エルフの想い人

(成功か……いや、まだだ)


 ミラと一緒に城にやってきた俺の腕の中には、既に師匠が居る。

 ポーっとした様子で見つめてくる師匠はとても大人しいのだが、この様子だと俺だってことには確実に気付いてるよな。


「……ミナトですね?」

「うっす」


 ほら、やっぱり気付かれてた。

 まあ師匠とずっと一緒に居たので、基本的にどんな格好をしていても師匠は俺に気付くだろう……でも、こうして城に乗り込むなんざ大悪党って感じがして中々に心が躍る。


「いやぁ……ちょいノリノリになるなこれ」

『くくっ、デカいことをやるなら楽しんだもの勝ちだ』


 ちなみに、こうして城に向かう前でもミラはノリノリだった。

 今までドラゴンとして過ごしていた反動というか、こうして恐怖が混じりながらも純粋に突然のことにハッとする人間の反応だったり、今まで見たことがない光景を見れたり、そして師匠を助けたりするという行為そのものが新鮮で楽しいようだ。


「すいません師匠、助けに来ました」

「……聞いてはいました。誰かが来てくれると」

「……助けるというよりは連れ出すという意味もありますが、これ以上ちょっかいを出されないように、そして師匠には特別な誰かが居るんだと思わせれば良いかなと思って」

「なるほど……」

「ですから師匠、今だけは俺の大切になってください」

「……はい♡」


 よしっ、これで良いだろう。

 今、この場では俺……いや、俺よりも圧倒的にミラの存在感が場を支配している。

 あまりに静かで、あまりに動きがない。

 ここに居る人たちは皆、こんな間近でドラゴンを目にしたことはないだけでなく、まさか会えるとも思っていないからだろう。


「っ……エリシア殿! これは……どういうことだ?」


 だが一人、動く存在が居た。

 それは第二王子イザーク……今回の元凶みたいなものだが、この言葉には俺が答えなくちゃいけない。


「彼女の代わりに俺が答えさせてもらおうか……まず、彼女は俺の大切な存在だ。相手がいくら王子とはいえ、ちょっかいを出されては流石に俺も気が悪い。それに今までも彼女はずっと断り続けていただろう? 俺はドラゴンライ……ふぅ……俺はドラゴンライダー――神話に生きるドラゴンを手懐けた存在故、俺のことを明るみにしてほしくないと頼んでいた」


 ドラゴンライダーなんてものは存在しない……でもちょっと、かっこいいだろって名前だけは思った。

 ドラゴンを手懐けているだけでなく、その男が大切だと言った師匠に対する視線が二つに別れた――どれだけの力や人脈を秘めているんだという羨望と、どこまで未知の物を隠し持っているんだという恐れ。


(……うん?)


 その時、視界の隅に見覚えのある顔を見つけた。

 それはかつての家族……貧乏男爵家ではあったがある程度軌道に乗り、見事に復活した一族。

 ちなみに彼らは俺の存在を知らない……というより、彼らは俺を死んだものと思っているから。


「……はっ、何とも思わねえや」


 一旦考えを切り換え、俺はイザークを含めて他の王族や貴族たちにも視線を向けながら続けた。


「第二王子イザーク」

「……なんだ?」

「お前は確かにエリシアを愛しているんだろう……その気持ちを嘘とは言わない。だが考えたことはあるのか? お前は必ず、どうあっても、何が起きても彼女を残して死んでいくんだぞ?」

「っ!?」


 こればっかりは俺にも刺さるわけだが……。

 師匠のエルフ生は永い……それこそ、人間よりも遥かに永い時間を過ごすことになる。

 長寿な種族は主に同じくらい寿命のある種族と契りを結ぶらしいが、エルフと人間ではどう足掻いても人間の方が早く死ぬ。


「その様子だと考えていなかったみたいだな」


 イザークは悔しそうに唇を噛む。


「色々と言ったようなものだが、結論としてはこれ以上彼女の日常に干渉するなということだ。彼女に生き方を強要するのではなく、本来ありのままに過ごすエルフ元来の在り方を尊重してもらえればそれで良い」

「……………」

「もちろん俺は彼女を大切に考えている……お前の……否、他の者が入り込む余地などない。もしもそのようなものが居れば、ドラゴンに蹴られて地獄に落ちろ」


 さてと、それじゃあ退散するとしよう。

 王子だけでなく王や王妃たちも、俺や師匠に沢山のことを聞きたいはずだ。

 それこそドラゴンとどういう関係なのか……等々。

 師匠と共にミラの背中に飛び乗ってすぐ、ミラが口を開いた。


『これから先、くれぐれもエリシアにちょっかいを出すのは止めることだ。彼女にはこうして想い合う相手が居る……そして何より私というドラゴンが見守っている――ドラゴンの逆鱗に触れたくなければ、目に余る行動は控えるのだな』


 ドラゴンが喋った……っ!?

 そんな表情を一様にする人々の姿に苦笑し、ようやく俺たちはその場から去るのだった。

 空に浮かぶ満月は、こうして空を飛んでいるからこそいつも以上に近くに見えるようで、俺は終わったなぁと呆然と見つめる。


『久しぶりのドラゴンとしての仕事だったが、ああいうのも中々に悪くはないな。だが、よくもまああそこまで歯の浮く台詞を言えたものだな?』

「あはは……まあでもあれくらいで良かっただろ」

『確かに、これ以上ないほどの注目が集まっていた。私に対する恐れもそうだが、エリシアに向ける視線にも変化がな』

「……………」

「師匠?」

『エリシア?』


 ふと、師匠が静かなことに気付く。

 どうしたんだろうと思い視線を向けようとしたが、師匠はスッと俺の背中に体重を預けるようにして眠っていた。


「疲れたのかな」

『最近、疲れが溜まっていたようだからな』

「……だな」


 それならゆっくりと休ませてあげよう。

 この綺麗な月を師匠と眺められたら良かったんだが、まあこうやってミラの背中に乗る機会はいくらでもある……その時にまた、一緒に楽しもうかな。


『エリシアにドラゴンとの関わりがある……もしかしたら他国からの干渉が少なからずあるやもしれんがその時も同じことだな』

「あぁ、マジで頼りになるよミラ」

『任せるが良い、私はあなたの妻なのだからな!』


 一体どれだけ凄いんだこの嫁さんは。


『ちなみに、とある一角にあなたが良くない感情を向けた者たちが居たな?』

「あれ、家族」

『ほう?』

「……結構野心家なもんでさぁ、一応死んだってことにはされてるけどもしも生きてることが分かったら面倒かもね」

『どういうことだ?』

「師匠の存在はともかく、ミラが居ることでこう命令というか提案してくるんじゃないかなぁ――ドラゴンの力で世界を支配しようとかさ」


 あの家族なら絶対にある……そういうアホなことを恥ずかしげもなく言ってくるはずだ。


『まあ、あなたが望めば是非もないが』

「勘弁してくれ。世界の支配なんて興味はないよ――ミラが居てくれればそれで良い」

『……ふふっ、そうか』


 そんなこんなで、師匠を連れて俺たちはギルドへと戻るのだった。

 ちなみに当然のように、この一件で師匠にはドラゴンとの繋がりがあるという話が広がった。

 王族からの接触はなくなったものの、他国から師匠に対して多くの手紙が届くことに……主にドラゴンについて。

 これも全て分かっていたことだったが、師匠には本当に申し訳ない気持ちになったものの、師匠は常に優しく気にしないでと言ってくれた。

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