第45話 デリアの町のひと時
かくして私はシュネル・グレゴリアスからシュネル・ルナリアと名前を改めた。アイリクスそしてグレゴリアスから解放されたかのような気分を感じる。
ルナリア公爵家は私専用の部屋もドレスもアクセサリーもお化粧品も全て用意してくれていた。どれもアイリクス家でもグレゴリアス家でも使ってこなかったような代物だし、ジュリエッタが身に着けている物よりも上等品ぞろいだ。ジュリエッタが嫉妬する様子が頭の中で容易に浮かんでくるくらいの高価なものばかりである。
「これ、全部使ってください!」
「い、いいんですか……? マリアーナ様……」
「ええ、もちろん! ああ、この1着なんだけど……」
ちなみに今いるのはドレッサールームの1区画である。広い部屋にはたくさんのドレスがハンガーにかけられてハンガーラックにつるされている。そして私専用のドレスが配置されている区画は部屋の左端にあるのだ。
「これ、実はひいおばあ様のものなのです」
「ひいおばあ様の?」
「ええ、と言ってもひいおばあ様が着ていた時からだいぶリメイクが施されているので、原型はほぼ保ってないのも同然なのだけれど……これは元は当時の国王陛下から賜った大事なドレスのうちの1着なんです。なのでギルテット様と婚約するあなたにふさわしいと思って」
なるほど。国王陛下から賜ったドレスか……金色に近い黄色のドレスには細やかな刺繍が施されており、そして記事自体が分厚くしっかりとしている。レースも大きなものから小さなものまでふんだんに使用されていてこれは言うまでもなく手の込んだ代物だ。
聞けばマリアーナ様のひいおばあ様は国王陛下の妹……つまりは王女だった。彼女がルナリア家の公爵へ降嫁する際に送られたドレスのようだ。
「ありがとうございます。大事にいたします」
「ええ、あなたなら絶対に似合いますわ」
それから一旦はデリアの町に戻り看護婦として働きながらデリアの町の近くにあるルナリア公爵家の別荘で公爵家としての務めや婚約に向けた手続きを進めていく事になる。本当はこの屋敷で暮らしてもいいのだけれど、やっぱり看護婦としての職務を全うしたい気持ちもあるのだ。
「シュネルさん、元気でね」
「はい、マリアーナ様」
馬車に乗り込み、ギルテット様とシュタイナーと共にまた慣れ親しんだデリアの町へと戻って来た。
「ああーー……戻って来た!」
この潮風の香りに温かな町の空気が最高にいとおしい。馬車から降りてこの潮風の香りが漂う空気を思いっきり吸い込んだ。
「はあーー……!」
「いやあ、やっぱここは最高っすね!」
「シュタイナーはルナリアの屋敷にいる時はほんと死にそうな顔してましたもんね?」
「いやもう王子まじで勘弁してくださいって……」
私達が留守にしている間、診療所はあの薬屋の薬師である老婆が簡単な薬の処方であればという条件で診察を行ってくれていた。早速彼女の元へと向かい、お礼を言う。
「ありがとうございました!」
「いやいや、これくらい礼には及ばん。むしろこうして診療所にいた方が若い頃に戻った気がするのお」
薬師はそう言って年齢を感じさせないキラキラ輝く歯を見せて笑ったのだった。やはり仕事をしていた方が良いという考えの人はいる。そう改めて感じさせてくれる。
それから数日間はデリアの町の診療所にて穏やかに日々を送っていた。バティス兄様がいないのは少し寂しいけど彼は今新たなグレゴリアス子爵として忙しいので仕方ない。また会えるだろうからこれくらいの寂しさは十分我慢できるものだ。
「じゃあ、あとは王子に任せるとするかの」
「ありがとうございます。では早速」
あの診療所に戻って来た日。早々と荷物を診察室のベッドの下に置き、医者としての仕事を始めようとするギルテット様の姿がまだはっきりと脳裏に刻まれている。やはり彼には王子だけでなく医師という顔もある事を理解させてくれる。
(すごいなあ……)
休診の日。私達は港へピクニックに訪れた。
「いやあ、良い眺めですねぇ。あ、今日もいますか」
ギルテット様が港のすぐ近くを泳ぐシャチの群れを興味深そうに見つめている。昨日からシャチの群れが港近くに来ていると聞き、ここでピクニックする事にしたのだった。
群れは5頭くらい。その中には灰色がかった白い色をしたシャチもいる。
「あの灰色がかったのはオスですね」
ギルテット様がそう指さして答えた。
説明すると背びれが大きな二等辺三角形型なのがオス、小さな鎌状なのがメスか子供のオスになる。そして体格もオスの方が大きく、背びれだけでなく胸びれや尾びれもオスの方が大きい。
ちなみにルナリア公爵家はシャチはじめ鯨類の研究を進めている最中だから、また公爵家の屋敷に行けば鯨類の本を読んでみよう。
彼らの様子を見ながらハムとチーズのサンドイッチを頬張る。ハムとチーズの塩気はパンの甘みとの相性がとても良いのが分かる。
「美味しい……」
すると漁師のおじいさんが何やら台車を引きながらシャチの群れがいる方向へと歩いている。一体何をする気なのだろうか?
おじいさんは台車を海近くまで進めるとそこで止めた。そして台車に載せられていた木箱を持ちその中から何かをシャチに向けて放り投げ始めた。シャチは放り投げられた何かへ向かい泳ぐとひょいっと丸のみにした。
何かは……魚のように見えるがはたして一体何だろうか?
「おじいさん! 何投げてるんですか?」
「ああ、看護婦さんこれはさっき取れた魚なんだけど売り物にならないやつだ! 家に持って帰るにしても量が多すぎるからあいつらの餌にしてるんだ!」
彼が投げている魚は青魚が中心のようでざっと見積もっても5種類くらいはある。確かに売れ残りを処分する方法としては良い方法かもしれないが、傷んではいないのだろうか?
「傷んでないですよね?」
「ああ、傷む前にこうしてえさにしてるんだ。魚が傷んじまったのを食ってしまったら最悪死んじまうだろうしな」
「そうですよね……傷んでないなら安心しました」
「へえ、規格外品をああして与えているんですか。でも彼らがここにいついたらどうするんですかね?」
「ギルテット様……確かにそうですよね」
「まあ、その時はその時に考えるとしますか。ルナリア公爵家の者ならそのあたり詳しいでしょうし彼らに協力を仰ぐのも良いでしょう。とはいえ規格外品を処理するのもなかなか大変ですからね」
(やっぱ難しい所はあるよね……)
その後もサンドイッチを食べながら静かにシャチの群れを見ていたのだった。彼らは普通に泳ぐだけでなく背泳ぎして白いお腹を見せたり海藻をつっついたりして遊びながら泳いだりもしていた。やはり見ていて飽きさせない。
(面白いな……)
ピクニックを終え、片づけをしていると1人の男性が漁師へシュネル様はどちらへ? と話しているのが見えたので大きな声でこちらです! と伝える。
「ああ、シュネル様! そしてギルテット王子! 婚約の日取りが決まりましたのでこちらお渡しします」
彼から手渡されたのは白い封筒。そこには国王陛下のサインと印がでかでかと記されている。
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