第7話:手紙(Side:キアラ①)

――親愛なるジャンヌ姉さんへ


 私の魔力鳥は無事に届いたでしょうか。

 姉さん、お元気ですか?

 前回のお手紙より遅くなってしまいましたね。

 申し訳ありません。

 強い魔物に襲われた影響で、回復に時間がかかったのです。



 実は……私は今、人間の村に滞在しています。

 どうか怒らないで聞いてください。

 姉さんが今どんな顔をして、この手紙を読んでいるかはわかります。

「人間を知るため国を出たい」、とお願いしたときでさえ、姉さんはとても怒ったのですから。

 姉さんの王女としての責務は重々承知しています。

 第二王女の私などより、ずっとずっと強いプレッシャーの毎日でしょう。


 ――“近くで見てもよいが、人間とともには暮らさない”。


 国を出るとき交わした誓いを破ってしまい、すみません。

 心優しい村人たちに、何か恩返ししたかったのです。


 

 私がいるのは、“キウハダル”という辺境の村です。

 大辺境と言われるくらい人間の都市部から離れた場所で、食材も素材も粗悪な物ばかり。

 ポーションなどを作って恩返ししたくもできず、悔しい思いを抱いていたときでした。

 一人の少年が訪れたのです。


 ――リシャール・ヴェルガンディ。


 この村の領主、リシャール様です。

 重要人物なので覚えてください。

 貴族の令息らしいですが、外れジョブを授かったのが原因で追放されたと聞きました。

 そのような辛い目に遭ったのならば、心も折れてしまうのが普通……。

 ところが、リシャール様は違いました。

 まだ齢12歳ながら、領主として立派に村人を導いているのです。


 リシャール様のジョブは、紙を作る不思議なジョブでした。

 魔法で紙を出すのかと思っていましたが違いました。

 木の皮から繊維を取り出して、水に混ぜて、板の上に掬い上げて……文字通り一から作るのです。

 想像つきますか?

 数百枚の紙を、自分の手で生産する……。

 近くで見学してましたが……恐ろしく大変な作業でした。

 春の気配はするものの、まだ冬は色濃く残る。

 水だって冷たいはず……。

 あの小さな身体のどこに、そこまでのエネルギーが宿っているのでしょう。

 リシャール様は“和紙”と呼んでおり、私たちが普段から使う紙とまったく別物のようです。

 どれほどすごい紙か姉さんにも知ってほしく、少し分けてもらいました。



 この紙はリシャール様が漉いた紙です。

 とても良い手触りで美しい白色でしょう?

 エルフの長い歴史でも、これほど素晴らしい紙を見たのは初めてです。

 人間はこんな物まで作れるのです。

 すごいと思いませんか?

 私たちエルフには絶対にできません。



 リシャール様は村人の生活を豊かにするため、自分の紙を行商人の野営地へ売りに行きました。

 立派な行動力ですね。

 大人相手の行商人にも怖じ気づくことなく、商売をやり遂げました。


 王国騎士団の一隊も訪れたことがあり、防寒具と灯りの提供を求められました。

 ただ、あいにくと村にある物はどれも重くて運搬には不適切。

 そこで、リシャール様は紙を使って解決することにしました。

 紙で? と思うでしょうが、リシャール様は類まれな発想力で二つのすごい和紙を作りました。

 火属性の魔物の皮を練り込んだ和紙に、光るコケの繊維を取り込んだ和紙。

 紙って……あんなに暖かいのですね。

 身体に巻き付けるだけで太陽の下にいるみたいでしたよ。

 光る紙は魔力を込めて丸めると浮かぶことができ、優しく辺りを照らします。

 紙はかさばらないし軽いので、騎士たちも大変に喜んでました。



 他人のために頑張る小さな少年……。

 尊い気持ちで胸があふれます。

 紙を漉くリシャール様は元気いっぱいで可愛く、見ているだけで心が温かくなります。

 その光景も、いずれ姉さんに見てほしいです。



 姉さんが思うほど……人間は悪い種族ではありません。

 この村で暮らすうち、リシャール様の近くで過ごすうち、そんな気持ちが国にいた頃より強くなりました。

 もちろん、中には悪の心を持つ者たちもいます。

 でも、それはエルフも同じなのです。

 人間も私たちも、本質は同じ。

 いがみ合うのではなく、手を取り合うべき存在なのです。


 私はもうしばらく、この村で暮らそうと思います。

 幼い子どもである(失礼ですが)リシャール様が、村を……村人を……さらには来訪者さえ幸せにする光景を見たい。

 それがエルフと人間……両者を結ぶきっかけになりそうな気がするのです。


 姉さんも、いつかこの村に来てみてください。

 そうすれば、私の言っていることがわかると思います。

 どうか、お身体に気をつけて。



――大事な姉の健康と幸せをいつも思う妹より。……愛を込めて

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