第28話 どうやって

「お話よろしいですか?」


 ギルテット様が部屋に入って来た。その後ろからはひょっこりとシュタイナーとバティス兄様が顔を出しながらも部屋に入って来る。


「話は聞かせてもらいました。あなたは今、そのお腹の子の父親と俺どちらを愛しているかと聞けば俺にはなるんですよね?」

「7対3って感じね」

「まだ彼の事も愛していると」

「ええ。ふんぎりはまだついてないの……」


 シャミリー王女はこのタイミングで両手で顔を覆って泣き始めた。泣き真似なのか本当に泣いているのかは知らないけど。


「王女なのだから1人で産み育てるのも可能でしょう。金銭的に困らないですし、養育は乳母やメイドと協力してやって行けば良い」

「でも……お父様が許してくれるかしら……」

「正直に話してください。嘘を付くよりかはマシでしょう」

「ねえ! お父様が許してくださらなかったらどうしましょう!」


 シャミリー王女がギルテット様の両手を握りしめ、縋るようにして迫る。


「……分かりました。あなたの父親に手紙を書きます。子供には罪はありませんから。あなたとの縁談はお断り。そして子供をちゃんと産み育てられる環境をお願いしたい、と。俺の父上にもそのように話を通しますから」

「そ、そうですか……」


 シャミリー王女は一度床に視線を落とすと、再度ギルテット様をじっと見つめる。


「やっぱり……あなたとは結婚出来ないのね?」

「はい。諦めてください。あと俺には結婚すると決めた女性がいるのでね」


 ギルテット様はそうきっぱりと告げると、ちらりと私を見たのだった。それに気がついたシャミリー王女は私をじっと睨みつける。


「あなた看護婦よね? どうやってギルテット様を誘惑したのかしら?」


 言い方こそ丁寧だが、言葉の節々に怒りを感じる。だが私はギルテット様を誘惑してない。私の行動で誘惑したとなると……。


「はい。それは仕事です」

「……仕事?」

「看護婦としての職務を全力で全うしているだけですわ。タネも仕掛けもありません」


 そう言ってにっこりと笑ってやる。シャミリー王女は一瞬キョトンとした表情を見せるがすぐにははは……。と乾いた笑いを見せ始めた。


「そう……あなた真面目なのね。真面目なのは良い事だわ」

「ええ、そうでしょう」


 シャミリー王女はすくっと立ち上がる。その表情はどこかスッキリとしているように見えた。


「皆様迷惑をおかけしてすみませんでした。どうぞお健やかに。ではごきげんよう」


 彼女は最後にドレスの裾を軽く持ち上げ、王女らしい品のあるお辞儀をして退出していった。


「出ていきましたか……」

「そうみたいですね、ギルテット様」

「……手紙を書きに部屋に戻ります。書き終わったらあの国のものに渡します」


 ギルテット様は急いで自室に戻り、手紙を書いた。それをシャミリー王女の侍従に渡すとその足で国王陛下の元を訪ね事後報告という形で報告をした。


「そうか、わかった。こちらからもフォローを入れておくとしよう。ギルテットには申し訳無い事をしてしまったな」

「いえ、父上。気になさらないでください」


 こうしてギルテット様の縁談による騒動は幕を閉じた。帰りの馬車に乗っている時、ギルテット様は私を見てそういえば。と口を開く。


「あそこまでシェリーさんがはっきりシャミリー王女に対して話すとは思ってもみませんでした」


 確かに今思えばあそこまでよくシャミリー王女に食らいついたもんだと振り返る。


「もしかしたらですけど……」

「もしかしたら?」

「ちょっと嫉妬していたからかも、ですね。こんな人とギルテット様を結婚させるなんていかがなものかと」

「ご心配なく。俺が結婚したいのはシェリーさんだけですからね」


 ギルテット様はそう言うと、私の右手を優しく握りしめてくれた。彼が私の手を握ってくれるとなんだか安心する。心が落ちつくのだ。


「ありがとうございます。落ち着きます」

「でしたら良かったです」

「ギルテット様の手は魔法の手ですね?」

「そうですか? 俺は魔法は使えません。真心を込めて握ってるだけです」


 優しく笑みを見せるギルテット様。私はそんな優しく穏やかな彼とずっと一緒にいたい。心の奥深くからそう感じさせてくれる。

 もし彼ともっと早くに出会っていたらどうなっていただろうか。結婚するのがソアリス様じゃなくて、ギルテット様だったら……どうなっていただろう。ふと気になったので頭の中であれこれ妄想してみる。

 今と変わらずデリアの町にいるかもしれないし、もしかしたら宮廷で生活しているかも。あた、でも後者だったらどうだろう、窮屈な生活になったりしないだろうか? でもギルテット様が一緒なら怖くないかも。


「ギルテット様」

「シェリーさん?」

「もし……結婚したのがソアリス様じゃなくてギルテット様だったら……どうなっていたのかなって」

「ああ……案外デリアの町にいて今と変わらない生活をしているかも、ですね」

「やっぱりそう思いますか? 

「はい。何となく、ですけどね」


 ……こんな話、シュタイナーとバティス兄様が別の馬車で良かったかも。

 馬車が診療所の前に到着する。馬車から降りる前に窓から外の景色が見えた。

 高貴そうな服装をした男性達が診療所の前を取り囲んでいる。そのうちの1人はソアリス様だった。


「王子はどこだ! 王子はいないのか?!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る