ドラゴンの嫁入り
みょん
奈落の底にドラゴンありけり
「エグイもの見つけちまったぞ……」
それは、現実逃避を俺に突き付けるには十分だった。
冒険者ギルドの依頼で受けた魔獣討伐……なんてことはない依頼だと思っていた。
『お、おい!? 何してやがる!?』
『うるせえ! 良いからとっとと落ちやがれ!!』
欲しい装備があったのもそうだが、とにかく金が欲しかった。
クソみたいな家から飛び出してきた俺を受け入れてくれただけでなく、戦いのイロハを教えてくれたギルドマスターの誕生日が近かったからちょっと良い物をプレゼントしたかったんだ。
でも……それは出来そうになかった。
特に良い家の出身ではなく、類い稀な才能があるわけでもなく……それでもギルドマスターに良くしてもらっている俺を気に入らない奴らの襲撃に遭い、俺は奈落へと落とされた。
「……………」
奈落に関して説明すると少しばかり長くなるのだが……とにかく、問題はそれもあるがそれ以上にやんごとない光景が目の前にあった。
「……ドラゴンだぜ」
呆然とする俺の前に、傷付いた白銀のドラゴンが横たわっている。
この世界には多くの姿形をした魔獣が存在しているが、その中でも特に神話上の生物とされているのがドラゴンだ。
ドラゴンとは……龍とは災厄と希望の象徴とされており、時に人々を導く光であり、時に全てを破壊する闇とも言われている……まあ何故神話の存在とされているかと言われれば、数百年に一度姿が確認されるかどうかとされているからだ。
「……どうしよ」
奈落に落されて死へ一直線かと思った矢先、俺は死ぬことなく逆にこうして神話を目撃しているからこその動揺だ。
これはギルドマスター……師匠の湯浴みを目撃した時、そしてこの世界への転生を思い出した時以来の衝撃かもしれん。
あぁそうそう、ちなみに俺は転生者なのだが……まあそれは今はどうでも良いんだよ!
「これは……ひでえな」
横たわるドラゴンは弱々しく呼吸をしている。
きっと血だらけでなければ、その白銀の鱗は眩いくらいに……それこそ数千万ゴールドの値打ちとされる宝石よりも輝いているはず。
まるでユニコーンを思わせる角や、口元から覗く牙など……これらを持ち帰って加工出来たら果たしてどれだけの装備が出来るのやら。
「……周りには何もねえ」
役に立ちそうな物は皆無だ。
というか俺……何をしようとしてるんだろうか……こんな状況だから頭がおかしくなっているのかな……?
だって俺、このドラゴンを見て助けてやりたいって思ったんだぞ?
「人間よりも強靭で長生きする神話の生物……そんな生き物に人間が、ましてや俺みたいなチンチクリンに何が出来るってんだ」
そんな風に文句を垂れながらも、俺は止まらない。
取り敢えずある物全てを確認するように荷物をバラまく……依頼の最中に手に入れた大量の薬草や、瞬時に体の傷だけでなく毒さえも癒す高額のポーションくらいか。
(……ほんと、ムカつくわあいつら)
頭に浮かぶのは襲撃者の顔だ。
明らかに俺を狙っていたのは確かだが、なんでこんなことをするんだと話が出来るんじゃないかと思っちまった……前世というか、日本で安穏と暮らしていた平和ボケが出ちまったんだろう。
ここから……出れないかもしれないけれど、出れたら絶対にあの顔をぶん殴ってやる……そう思いながら、俺は近付く。
「ど、ドラゴンさ~ん……? 大丈夫っすか……?」
問いかけてみたが返事はない。
まあいくらドラゴンと言えど魔獣に分類はされているので、人間の言葉が通じるわけもない……というか、起きてたら絶対に高熱のブレスをお見舞いされるかガブッと食われるのがオチだぞ。
「……あぁもう! どうにでもなれ!」
そう言って回復魔法を使う。
人間……死を目前にしたらこんな風になっちまうんだなぁ。
正直……正直なことを言えば、師匠や他にも悲しんでくれる人は居ると思うけれど、俺はもう諦めてしまっていた。
何も食う物がなくて飢えて死ぬか、水がなくて脱水で死ぬか……魔獣に喰われて痛みの中で死ぬか……まあ、相手がドラゴンであれば一瞬で殺してくれるんじゃないかな。
『良いですか? 何があっても最後まで諦めてはなりませんよ』
師匠の教えが脳内で響く……申し訳ねえ師匠。
でも一つだけ心残りと言えば、おそらく今回のことは俺がドジを踏んで奈落に落ちてしまったという事故で処理されるはずだ。
もしもまた、こんなことが起こったらと思うと……ましてや、師匠の愛するギルドにあんなのが所属してることが悔しい。
「回復魔法なんだからちゃんと治ってくれぇ?」
なんて、回復魔法に関してはてんでダメなんですけどね。
「俺を転生させた神様よぉ、転生特典くらいくれても良かっただろ……」
そんな愚痴を言ったところでどうしようもなく、それでも下手は下手なりに努力するってのは大事なんだ。
大きい傷はともかく小さい傷に関しては段々と治って行き、綺麗な白銀の鱗に戻っていく。
「……う~ん?」
だが、そこで俺は自分がこんなことをしなくても良かったと気付く。
というのもあんなに弱々しかったドラゴンの呼吸が正常に戻り、それが理由なのかあんなに酷かった傷が見る見るうちに修復されていくのだ。
「すげえ……」
呆然と呟きながらも、俺はドラゴンの体に当てている手を離さない。
そんな状態でジッと傷が治るのを眺めた後、俺はふと視線のようなものを感じて辺りを見回す。
「……なんだ?」
誰も居ないだろ……?
そう思ってまさかと思い顔を上げた瞬間……いつの間にか開かれていた深紅の瞳と視線が絡み合った。
白銀の鱗も綺麗だったが、それ以上にその瞳は綺麗だった。
深紅の瞳に白銀の鱗……ここまで言えば分かるだろう――俺が助けたいと思ったドラゴンが目覚めたんだ。
「……………」
言葉にならなかった……でもそれと同時に、俺はようやくこの恐怖から抜け出せるのかもしれないと思ったんだ。
奈落に落ちた者は助からない……それを知っているからこそ、俺は一思いに殺してほしかった……そう思ったのだけど。
『人間――私を治したのはお前か?』
「……わっつ?」
突然の声に、この世界では通じない前世の英語がポロッと出た。
「……え、誰!?」
脳裏に響いた声は、凛とした女性の物だった。
今の声の主は誰か……それを探していたが一向に俺以外の人影は見えない……というか見えたら見えたでアンタ何者だよでえらいこっちゃだ。
『どこを見ている? ここには私とお前以外居ないのだが?』
「う~ん? ……え?」
まさか……俺は再び、ドラゴンを見上げた。
「ま、まさか……?」
『うむ、そのまさかだ。人間よ、お前たちの間では語り継がれているであろう? ドラゴンとは神話に生きる……永く生きているからこそ、人の言葉を理解し喋ることが出来る』
「それは……聞いたことがなかったかも」
『む? そうなのか?』
うんと、俺は頷く。
ドラゴンは確かに神話の存在であり、伝説の生き物……だからと言って人語を喋るだなんてことは聞いたことがないしそんな記録も何一つ残ってないはず……まあ国が管理する重要書類とかとなると話は変わるが。
『まあ良い――して人間よ、今一度問う。私を治したのはお前……あなたなのか?』
「あ、あぁ……」
『そうか』
師匠……奈落には人の言葉を喋るドラゴンが居ました。
つってもこの情報を届けることは出来ないだろうけど……それでもこれは正に正規の発見って奴じゃないのか!?
奈落の底で、男は龍と出会う。
この出会いは男の運命を変えるだけでなく、世界そのものを変える……とまでは行かないかもしれないが、男にとって間違いなく人生の分岐点と言っても過言ではない出会いがここに相成ったのだ。
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