ただ口の端を吊り上げてみた。何も楽しくなくたって、人間は笑うことができる。表情筋に力を入れて、ぎゅうっと口の端を吊り上げて、ただそれだけ。なんと簡単なことだろう。

 ようやく四角いおりを抜け出して、息ができると思ったのに。やっぱり外に出たって息なんかできず、飼いならされた動物が野生には戻れないことをふっと思い出したのだった。

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