星空の欠片

朝日屋祐

第一話 告白

 星谷学園高校の校舎に爽やかな風が吹き抜けた。

 千早ちはやはジャージ姿で、校舎の影に体育座りをして、ひっそりと佇む。


 雪代ゆきしろ千早ちはやは黒髪ロングヘア。豊かな黒髪で毛先が重めにカットされている。白く透き通るよう美しい肌をしており、千早はお人形のような顔立ちだが、身体は痩せこけ、鎖骨がくっきりと出で、あばら骨が浮き出でいる。如何にも病弱そうな感じだ。千早は身体の具合が良くない。体育も禄に出席出来ておらず、同じクラスの女子からサボっている、と勘違いされている。それに加えて、口数が少ない性格のため友達が少ない。


「……」

「雪代? 大丈夫か?」

 体育の先生の佐倉さくら竜馬りょうまが千早に声をかけた。


「はっ、はい」

「雪代、具合悪かったら、遠慮なく俺に言えよ〜。今日は隣に椎葉しいばがいてくれるからな〜」

 佐倉は言う。

 すると女子生徒がざわついた。


「えー! アイツのせいで体育祭負けたのに〜?」

「あのお荷物女が〜?」


絹月きぬつき達うるさいぞ〜! いまは体育に集中だ」


 椎葉しいば・アーロン・夏樹なつきは学年一の美少年。彼はスウェーデンとのハーフでモデルのような顔立ちをしており、学校でも彼は男子からも女子からも人気がある男子だ。長身痩躯。黒髪の無造作マッシュヘア。彼はハーフだが、完全に西洋人の顔だ。気にかけてくれる夏樹にもまた迷惑をかけてしまった。


「……雪代、顔色悪いけれど大丈夫?」

「あっ、ありがとう……!」


「ああ、なら、良かった」

「……わたし、椎葉くんと絹月さんにも迷惑をかけちゃったかな」


「そんな事はない。気にするな。俺が聞く限り、絹月達も好きで言ってるわけじゃないと思うし」

「そっか。なんだ。良かった」

 千早は、喘息の発作を起こした。夏樹が声をかける。


「雪代。大丈夫か?」

「……あ、ありがとう……ゲホッ!」


「なら、椎葉くんは……? ……ゲホッ。 わたしの……ゲホッ。 事を親身になってくれて嬉しい、ゲホッ……。ゲホッ。けれど椎葉くんも大丈夫なの?」


「俺は大丈夫」


 千早は貧血を起こして、ふらついて転んだ。膝から思いっきり、擦りむいた。


「……い、痛い」

「佐倉さん! 雪代が怪我をしたので俺は保健室に連れていきます!」


「おお! 椎葉! 頼むぞ!」

 夏樹はジャージのポケットに入れていた、絆創膏を膝に貼って、止血した。


「肩貸してやるよ」

 夏樹は千早に肩を貸してくれた。また男子に面倒かけてしまったなぁ、と千早は思った。またふらついて、夏樹の胸板に顔を埋めた。


「……椎葉くん。ごめんね。また、ふらいついちゃって」

「俺は大丈夫。雪代。そんな気を遣わなくて良いんだよ。俺は雪代ほど、そこまで真面目ではないし、気楽に生きてるから」


「そっか」

「なら、雪代は? 体調は大丈夫?」

「スポーツドリンクのふたを空けておくな」

 蓋を空けてくれた。なんと優しいのだろうか。この間、千早は夏樹の友人の小島おじま真琴まことに散々愚痴られた。


『雪代はいいよなあ! 堂々と体育の授業をサボれてなぁ!』

小島こじまくん、ご、ごめんね』

『オレは小島おじまだぁ! 雪代、苗字を読み間違えるんじゃなあい! オレは雪代と居るより、猫にエサやってる方が優しい気持ちになれるがなあ!』


 千早は真琴に平謝りしていた。

 見兼ねた夏樹が千早を見る役になったのだ。

 千早は保健室のベットで体を横たえた。夏樹は椅子に腰掛けた。熱が出たようで保健室にいることになった。彼は時間が来たら帰るらしい。


「椎葉くん。ごめんね、迷惑かけちゃって」

「……迷惑? そんな訳ないだろう? 俺はただ好きで雪代の事の面倒見ているだけだから」


「へ?」

「今のは聞かなかったことにしてくれないか? それに俺あんまり女子とつるまないし。それにただ……」

「……ただ?」


「な、何でもない。それよりお前。熱大丈夫か?」


「大丈夫だよ」

「……うーん。そうか」


(俺の都合がよかったら雪代ともっと居たいのな)


「雪代。俺のことは椎葉って呼んでくれ。雪代の下の名前はなんていうの?」


「千早」

「じゃあ、お前。雪代千早って言うの?」

「いい名前だね。……それよりお前は結構……胸、……なんでもない」


 夏樹は咳払いをした。


「俺の家には猫がいるんだ。その猫。黒猫なんだけどデブ猫ちゃんでさ。すんげえ、ふてぶてしいんだよな。俺の姉貴が病院に連れて行っているみたいだよ」


「猫アレルギーあるんだよな。俺」

「え? 猫飼ってるのに猫アレルギー?」


「そうなんだよな。雪代はそういうの無いの?」


「猫アレルギーはないかな」

「そっか。なあ、雪代……」

「……うん?」

「今度の休み、よかったら俺と「夏樹ー! 帰る時間だぞ〜!」


「分かったー! 行きます! どうやら、竜馬さんが来てくれるみたいだ」


 夏樹は名残惜しそうに帰っていった。




 クリスマスシーズン。イルミネーションが光る夕暮れ。星谷高校の門を潜った。千早はマフラーをミラノ巻きにした。


「貧血を起こしたのなら病院に寄ってから帰ろうかな」


 遠くに景吾がいた。


「千早?」


 幼馴染の本城景吾が声をかけた。景吾は千早の顔を覗いた。景吾は雑誌のモデル業と学業を並行しているようだ。景吾は美形で涼しげな目元をした美青年だ。夕焼けが赤く染まる頃に景吾が迎えに来た。雨雲があり、今にも降り出しそうだ。


「お。二人共、相合い傘? 一緒に帰るのか?」

「は? 佐倉先生になんか関係あるのかよ。千早。ほら、一緒に帰ろう?」


 景吾は相合い傘をしてくれた。二人で帰路につく。


「千早。頬赤いけどどうしたの?」

「また佐倉になんか変なこと言われたのかよ」


「景吾くん、先生つけてあげなよ」

「千早。……お前好きなやつでもできたの?」


「え?」

「お前。恋してる顔をしてるな。俺の気の所為かもしれないけど」


「椎葉くん、良い人だなぁって」

「……椎葉?」


「ああ、あのムッツリ男?」

「そんな事を言わないでよ……」


「椎葉夏樹ってあの帰国子女の女男みたいなやつ? 椎葉はハーフみたいだけど、あれは完全に外国人顔だよな」

「椎葉の連絡先なら知ってるけど俺はお前には絶対教えない」


「ど、どうして?」


「俺が嫌だから」

「そんなぁ」


「へぇー。俺なら椎葉みたいにお前のこと不安にさせたり、困らせたりはしないけどな」


「そんなぁ……椎葉くんの連絡先、知りたいのにな」


「んなに椎葉と友達になりたいのか?」

「……う、うん」


「俺がお前と同じクラスならなー。こんな思いはさせないのに」


 ザーザーと雨が降り出した。

 千鶴は景吾を見上げる。景吾の表情が読めない。景吾の男物の香水の香りがする。


「千早」


「え?」


「俺とお前は単なる友達なのか? 俺はそんなのは嫌だ。お前と……俺は友達じゃない」

「そんな……景吾くんの事は優しい友達と思ってたのに」

「お前が俺の事を友達じゃない。彼氏彼女の関係になりたいと思うなら、そうだと言ってくれ」


「景吾くんの事は友達以上の気持ちとは思えない。景吾くんとわたしは、友達として、思って欲しい」


「そうか。分かった」


「実は俺にも千早の他に気になる子ができた頃だったんだ」

「千早、俺はもう次の恋に進むよ。はっきりと断ってくれてありがとうな。これからも俺とお前は友達だ。今度は俺とその子の恋路を応援してくれ」


「ありがとう! 景吾くん!」

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