第33話 信じたくないような出来事
「はい、では処方箋を薬屋に出して薬を受け取ってくださいね」
「お姉ちゃん、お薬苦いのに飲まなきゃだめなの?」
母親とともに診療所に来た11歳の男の子は昨日の夜から熱を出している。咳もしているので薬が何種類かギルテット様により処方されたが、彼は薬が苦いと言って飲む気を見せない。
「確かに苦いけど我慢して飲めば良くなるよ」
「でも……やだなあ」
「そういえば……これ丸薬タイプがある薬でしたね。ギルテット様、これ丸薬タイプに変えても大丈夫ですか?」
粉薬より丸薬の方が苦みは感じにくいだろう。しかしながら丸薬という事で飲み込みづらさや最悪のどに詰まる危険性もある。
「大丈夫ですよ。11歳ならもう丸薬でもいけるでしょう?」
「いける? ちょっと飲み込みにくいかもしれないけど」
「いけるよ、お姉ちゃん」
「シェリーさん。試しに薬屋で丸薬いけるか試してもらってください」
「わかりました。ちょっと試しに飲んでからにしよっか」
「うん、お姉ちゃんと王子様がそう言うならそうする」
「すみません……シェリーさん王子様……それでお願いします」
私は2人を連れて診療所から薬屋へと移動した。町の人通りはいつもと変わらないくらいでぽつぽつとした具合だ。
「あ、雨……」
どんよりとした曇り空から、小雨がぽつりぽつりと落ちてくる。薬屋へと向かう足を急がせ、親子2人を店内へと案内した。薬屋の主人である老婆に先ほどの話を伝えるとすぐに同じサイズの丸薬とお湯の入ったコップを用意してくれた。
「これは薬ではなく、栄養剤になる。だから飲んでも害は無いから気にせず飲んどくれ。これがお湯じゃ」
「ありがとう、薬屋のおばあちゃん」
「飲み方はわかるか?」
「うん。お母さんやおばあちゃん見てるからわかるよ」
丸薬を手渡された男の子は丸薬を口に含むとお湯をごくごくと飲んでいく。まるで丸薬を飲む事に手慣れているかのような動きだ。
「飲めたよ。これならいけそう」
「よかったわい。じゃあ、丸薬で出しておくぞ」
こうして薬の処方が決まり私は3人に礼をしてから診療所へと戻った。まだ雨足が強まる気配は無さそうだが、それでもポツポツと降っているのに変わりはない。
「ギルテット様、おまたせしました」
診察室の中で男の子の様子をギルテット様に報告すると彼は穏やかに良かった。と返す。
「じゃあ、これからあの子は丸薬タイプでいきましょう」
「そうですね」
「ギルテット王子!」
バティス兄様とシュタイナーが大きな木箱を持って診察室の前へやってきた。木箱の中にはさっき釣れた魚に貝がごろごろと入っている。そういえばこの2人は朝から漁の手伝いに行ってたんだっけ。
「新鮮な魚介類が手に入りました!」
「いいですねえ、これ焼いたりクラムチャウダーにしましょうか」
「ですね! これ今から下処理してきます!」
2人は木箱を持って家へと向かっていった。あれは今日の昼食と夕食が楽しみになる。
クラムチャウダーや焼くのも良いし、スープにするのも良いな。あれ、汁物ばかりになるか?
あれこれ考えていると、ギルテット様が私の顔を覗き込んできた。
「何考えてるんですか?」
「ああ、昼食と夕食何にしようかなって」
「あれだけの量でしたからねえ。色々試すのもありかもですよ」
「ふふっ楽しみになってきました!」
「俺も料理するのが楽しみですね」
と、語らっていると鎧を身に纏い武装した兵士が1人早歩きで診療所のドアを開けて中に入ってくる。
「すみませんおふたりとも。少々お時間よろしいですか?」
何だろう。私は彼を診察室の中に招き入れる。
「何かありましたか?」
「王子、厄介な事が起こりました。目覚めたアイリクス伯爵が療養所を抜け出したんです」
「え?」
ソアリス様が療養所を抜け出した?
ああ、もしかして嫌な予感はこの事だったのか?
「目が覚めたアイリクス伯爵は両親からシュネル様との離婚が成立した事を知らされたそうです。その時は放心状態だったそうで何も抵抗等はしていなかったのですが、両親が帰ったその日の夜、療養所の看護婦が部屋にいる見回りに来たらもぬけの殻だったそうで」
「ええ……」
「嘘でしょ、じゃあこっちに来るんじゃ」
という私の悲鳴混じりな呟きに兵士はうなづく。
「なので先手を打ってこちらに来た次第です」
「わかりました。ソアリスの生死は問いませんか? それとも生きて療養所へと送還ですか?」
ギルテット様の目つきが真剣かつ冷たいものへと一瞬で変わった。
「……王子、死んでいても構いませんか?」
「俺は構わない。むしろあのような人の話を聞かないやつはその方が良いです」
「わかりました。たとえアイリクスの伯爵を殺すような事があっても、ですか?」
「勿論です。やってください。あとで父上に上手い事報告しておきます」
「かしこまりました」
兵士は診療所を素早い足で出ていった。今、患者がいなくて良かった……。
「ギルテット様」
「シュネル。安心してください。俺達がいますから必ずどうにかなります。だから大丈夫」
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