第39話 ジュリエッタ視点④
私は相変わらず、屋敷にひとりぼっちでいる。メイドも使用人もいなくなった。食事を作りに来てくれるコックと平日だけ老婆の使用人1人が、別の屋敷からから来てくれているけど……食事の質は落ちているように思うわ。うん、具体的に言うと……肉が前より固くなった。噛み切れないくらいに。
ちなみにこのコックがいた屋敷はお母様の実家。お祖父様とお祖母様におじ様がいらっしゃる。お母様が亡くなってからは疎遠になっていたけど、泣きついたらなんとかしてくれると言ったからよかったわ。でも。
「あなた、ソアリス様の愛人なのですってね。しかも贅沢ばかり。山奥の屋敷で暮らしたらどう? ここよりかは暮らしやすいわよ」
「嫌よぅ、お祖母様ぁ。私そんな場所耐えられないわ」
「わがままなのは変わらないようね。そんなんではこの先生きていけないわよ。コックはよこすからあとは自分でやりなさい」
何言ってるのかしら? と思ったのもつかの間。私は後ろから来た門番に取り押さえられる。そしてそのまま屋敷から追い出された。
そして屋敷へととぼとぼと帰る羽目になったのだった。
「はあ、暇だわ……」
何しようかしら。今、屋敷には馬車があるにはあるけどメイド達がいないから買い物出来ない。鏡を見ても私の顔がなんだか嫌になる。お姉様よりも美人なはずなのに。
「ソアリス様に会いたい……」
そう呟く。だって全然お会い出来ていないもの。早く会いたいのに……。
すると使用人が部屋へとよぼよぼと歩きながら震える声で大変です! と言ってくる。何かしら?
「何? 何かあったの?」
「ソアリス様が……! 意識を失っていると!」
「なんですって?!」
使用人の近くには情報をもたらしに訪れたアイリクス家のメイドもいた。彼女に何があったのかを詳しく聞くと、彼は馬車から落ちて身体のあちこちを打ち、気を失ったという事だった。
「なんで馬車から落ちたのよ?」
「実はギルテット王子のいるデリアの町に向かっていた所何かあってギルテット王子の機嫌を損ねたらしく、馬車に連れ込まれて町から追い出されたそうです。その際に馬車から飛び降りるようにして落ちていった、と」
「何よもう。何よそれ……」
「そして今はデリアの町から別の場所に移送され、療養所に移されたそうです」
「その療養所はどこ?」
「確か……〇〇の街だったかと」
「今から行くわ。道を案内して頂戴」
「お嬢様?!」
使用人が驚いた様子で私を見る。当たり前じゃない。早くソアリス様の元へと行かないと!
「ドレスは……着替えるの面倒だからこれで行くわ! 早く準備をして! 馬車も!」
「は、はい!」
使用人とメイドが慌てふためきながらソアリス様のいる診療所へと向かう準備を進めた、しかしすぐに馬車に乗っていける訳でも無かった。なぜなら使用人の老婆が慌てていて馬車があるにも関わらず手配しようとしていたからだ。本当に役立たずな使用人を寄越したわねお祖母様……。
ようやく馬車に乗り療養所に到着する。門番にソアリス様に合わせて欲しいと告げると、今彼に会う事は出来ないと言われる。
「どうしてよ? 私はジュリエッタ・グレゴリアス。ソアリス様とは懇意にして頂いている仲よ?」
「……わかりました。少しだけなら許可しましょう。しかし絶対彼の身体には触らないでください」
「なんで触ってはいけないの?」
「彼は頭など身体のあちこちを打っています。さらなるダメージを防ぐ為です。ご了承ください」
「わかったわ」
それなら仕方がないわ。私がソアリス様の身体を闇雲に触ってダメージを負ったらいけないものね。それくらい我慢出来るわ。
ソアリス様のいる部屋は個室。ドアを開けると中には白い簡易なベッドの上で横向きに寝かされているソアリス様がいた。彼のご両親も来ている。
「ごきげんよう。ソアリス様のお父様とお母様」
「あなたは……」
「ジュリエッタ・グレゴリアスですわぁ。お姉様がお世話になっております」
「ああ、シュネルさんの妹か」
「そうみたいですわね、あなた。シュネルさんとは間逆な方だけど」
今、ここで私をご両親にアピールすればソアリス様の妻になれるかもしれない。ちゃんとアピールしなきゃ!
「ソアリス様……ううっ、悲しいですわ……」
「あなた、ソアリスと仲が良かったのかしら?」
「ええ、はい! ソアリス様には本当良くしていただきましたわ! ソアリス様と結婚したいくらいに!」
「そう、そうなのね……」
ソアリス様のお母様が私から視線を逸らしソアリス様を見ている。
「あなた、ソアリスと仲が良かったのね」
「はい、そうです!」
「……すみませんが、出ていってもらえるかしら? 申し訳ないけど今は家族だけにしてもらいたいの。……ごめんなさいね?」
「あ……」
「ジュリエッタ嬢。すまないが……妻の言う通りにしてくれるかね?」
「……はい」
(なによ、それ……)
私は歓迎されてないし、お呼びじゃないと言われているものだ。
「ソアリス様! どうか目を覚ましてくださいましね!」
私は彼へとそう呼びかけて陰気臭い療養所を後にするより他なかった。
それから何度か療養所に行ったけど今度は部屋の中にも入れさせてくれなかった。何でかは分からない。
そしてある日何もする事が無くてベッドで寝ていた時、使用人の老婆が警察を連れて現れる。
「ソアリス様が死にました!」
「え?」
ソアリス様が死んだ? どうして? どうして死んだの?
「……なんで?」
「療養所を抜け出し、ギルテット王子とシュネル様に襲いかかった所を配下の者に切られて死んだそうです」
「は?」
ソアリス様がギルテット王子に襲いかかる? そしてシュネル……今、シュネルって言った?
「シュネル……まさか、お姉様?」
「はい、そうです。デリアの町にいたそうです。ソアリス様とはもう離婚しておいでで姓もグレゴリアスのものに戻っておいでで……」
「はあ?」
お姉様がソアリス様と離婚してた? そしてソアリス様はギルテット様の配下に殺された?
そんなの嘘よ。嘘に決まっている!
「そんなの嘘よ! ソアリス様が死ぬわけ……」
警察の人と目が合った。警察の人がきっと私を睨みつけて来る。何なのよ、私何か悪い事でもした?!
「ソアリス様は死にました。お認めになってください」
「……」
ソアリス様の死を受け入れられないまま私は彼の葬式に参列した。お姉様とバティス兄様は最後まで現れなかったけど愛人達がこぞって参列していた。
「ああ、この方グレゴリアス家の?」
「やだあグレゴリアスの悪魔の娘じゃない」
「もしかしてあのグレゴリアスの悪魔の娘がソアリス様を殺したのかしら? いやだわあ」
ひそひそと後ろから聞こえて来る陰口達。私は我慢できずに彼女達へと向き直り、持っていた喪服用の扇子で顔を思いっきり叩いてやった。
「ちょっと! 何するのよ!」
「あなたが陰口を言うからでなくて?」
だってそうじゃないか。先にけしかけてきたのはそっちよ。あなた達が陰口を言わなければ私だってこのような事してないわよ。
「ふん! もっと叩いてやるわよ!! ソアリス様が死んだのはお姉様のせいよ! お姉様はギルテット王子を誘惑しようとしている悪女なのだから!!」
バシッ!!
陰口を言っていた愛人達に馬乗りになり何度も扇子で顔を叩く。周りはうろたえながら様子を見ているだけだ。
でも数十秒ほど経ってから周囲にいた男達が止めに入って来た。私を後ろ化から羽交い絞めにして引き離しにかかる。
だってそうだ。お姉様が全て悪いのよ。お姉様がいなければ私はソアリス様と結婚できていたのに。
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