第48話 盗まれたモンクスフード

 再びルナリア公爵家の屋敷へと戻って来た私。マリアーナ様に思いっきりハグされながら出迎えられた。ちょっと首が苦しかったけど、こんなに暑苦しくハグされたのは初めてなのでむしろ嬉しかった。


「シュネルさん! 元気そうでよかったですわ!」

「マリアーナ様! お久しぶりです!」


 早速マリアーナ様の部屋にて紅茶を頂いた。あっさりした味わいがすっと口の中に広がっていく。


「美味しいです……」

「気に入って頂けて良かったです! あ、これ良かったら身に着けてみます?」


 マリアーナ様が部屋のクローゼットの中にあるジュエリーボックスを開けて取り出したのは、サファイアのネックレスだった。青いひし形のサファイアがキラキラと輝いている。しかもジュエリーボックスごと差し出してきた。


「わあ、綺麗……!」

「これ、差し上げます。あなたに似合うと思って」

「え、いいんですか? そんなお高そうな……でもってジュエリーボックスごとだなんて」

「いいんですのよ! これ、昨日買ったものなんです。ぜひ」

「わわわわ……ありがとうございます」


 こんなに綺麗なネックレス……サファイアが海のようでずっと眺めていたくなる気持ちに駆られる。

 マリアーナ様とのちょっとした茶会が終わった後は屋敷内にある図書室にて鯨類の本を読んだりして過ごしていた。そして婚約パーティーの前日、屋敷にギルテット様が兄である第3王子のウォリアー様と共に来たとメイドから教えられたのですぐに玄関へと出迎えに行った。


「ギルテット様。ウォリアー様。こんにちは」

「ああ、シュネル。元気ですか?」

「ほほう。この方がシュネルか。凛とした佇まいの方だな。初めまして。俺はウォリアー。弟がいつもお世話になっているよ」

「初めまして、ウォリアー様。シュネル・ルナリアでございます」

「では、早速広間かどこかで話をしたい。いいか?」

「ええ、ぜひ」


 それにしてもウォリアー様はギルテット様とは全然見た目も雰囲気も違う。筋骨隆々でたくましくて髪色は私やバティス兄様と同じ茶髪、それにひげが生えている。

 2人を応接室に通してメイドに紅茶を用意するように頼むとウォリアー様はミルクも欲しいと言った。メイドが部屋から一礼して去っていくとウォリアー様はソファに座りながら早速本題に入ると切り出す。


「結論から言うと俺はジュリエッタと会ってきた。バティスのお願いでね」

「は?」


 ウォリアー様? ジュリエッタってあのジュリエッタ?


「あ、あの……グレゴリアス家のジュリエッタで……合ってます? ウォリアー様?」

「ああ、そうだ。この機会を逃したらもう無いと思ったんだよ。俺はおとりさ。だから俺を警戒しないで欲しい」

「おとり?」

「ああ、おとりだよ。それにしてもバティスのやつ、俺を気軽に使ってくれるな……弟子なら師匠をやすやすと妹の方へといかせるんじゃないよ」


 はあ……と苦笑いを浮かべながら肩で息を吐くウォリアー様。 

 彼はバティス兄様が王立学校にいた時、植物学を教える師匠だった。あとギルテット様曰く彼は医学薬学にも詳しいそうで、ギルテット様が医者を目指すきっかけの1つにもなった人物だそうだ。

 つまりはバティス兄様はウォリアー様の弟子になる。そしてバティス兄様はウォリアー様が王領に行くついでにジュリエッタの監視をお願いしていたそうだ。


「王領でしばらく軍事演習と薬草の研究をする予定でな。まあ軍事演習は父上からの頼まれ事なんだが。それを聞いたバティスがじゃあついでにバカ妹が悪さしていないか監視してほしい。って頼んできたんだよ。それにタイミングよくジュリエッタからお誘いの手紙を貰ったから敢えて誘いに乗ってみたんだ」

「ジュリエッタは何かしてました?」

「いいや? でも俺に婚約してほしいって言われてな。断ったこどアイツ諦めてないな」

「でしょうね……」

「それにしても派手な女だったよ。アレは正直タイプじゃないや。俺の馬車に乗って移動したから別荘へ帰っていなければ王都の……宮廷近くの離宮にはいるはずだ」

(戻ってきているのか……)


 宮廷近くにある離宮は基本国内外の貴族や王族、商人といった客をもてなすためのいわば宿的な場所である。そこにいるジュリエッタがウォリアー様に目をつけているのは明らかである。大方私がギルテット様と婚約するのが許せないからに決まってる。敢えてギルテット様に目を付けずにギルテット様より格が高い人を選んだのか、ギルテット様にも目をつけているのかわからないけど。


(どうせろくでもない事考えてるんだろうな)

「何をお話しで?」


 応接室にマリアーナ様がグレースを連れて現れた。そこからは一旦ジュリエッタの話はやめ、ウォリアー様の植物研究の話などを楽しんだのだった。それにしてもウォリアー様はさすが研究者というべき博識ぶりだ。

 ウォリアー様とギルテット様をお見送りして、その後は夕食を食べて自室で鯨類の本と医学書をじっくりと読んでいた時だった。


「シュネル様。ウォリアー様がお見えでございます」


 こんな夜遅くになんだろうか。私はメイドと廊下で合流した白い寝間着姿のマリアーナ様と共に玄関で彼を出迎えた。


「こんな夜更けにすまない。手短に話すから中には招かなくても良い。実は宮廷内にある研究室から研究材料であるモンクスフードが何者かに盗まれたんだ……! 君達は何か手掛かりとか知らないだろうか?」


 モンクスフードは私でもわかる危険な植物だ。紫色の花を咲かせる植物で見てくれだけなら普通に可愛らしい花なのだが正体は強力な毒草である。それに昔から毒殺と言えばこれ。というくらいには相場が決まっている毒草だ。

 モンクスフードが暗殺用として使われている点は2つ。効果が早くて毒性が強いからだ。


「どのような入れ物に入れていました?」

「ああ、シュネル。ガラスの四角い入れ物だよ。これくらいのな。ああ、薬としての効能を見る為の研究材料だったのだが……」

(確か異国ではモンクスフードが毒ではなく薬として使われているのが本に載っていたのを思い出した……それと入れ物のサイズは思ったより小さいな。それにガラスケースだったら一瞬でモンクスフードだってわかるはず)

「草だけですか? それとも花も?」

「マリアーナ様。花もです。ですからすぐにわかるかと」

「ガラスケースは見てないですわね、シュネルさんは?」

「私も見ていません。研究室に出入りしていた人物へ聞いてみるべきかと」

「ああ、ここに来る前に全員に聞いてみたのだが、知らないと……」


 この時、私は少し嫌な予感をしていた。だってジュリエッタが王都に戻ってきているから。離宮にいるという事は宮廷からも近い。


「ならあとは宮廷の使用人達や宮廷に来ていた客人をしらみつぶしに調べましょう。それしかありません」

「シュネル……確かにそうだな。君の言う通りだ。では早速調べて来る。最後にこれだけは言わせてほしい」

「なんでしょう」

「明日は婚約パーティーがある。あのモンクスフードが誰かの暗殺に使われない事を祈るばかりだ。すまない、ではまた明日!」


 ウォリアー様は暗闇の中をカンテラを持って走りながら去っていった。私は心配そうに眉を下げているマリアーん様と目が合う。


「心配ですわ……もし毒殺に使われるとしたら、標的は……」

「私でしょうね。あまり疑いたくないですけど、妹が気になります」

「ああ、ジュリエッタね」

「他にもギルテット様を狙っている貴族令嬢がいたとしてもおかしくはありません。だって彼は王子ですから」

「……それと、私の可能性もありますわね。私達、お互いに気を付けましょう」

「ええ、気を付けましょう。それにしても物騒ですね」

「そうですわね、怖いですわ……」


 マリアーナ様の声は震えていた。そこにわざとらしさや演技らしさは一切ない。純粋なまでの恐怖が醸し出されている。

 早くモンクスフードが見つかると良いのだけれど。


あとがき

モンクスフードはトリカブトの事です

アルテマ王国ではまだ研究が進んでいませんが、とある異国ではこれを漢方にして使っているようです。

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