第36話 とある令嬢の話

 その夜。私達は牛肉を煮込んだものとパンを食べていた。するとシュタイナーが何かを思い出したかのようにちょっと話があるんですけどいいすか? と口を開いた。


「はい、なんですかシュタイナー?」

「ソアリス様の葬式で俺はある令嬢からいくつかの話を聞きましてね。まあ夏の夜の話だと思って聞いてやってください。ちょっと怖いかもですけど」

「そうですか。では俺は大丈夫なのでどうぞ。シュネルとバティスは怖い話でも大丈夫ですか?」

「はい。私は大丈夫ですよ」

「僕も大丈夫です。ギルテット王子」


 私は別に怖い話は何とも思わない。おまじないとか占いとかは信じるけどそれは令嬢ならよくあるくらいだしオカルト至上主義って事もない。

 ある令嬢……どうせソアリス様の愛人だろうけど、まあ聞いても良いか。


「じゃあ話していきますね……怖いと思ったら自室へと避難してくださいよ」


ーーーーー


 私は○○侯爵家の令嬢ですわ。あ、誰かにこの事を話す時は私の名前と家名は伏せてくださいませね? うちの家は由緒ある家庭ですから、何か……そうですわね、傷が少しだけでもあっては大変ですから。

 私がソアリスと初めて出会ったのは貴族学校での事でしたわ。私は侯爵家の人間でしたから貴族学校へは馬車で行き来していましたの。貴族学校は基本全寮制だったけど侯爵以上の爵位を持つ家庭は家から馬車で通う事が許されていましたのよ。

 そんな中、ソアリスは地味な存在でしたわね。成績は良かったですけれど基本は無口であまりおしゃべりはしない子でしたわ。いつも教室で本を読んだり絵画を見ていたりしていました。

 その代わりシュネルさんは有名でした。ええ、もちろん悪い意味で、ですけれどね。


「あなた子爵家の癖になんで馬車で登校するのよ?」


 と、年上の令嬢方がシュネルさんに目をつけていました。


「すみません。父親が寮に入るのを許さなかったもので」

「……そんな事ってある?」


 という会話が起こったそうですわ。まあ、あの子も年上の令嬢方に目を付けられるだなんてと思いました。でも彼女訳ありって感じの子でしたから。今思うと父親はあのグレゴリアスの悪魔ですものね。妹君もわがままで同じくソアリスの愛人だったと聞きますからだいぶ苦労をされてきたんだと思われますわ。


「この子、服もボロボロじゃない?」

「関わらないでおきましょう。何があるかわからないわ」

「そうね」


 シュネルさんは私達の間でも関わらないように。という空気でしたわ。ソアリスも勿論シュネルさんへは積極的に関わろうとはしていませんでしたわね。あの時はまだ意識すらしていなかったんじゃないかしら?

 ある日の事でございました。16歳の時だったかしら。令息達と令嬢達で教室を分けて子作り……性教育の授業が行われました。令息達へ行われた授業の内容はご存じありませんけど、私達令嬢達への行われた授業はもっぱら閨でのやり取りでしたわ。


「いいですか? あまり声を出してはなりませんよ。恥ずかしい、痛いからって抵抗するだなんてもってのほか! 大事なのは殿方のなさるがままです!」


 そのような感じで授業が終わりましたわね。休み時間はその話でもちきりでしたわ。令息達がちらちら私達を見ているのは覚えていますとも。

 性教育の後、男女で踊りの練習が始まりましたわね。社交界へ羽ばたくには踊りが出来なければ意味がありませんから私はこの練習には熱心に向き合っていましたわ。性教育のすぐですから、皆沸き立っていました。その時のソアリスはいつも通りと言いますか、無口な印象でしたわね。

 踊りの練習では令息がカップルを組みたい令嬢を誘わなければならない決まりがありますの。お誘いが無ければ見学する事になって笑われる。ソアリスはと言うといつも見学でしたしそもそも踊りの練習には来なかった。シュネルさんですらお誘いを受けていましたからね。正直彼の行動は浮いていましたわよ。シュタイナーさんもこの行動が異常な事は十分おわかりだと思いますわ。

 それで……ある日私は気になって練習に来ないソアリスの後をつけた事がありまして。練習にいない間はどこにいるのかしらと思いましたの。

 彼はどこにいたと思う? 正解は貴族学校の中にある美術館。そこにある女神の像をじっと見つめていましたわ。女神の像は傷1つ無い精巧緻密で美しいもの。そんな像を彼はただただ見つめていたわ。ズボンの股間周りに立派なテントを作ったまま、ね。あら、そういう話がお嫌いでしたらごめん遊ばせ。


「ソアリス、何をされているのかしら?」

「あなたは……」

「踊りの練習は?」

「あんなのには興味が無いよ。僕はこの美しい像を見ているだけで良いから」

「そう……」


 だから貴族学校では彼は女子には興味無いと言った具合だったから、彼がシュネルさんと結婚した時は変わり者同士お似合いだと最初は思いましたわ。でも……嫉妬が芽生え始めました。私より早く婚約して結婚するだなんてって。私には婚約話が来ないんですもの。姉妹が多すぎるから、でしょうね。ああ、これ以上話せば誰かわかってしまうわね。今の話は内緒にしてくださいまし。

 そして2人が結婚して1年が経過した時。私はソアリスと王都にある美術館で再会しましたわ。その時彼はなんて言ったと思います?


「僕の愛人になってほしい」


 そうですわ。ストレートにそう言うものですから驚きましたわ。でも私には断る理由は無かった。シュネルさんへの嫉妬も後押しして彼と関係を持つ事に決めました。

 最初に彼と寝たのは私の家が所有する小さな別荘。ここで家族にバレないようにひっそりと3日3晩抱き合いましたわ。

 これが私のはじめてだった訳でしたけど、痛くはありませんでしたね。少し、くらいですか。

 しかしながらこの事が家族にバレてしまったらおしまいですから、抱く頻度は減っていきましたわね。それに彼には愛人が何人もいるという事も知りましたし、私を抱く間もたまにシュネルさんの事を呟いていましたから、私を愛していないのは明白でしたわね。

 

「ソアリス」

「?」

「どうして私を愛人にしようとしましたの?」


 我慢出来なかったので、私は彼へ思い切って質問してみました。すると彼は驚きの言葉を口にしました。


「シュネルにはずっと処女でいてもらいたいんだ。それに君なら処女じゃなくても構わないし」

「なぜですか?」

「愛しているものの身体に傷をつけるなんて僕には無理だからね。シュネルは美しいから」


 ……私はシュネルさんに負けていたのです。

 シュタイナーさん、私はこれから修道院でシスターになろうと思っています。昨日縁談が来たばかりなのですが私は断るつもりです。こんな汚らわしい私と結婚するなんて不幸だと思いますから。

 シュネルさんには申し訳無い事をしましたし、その禊でもあるのです。

 シュタイナーさんに打ち明けられて良かったですわ。少し胸のうちが楽になりました。それでは、失礼いたします。





ーーーーー



「……話は以上すね」


 シュタイナーの話が終わった。侯爵令嬢で姉妹が多いのは1つ心当たりがあるけど、これ以上彼女について突っつくのは違うと思うのでやめておこう。それに彼女は反省の意志を示している。それならもういいか。 


「ソアリスの罪深さがわかりましたね。本当に……」


 ギルテット様のなんとも言えない言葉が静かに部屋中にこだました。

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