第35話 亡骸

 ソアリス様の亡骸は一旦は診療所の中にある彼が気を失っていた時に使われていた部屋へと収容された。そこで彼の亡骸は一旦綺麗に清められる事になった。具体的には血を濡れタオルで全て落とし、背中に切られた傷をギルテット様がため息交じりに縫った。そして到着した警察へと氷袋いくつかと一緒に渡したのだった。

 

「ありがとうございます」

「警察の方々、検死は行いますか?」

「いや、行わなくて良いでしょう。ただ実験はするかもしれませんが」


 ここに出てきた実験と言うのは、要は解剖実験の事である。医者を目指す者達はちゃんと身体の仕組みを知っておかなければならない。どこにこの臓器があるとか、血管の位置とか……。しかし解剖できる遺体が手に入る機会はそう多くない。なので大体は刑が執行された罪人の遺体が解剖実験に使われる事が多い。


「シュネル、どうします?」

「まあ、それで役立てるのならお願いします」

「わかりました。もし実験に使うようでしたらその前に彼の両親にも許可を取ってからにしますのでご安心を。それでは失礼します」


 ソアリス様の遺体を乗せた白いシンプルな馬車が、ごとごとと雨風に打たれながら王都に向けて歩み始めたのだった。

 

「……はあ」

「ギルテット様」

「いや、ちょっと……疲れてしまいました」


 彼の目と目元には疲労の色が見え隠れしている。今日は彼の騒動があったので急遽診察を取りやめてはいる。


「ギルテット様。一旦ベッドでお休みになられた方がよろしいかと」

「シェリーさんの言う通りにします……」


 ギルテット様は脚を引きずるようにして家へと帰り、自室にあるベッドの中へと潜るようにしてぐうぐうと寝始めたのだった。

 家には私とバティス兄様、シュタイナーの3人がリビングで椅子に座ったり紅茶を飲んだりして過ごしている。雨は更に勢いを増しざあざあと力強く降り続いている。それに風も強くなってきた。


「雨すごいな」

「そうですね、バティス兄様」

「あいつ……シュネルが好きなら我慢なり加減しろっていうか……ちゃんと愛していたらあんな事にはなってなかったのにな」

「……もし、あの人が私との初夜を普通に終えてくださっていたらどうなっていたでしょうね」

「普通にヤってたらって事?」

「そう」

「普通にヤッてシュネルに子供が出来ていれば……何事も無かっただろうな。それが男子ならなおさらだろう。でも何事も無ければアイツの異常な部分が表に出る事も無かったと考えるとぞっとするかもな。や、待てよ……」

「バティス兄様?」

「あいつはシュネルが処女じゃなきゃ嫌なんだよな。だったら初夜を普通に終えると言う選択肢はハナからなかったんじゃね?」

「ああ……」

「たらればの話はもうここでやめとくか。これ以上死んだやつの話をしたって無駄だ! すまんなシュネル」

「いいえ、バティス兄様は悪くないですよ。それにたらればを語りたくなるのも仕方ないですよ」


 そりゃそうだ。あの時ああしていたら、あの時ああしてればよかった。そう語りたくなる事はこれまで山ほどあったのだから。でも語りだしたらキリがないのもそう。

 

「もうソアリス様はどうだっていいです。あの人はもう過去の人。振り返る必要も無いです」

「ああ、そうだな……。シュネルの言う通りだ」


 バティス兄様がうんうんとうなづく。そこへシュタイナーが淹れたばかりの紅茶の入った白いポットを片手に紅茶のおかわりはいりますか? と聞いてきたので少しだけ貰う事にした。


「お願いします」

「はいよっと。これくらいでいいすか?」

「はい。ありがとうございます。……美味しいです」

「シュタイナーさんの紅茶は美味しいよね。昔から変わらない」

「ははっバティス様からそう仰っていただけて光栄ですよ」

「おや、紅茶ですか」


 ギルテット様がこちらへと目をこすりながらやって来た。シュタイナーが紅茶いりますか? と彼に問うと少しだけ入れてくださいと答えたのでティーカップに入れてもらい、そのままゆっくりではあるがごくごくと飲んだのだった。


「ギルテット王子、よく眠れましたか?」

「や、もう少し寝ます。体力が回復出来てないので。あなた方も無理しないでくださいね」

「はい」


 それから夜はシュタイナー特製のクラムチャウダーを食したのだった。貝に骨を取り除いた魚の切り身がごろごろ入ったクラムチャウダーはパンとの相性は抜群だった。

 その後。ソアリス様の死が王都中に広まった。彼の死は王子であるギルテット様と私に危害を加えようとした結果部下によって切り捨てられたという事になった。

 ……勿論、彼の事は全て包み隠さず広められた。ジュリエッタら愛人の存在や私をどう愛していたのか、についてもである。

 彼の死が伝えられ程なくして、彼の葬儀がひっそりと静かに王都の郊外にある貴族墓地にて執り行われた。私は出席しようか少し迷った(正確に言えば行かないといけないのではないかという責任感に近い何かに駆られた)けれど、ギルテット様から行かなくて良いと言われ行かない事にした。勿論バティス兄様も欠席しシュタイナーは様子を探る為に変装して遠くから葬儀の様子を見に行ってくれた。


「葬儀にはジュリエッタ様も愛人の方達も何人か参列されていました。ジュリエッタ様は泣きながらソアリス様の死を悼んでましたよ」

「シュタイナーさん、何か言ってましたか?」

「私はソアリス様と結婚したかったのに! とね。しかしながら葬式のあと他の愛人達と小競り合いがありまして」


 やはりジュリエッタらしい。彼女の事だから他の愛人の存在は気に食わないものだろう。


「葬式に来ていた愛人は皆貴族令嬢か高級娼婦か大商人の娘か金持ちばかり。最終的には取っ組み合いが始まったんで俺も仲裁しなくちゃいけなくなって大変でしたよ……」

「そうでしたか……」


 ジュリエッタはソアリス様を亡くした事でかなりショックを受けているらしかった。それだけでなく愛人達と取っ組み合いの喧嘩を始める前にソアリス様が死んだのは私(シュネル)のせい。シュネルはギルテット様を誘惑して王子妃になろうとしている! という話を参列者の間に広めていたそうだ。


「ただ、ソアリス様のご両親は否定していましたけどね」

「そうなんですか?」

「シュネルさんは良い方だった。と、ジュリエッタ様の話を否定していました。ジュリエッタ様今頃気が気じゃないでしょうねぇ」

「あの子、嫁ぎ先どうするんでしょうね?」


 そういえばジュリエッタに縁談なんて届いていたかしら? 記憶にない。


「どうも男爵家から縁談頂いたみたいっすけど……断ったみたいっすよ。相手が自分の父親と同じくらいの年で太ったいやらしい醜男だからと言って」

(そりゃあジュリエッタなら断るだろうな)


 まあ彼女の事は良いか。たとえ悪評をふりまかれてもあの容姿なら縁談には恵まれない事も無いだろうし。

 しかしソアリス様が亡くなった事で私は心の中のもやもやした何かが取れてすっきりしたかのような、そんな気分を感じていた。

 もう彼の両親とも会う事も無いだろう。さようなら。



あとがき

デリアの町で作られるクラムチャウダーには魚の切り身も入れるのが特徴です。

魚を無駄にしないデリアの町ならではの風習ですね

 

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